よろず魔法使いの日記帳 【第一部 ダンジョンの謎】

藻ノかたり

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食後の余韻

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「よぉ、少なくねぇか、何だかよ」

ゲルドーシュが、ご馳走を前に文句を垂れる。

「まぁ、ピクニックに来たんじゃないんだから、腹を壊さない程度にしてあるんだよ。腹八分目って奴さ。でも、よく見てごらん、君の前にある食べ物の量は、他の人よりも多いだろう?」

奴が絶対に文句を言うと予想していたボクは、用意していたセリフをすかさず述べた。ゲルドーシュはこちらの思惑通り、自分が特別扱いされている事に満足して大人しくなる。

しかし実のところ、違うのは量だけではない。ポピッカの指示で、それぞれの年齢や体格、種族、ダンジョン内での働きなどに応じて食品の種類も変えている。栄養士顔負けの差配である。

ボクは益々、ポピッカのこういった能力を不思議に思った。彼女は普段、どういった生活をしているのだろうか。

「では、依頼の成功を祈って、乾杯!」

リーダーらしく音頭をとって、夕食の開始を合図する。

「おぉ、こりゃ結構いけるぜ。役所の用意するもんだし、まぁ期待はしていなかったんだがよ」

先ほどの文句も忘れ、ダンボル牛のステーキにかぶりつくゲルドーシュ。

「えぇ、確かに。ここゼットツ州では15年くらい前に、希少金属の鉱脈が発見されましたからね。予算に余裕があるのでしょう。今回の依頼の大元の理由である都市計画も、かなり豪勢なものになるようですよ」

情報通のザレドスが、ワインでノドを潤していく。

なるほどなぁ、ボクらの依頼料が高額なのもそういう理由があるからか。まぁ、ここに豪勢な都市が出来れば働き手の需要も生まれる。そうなればより多くの人たちがこの地へ集まる事になり、様々なトラブルも起きるだろう。となれば、近隣の州のギルドにも仕事が多く回って来るかも知れないな。

ボクはそんな事を頭に思い浮かべる。

「こんな贅沢なものを惜しげもなく……、二つ隣の州では多くの人が貧苦に喘いでいるのに」

ポピッカが、消え入りそうな声でつぶやいた。彼女の想いが垣間見えた一瞬である。だが詳しい事情を聴く事は出来ない。余計なお世話だと言われるだろうし、その事でまたゲルドーシュと揉めては困る。

彼女以外、大満足の食事を終え、後片付けはボクが一手に引き受ける。ザレドスとポピッカが手伝うと申し出てくれたが、魔法でチャチャッと済ませる旨を伝えると、それぞれ簡易ソファーに腰を下ろし、今日の疲れを癒していった。

ゲルドーシュの方へかしらを向けると、手持無沙汰気に剣の手入れをしているのが目に入る。戦士なんだから剣を大事にするのは分かるんだけどさ、一応”手伝おうか”くらいは言ってほしかったよな。まぁ、期待する方が間違っているとは思うけど。

しかしあいつ、孕ませた女と結婚したら、どんな家庭を作るのだろうか。やっぱり食事が終ったら、あぁやって一人ふんぞり返って、雑事はみんな女房任せにするんだろうか……。

他人の為に家事労働をしたのは久しぶりだ。ある種の新鮮さを感じながら、皆でテーブルを囲み明日の方針を話し合う。

「このままガンガン突き進もうぜ! 最深部まで楽勝さ」

ゲルドーシュが軽口をたたく。

「楽勝かどうかは分かりませんが、今のペースで行けば、予定通り明後日の夕方頃には問題の最深部へ到着できるでしょうな。ちょっとした予備調査をして、翌日からの本格調査に望めそうです」

ザレドスが、ソレッドとコンゼルドのブレンドコーヒーをすする。

「今のところ探索は順調のようだけど、油断や慢心は禁物だ。明日も気を引き締めていきましょう」

ボクが皆を見回すと、たまたまゲルドーシュと目が合った。

「リンシードの旦那よ、俺が油断して不覚を取ると思ってないかい? でもそれは心配ご無用ってもんだよ。このゲルドーシュ、常に全身全霊をもって任務に当たるのみだ!」

安全地帯に常備されているお菓子を頬張りながら、食い気満々の戦士が熱弁を振るう。

そうだろ、そうだろ。ただお前のその言葉に何度だまされてきたことか……。もちろん悪気がないのはわかっている。でもお前が同じ罠に三度かかった事、それを助けるためにボクが高価な魔使具をひとつ失くした事は、まだ忘れていないからな。

役人から渡された見取り図を眺めながら、明日の大まかな予定を検討し、その後は各人自由時間となる。ザレドスは相変わらずデータの整理を続け、ポピッカはフォラシム教のロザリオを取りだして、一日の無事を感謝する祈りを捧げている。

ゲルドーシュはといえば、腹も満たされウツラウツラしているようだ。

ボクはソファーに身を委ね、ノンアルコールの白ワインでノドを潤す。そして最深部の謎に思いを馳せる。

州政府付きのパーティーからの報告は見たが、それだけは何とも言えない状況だ。一見行き止まりの壁の向こうに空間があるのはわかっているが、そこへは行く事が出来ないという。

つまり封鎖されているわけである。では、なぜ封鎖されているのだろうか。
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