よろず魔法使いの日記帳 【第一部 ダンジョンの謎】

藻ノかたり

文字の大きさ
上 下
28 / 115

食後の余韻

しおりを挟む
「よぉ、少なくねぇか、何だかよ」

ゲルドーシュが、ご馳走を前に文句を垂れる。

「まぁ、ピクニックに来たんじゃないんだから、腹を壊さない程度にしてあるんだよ。腹八分目って奴さ。でも、よく見てごらん、君の前にある食べ物の量は、他の人よりも多いだろう?」

奴が絶対に文句を言うと予想していたボクは、用意していたセリフをすかさず述べた。ゲルドーシュはこちらの思惑通り、自分が特別扱いされている事に満足して大人しくなる。

しかし実のところ、違うのは量だけではない。ポピッカの指示で、それぞれの年齢や体格、種族、ダンジョン内での働きなどに応じて食品の種類も変えている。栄養士顔負けの差配である。

ボクは益々、ポピッカのこういった能力を不思議に思った。彼女は普段、どういった生活をしているのだろうか。

「では、依頼の成功を祈って、乾杯!」

リーダーらしく音頭をとって、夕食の開始を合図する。

「おぉ、こりゃ結構いけるぜ。役所の用意するもんだし、まぁ期待はしていなかったんだがよ」

先ほどの文句も忘れ、ダンボル牛のステーキにかぶりつくゲルドーシュ。

「えぇ、確かに。ここゼットツ州では15年くらい前に、希少金属の鉱脈が発見されましたからね。予算に余裕があるのでしょう。今回の依頼の大元の理由である都市計画も、かなり豪勢なものになるようですよ」

情報通のザレドスが、ワインでノドを潤していく。

なるほどなぁ、ボクらの依頼料が高額なのもそういう理由があるからか。まぁ、ここに豪勢な都市が出来れば働き手の需要も生まれる。そうなればより多くの人たちがこの地へ集まる事になり、様々なトラブルも起きるだろう。となれば、近隣の州のギルドにも仕事が多く回って来るかも知れないな。

ボクはそんな事を頭に思い浮かべる。

「こんな贅沢なものを惜しげもなく……、二つ隣の州では多くの人が貧苦に喘いでいるのに」

ポピッカが、消え入りそうな声でつぶやいた。彼女の想いが垣間見えた一瞬である。だが詳しい事情を聴く事は出来ない。余計なお世話だと言われるだろうし、その事でまたゲルドーシュと揉めては困る。

彼女以外、大満足の食事を終え、後片付けはボクが一手に引き受ける。ザレドスとポピッカが手伝うと申し出てくれたが、魔法でチャチャッと済ませる旨を伝えると、それぞれ簡易ソファーに腰を下ろし、今日の疲れを癒していった。

ゲルドーシュの方へかしらを向けると、手持無沙汰気に剣の手入れをしているのが目に入る。戦士なんだから剣を大事にするのは分かるんだけどさ、一応”手伝おうか”くらいは言ってほしかったよな。まぁ、期待する方が間違っているとは思うけど。

しかしあいつ、孕ませた女と結婚したら、どんな家庭を作るのだろうか。やっぱり食事が終ったら、あぁやって一人ふんぞり返って、雑事はみんな女房任せにするんだろうか……。

他人の為に家事労働をしたのは久しぶりだ。ある種の新鮮さを感じながら、皆でテーブルを囲み明日の方針を話し合う。

「このままガンガン突き進もうぜ! 最深部まで楽勝さ」

ゲルドーシュが軽口をたたく。

「楽勝かどうかは分かりませんが、今のペースで行けば、予定通り明後日の夕方頃には問題の最深部へ到着できるでしょうな。ちょっとした予備調査をして、翌日からの本格調査に望めそうです」

ザレドスが、ソレッドとコンゼルドのブレンドコーヒーをすする。

「今のところ探索は順調のようだけど、油断や慢心は禁物だ。明日も気を引き締めていきましょう」

ボクが皆を見回すと、たまたまゲルドーシュと目が合った。

「リンシードの旦那よ、俺が油断して不覚を取ると思ってないかい? でもそれは心配ご無用ってもんだよ。このゲルドーシュ、常に全身全霊をもって任務に当たるのみだ!」

安全地帯に常備されているお菓子を頬張りながら、食い気満々の戦士が熱弁を振るう。

そうだろ、そうだろ。ただお前のその言葉に何度だまされてきたことか……。もちろん悪気がないのはわかっている。でもお前が同じ罠に三度かかった事、それを助けるためにボクが高価な魔使具をひとつ失くした事は、まだ忘れていないからな。

役人から渡された見取り図を眺めながら、明日の大まかな予定を検討し、その後は各人自由時間となる。ザレドスは相変わらずデータの整理を続け、ポピッカはフォラシム教のロザリオを取りだして、一日の無事を感謝する祈りを捧げている。

ゲルドーシュはといえば、腹も満たされウツラウツラしているようだ。

ボクはソファーに身を委ね、ノンアルコールの白ワインでノドを潤す。そして最深部の謎に思いを馳せる。

州政府付きのパーティーからの報告は見たが、それだけは何とも言えない状況だ。一見行き止まりの壁の向こうに空間があるのはわかっているが、そこへは行く事が出来ないという。

つまり封鎖されているわけである。では、なぜ封鎖されているのだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

『完結済』ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら

七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中! ※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります! 気付いたら異世界に転生していた主人公。 赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。 「ポーションが不味すぎる」 必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」 と考え、試行錯誤をしていく…

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

ソロ冒険者のぶらり旅~悠々自適とは無縁な日々~

にくなまず
ファンタジー
今年から冒険者生活を開始した主人公で【ソロ】と言う適正のノア(15才)。 その適正の為、戦闘・日々の行動を基本的に1人で行わなければなりません。 そこで元上級冒険者の両親と猛特訓を行い、チート級の戦闘力と数々のスキルを持つ事になります。 『悠々自適にぶらり旅』 を目指す″つもり″の彼でしたが、開始早々から波乱に満ちた冒険者生活が待っていました。

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

青春少女 北野麻由美はたった一度の青春を謳歌する

益木 永
青春
――それでも私は自分だけの青春を作っていく。  青春を謳歌するのが目標の高校1年生の少女北野麻由美は2学期が始まったばかりの9月のある日、立ち寄った中古の本屋で不思議な本を買う。  その本を開くと気がつくと5月になっていた。この本を使うと時間移動ができると考えた麻由美は早速この本を使って様々な青春を送る事にするが……

公国の後継者として有望視されていたが無能者と烙印を押され、追放されたが、とんでもない隠れスキルで成り上がっていく。公国に戻る?いやだね!

秋田ノ介
ファンタジー
 主人公のロスティは公国家の次男として生まれ、品行方正、学問や剣術が優秀で、非の打ち所がなく、後継者となることを有望視されていた。  『スキル無し』……それによりロスティは無能者としての烙印を押され、後継者どころか公国から追放されることとなった。ロスティはなんとかなけなしの金でスキルを買うのだが、ゴミスキルと呼ばれるものだった。何の役にも立たないスキルだったが、ロスティのとんでもない隠れスキルでゴミスキルが成長し、レアスキル級に大化けしてしまう。  ロスティは次々とスキルを替えては成長させ、より凄いスキルを手にしていき、徐々に成り上がっていく。一方、ロスティを追放した公国は衰退を始めた。成り上がったロスティを呼び戻そうとするが……絶対にお断りだ!!!! 小説家になろうにも掲載しています。  

処理中です...