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第一部
28話
しおりを挟む「モニカ嬢! 大丈夫ですか?! 兄に何もされていませんか?!」
予定の時刻より少々遅くなってしまい、出迎えて下さったジャン様にとても心配されてしまいました。彼に本当の事を言えないのが心苦しいのですが……仕方がありません。
彼は私やウェルス卿と違い、神を信じる心清らかな人間なのですから。
「ええ、問題ありません。ウェルス卿の侵入を許してしまったのは私なので……」
「……すみません、俺にもっと力があれば――!」
「その力で何をする気ですか?」
わざと揶揄うようにそう言えば、ジャン様はすねた顔をしてそっぽを向いてしまわれました。
「聖女様はどこに――」
「夜会に行ってます」
「ジャン様は行かれないのですか?」
「貴女が兄上と戻ってきていないこの状況で行くことなどできません!」
ジャン様の中で、ウェルス卿はどういう位置づけとなっているのでしょうか?
「――すみません! モニカ嬢はお戻りでしょうか?!」
宿の談話室でジャン様と歓談中だったところへ、神官様が焦った様子で駆け込んできた時点で嫌な予感はしていました……。
◇◆◇
「貴女には、聖女としての誓いも無ければ貴族としての矜持もない!」
「廓清パレードの最中であるというのに、贅を尽くし欲望の赴くままに男を侍らせ愉悦に浸るとは恥ずかしいと思わないのかな?」
「二人とも、言い過ぎてはよくなくてよ? 聖女に公爵令嬢とは言っても所詮は付け焼き刃ですわ。出自の悪い平民の小娘であることは変わりませんわ」
焦燥顕わな神官様に連れられて領主様の御館へやってきたのですが……夜会の会場となっている広間では、辟易するほど想像通りの光景が繰り広げられていました。
「貴様等……っ! リューに向かい何という口を利く!」
「無礼だぞ!」
「そうだそうだ!」
現在怒鳴り合っているのは、コーベル派のユーグ・コゼック伯爵子息とフラン・アジェ辺境伯子息――コーベル嬢のお取り巻きの例の二人――と、いつものテオーデリヒ卿、グスタフ卿、エドアルド卿といったメンバーです。
「ひっ……酷いっ! わたし、そんなっ……殿下っ!! アントワーヌ様がっ!」
聖女様は死んだ目をしている殿下に撓垂れかかりながら、見覚えのない複数名の殿方を侍らせておりますし、コーベル嬢はこれまた見覚えの無い綺麗で豪華なドレスを身に纏った多くのご令嬢を引き連れ、聖女様を威圧しております。
「まあ、みっともないお姿ですこと……」
――コーベル嬢は悪役として名を馳せたいのでしょうか……口元を羽根飾りの付いた扇子で隠し、聖女様を冷たく見やります。
「同じ公爵位に属する者として、アンは君のレベルの低さに迷惑をしているんだよ。そんなことも分からないの?」
「いくら出自が平民と言っても限度というものがあるのですよ? 与えられた地位に見合った振る舞いができないのであれば、表舞台へ出るべきではない。君は神殿の奥深くで神に祈りでも捧げていればいいんじゃないかな?」
「そうそう……君にできることなど、何一つないのだろう?」
コゼック伯爵子息とアジェ辺境伯子息が捲し立てているようです。どちらがどの台詞を言っているのか遠目には分かりませんが……言い過ぎではないでしょうか?
大丈夫ですか? おおっぴらに聖女様を貶めるようなことを――。
「このような場で聖女殿を貶める発言をなさるとは……。貴方は確か、コゼック伯爵子息でしたか? 少し頭を冷やされては?」
「それが宜しいかと。貴殿の物言いは少々……頭が悪すぎるようだ」
今度は聖女様が現地調達したお友達の間からも声が上がってしまいました。
「目新しい玩具に現を抜かす殿方が、世の何を分かっていると仰るのです? お聞かせいただきたいですわ」
領主夫妻や彼等の伝で招待されたと思しき成熟したお歴々も参加してるのですが……この様相を前に呆然としてしまっているようです。
――私も麻痺していたようです。
夜会の際、私はいつも控え室に隠れていたので気付きませんでした! 周囲の良識ある大人の…………冷たい視線に!!!
――聖女様! コーベル嬢! 皆が見ています! 本物の貴族が呆れた面持ちで皆様を見ているのです!!
ひとまず領主様に諸々許可を頂き、フロアの光量を操作しこの場の全員の意識を醜い争いからそらしつつ、神聖魔術でこっそり移動させて距離を取り大人に囲ませることで己の立場を思い出させることにしました。
……明かりが戻った際、皆様一瞬硬直されましたが……聖女様以外は幼少の頃から貴族の嗜みを叩き込まれている方々なので、直ぐに事態を沈静化することできました。聖女様はまだ何か騒いでおられますが、大人に囲まれていたことで新しいお友達は目を覚ましたようです。
「――待ちなさい、アントワーヌ」
「兄様?!」
我に返ったらしいコーベル嬢は、近くのテーブルへ飲み物を取りに行こうとされていたようですが、それをウェルス卿が止めました。
……気付きませんでした。彼、私の直ぐ側にいたのですね。
「公爵家の品位を落とすような真似は二度とするな。いいね?」
「お言葉ですが、ウェルス卿! あのような小娘にバカにされるのは、貴族の矜持が許しません!」
ウェルス卿がコーベル嬢へお小言を言おうとしたのを察知したのでしょうか、ものすごい勢いで食ってかかったのは……アジェ辺境伯子息のようですね。ですが、コゼック伯爵子息も気持ちは同じようです。
あの場で揉めることが矜持を守ることに繋がるのですか、そうですか……。
矜持を持たない私には分かりかねる感覚ですね。
「……君たちにも、少しはモニカ・ホーグランド並みの冷静な視野を持ってもらいたいものだね。君たち全員良い笑い者になるところだったのだから」
――余計なことを言わないで下さい。ほら、お二人がこちらを睨んでいます。
このお二人、聖女様の四天王とよくよく似ているようですね……。
「……モニカ嬢、お時間少々宜しいかしら?」
「ええと――」
「モニカ、何してるの?! アンタそんな形でこんな所に来るなん――」
――このままでは第二ラウンドが始まってしまいます!
コーベル嬢のお誘いは辞退させていただき、私は聖女様と共に控え室へと下がることにしました。聖女様を控え室へおびき寄せるためにジャン様を利用する形となりましたが……。
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