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幼少期編

14.楽しいお茶会の時間です3

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 大広間へと移動してからも、マデリーネ嬢の両殿下への執着はすさまじかった。最終的にシュトルツァー公夫人が彼女を引き離すまで、ずっとしがみつかんばかりの勢いで側にいた。
 不敬とか何とか、そういう次元の問題じゃな…………ああでも、かつての私も、他人から見ればきっと彼女と同じだったのだろうな。
 かつてのマデリーネ嬢は、どうだったのだろう?

 パトリックは何も言わない。
 マデリーネ嬢の奇行についても、自分が被っている被害についても、何も言わない。過去の――パトリックのことを、私は何も知らない。
 教えてくれないと分からない。それなのに――――……。



 ――今は、それを考えている場合ではない!
「こんにちは!」
「……え?」
 無邪気で頭の足りない少女を装いつつ、マデリーネ嬢に近づく。瞬間怪訝そうに、しかしすぐに迷惑そうな面倒くさそうな顔へと表情を変化させた彼女の隣に腰を下ろした。
「なぜ、貴女がクリストフ殿下の婚約者なのかしら?」
 昏い口調だった。決してこちらを振り返ることなく、視界の中央にクリストフ殿下を捉えたまま、彼女は呟く。その声が低いのにどこか棒読みで……狂気を感じる。

 ミゲル殿下に事情を聞いた今だから理解できるが、パトリックは最初から『マデリーネ嬢の暴挙の原因』を分かっていたのだろうか。

 全部分かっていて………………マリー・トーマンまで奪われて…………。


 まずい、ちょっと今は考えるのを止めておこう。

「貴女、この間、我が家に来たときもそうだったけれど……頭が悪いわよね? とても王家に連なる身の上となるに、ふさわしい人物とは思えないわ! ふさわしくない! ねえ、分かってるわよね? 分からない? ああ、愚かだから分からないのね!! ふさわしくないのよ!!!」
 ――ああ、これは、うん、正統なお怒りなんだけど……少し、支離滅裂?

「ええと、少し落ち着いていただけ――」
「頭も悪いわねっ! 本当に、なんでアンタみたいな、出来の悪い小娘が」
 二十代女性が十二の小娘に全力でジャブを打ってくるとか、ちょっと引いてもいいですか? それにしても、随分と人の話聞かない系になってるな。
 手製の毒を使って、脅しなだめ癒やし導けばイチコロなのに――――なんてね! そんなアクドイことなんて考えていませんとも!!!

 ――私に逆襲することでマデリーネ嬢の気がすみ、パトリックをしなくなるのなら、私は構わないけれど。


 最終的に怒鳴りながら立ち上がるものだから、周囲の視線を集めてしまった。
「まあまあ、おねえさま、落ち着いて下さいな?」
 頭が鈍い小娘を装いながら、いきり立つ彼女をなだめつつ……部屋を移動した。彼女は頭に血が上っていたし少人数の招待会だから、誰もいない部屋へ彼女を連れ出すのは簡単だった。

 連れ出した先の部屋にも、お茶やお菓子は用意されている。家庭招待会アト・ホームズを行う際は、一階全ての部屋のドアを開けて各部屋にある美術品を見せびらか……見ていただくのも会の一環だから。
 用意させたお茶やお菓子の中には、が含まれている。加えて、飲食物のセレクトで、現在の状態を把握することができるよう場も整えている。


「ねえ、マデリーネ嬢――貴女、クォドック・パドリーヌという男の名に、聞き覚えはあるかしら?」
「――えっ?!」
 この名前は例の商人が使っていた偽名の一つだ。諜報員らしく彼は多種多様な偽名を完璧に使い分けていた。あるを用いて。『わたくし』がその法則に気付いているとは、夢にも思っていなかったようだけれど。
 『クォ』は公爵位、『ド』は麻薬A、『ク』は娘……こんなところだろう。名字にも細かい意味はあるけれど、今は関係ないか。

 ――さて、彼女のこの様子、私の読みは当たっていたようだ。どの薬物でどのような変化を迎えるのか、『わたくし』は知り尽くしている。
 過去の『わたくし』は駒を不能にさせる薬物よりも、敵を排除する『毒物』を望んだのだけれど。

「ア、アンタ、なんで」
「まあまあお嬢様、落ち着いて。阿呆な私と素敵なお茶会を楽しみましょう?」
「はあっ? 馬鹿じゃないの、なんでアンタみたいなガキと…………え? な、なによ、これ! ここから出しなさいよ!!!」

 先程の大広間へ戻ろうと扉へ近づき、に動揺してこちらを振り返る。
 まるで扉を閉めて彼女を閉じ込めているような言いようだが、そのようなことはしていない。まるで扉が閉まっているかのような反応だが、そんなことはしていない。
 解放されている扉があった場所には、サンキャッチャーをぶら下げている。
 この部屋にはステンドグラス、壺、瓶、コップ、大皿などのガラス製品を展示品として置いているのだ。室内は光が虹色に乱反射して見えるよう、仕掛けを施していたのだが……。
 だいぶ、視界が悪くなっているらしい。目に塗ったりしてないだろうな?


「どうかされましたか?」
 この国ケブルトン王国で、を劇物として認識しているのは学のある者――貴族や上流に位置する中流階級の主に男性だ。女性は学識に通じるものではないという、やや古い考えが根付いている。現に、上流階級の女性が学園へ通うようになったのは、ここ数年のこと。母は通っていない。
 だから、母やリナウド侯爵夫人は噂を聞いたとしても、それが何を意味しているのか分からない。漫画に描かれてはいなかったけど、かつては戦争まで起きた。
 解毒薬もあるにはあるが、彼女の精神がに耐えられるかどうかは疑問が残る。

 さて、これをシュトルツァー公に突きつけて、交渉材料に――――してはいけないですよね! 人類愛のため頑張らないとですよね!
 強欲な両親と事なかれ主義なシュトルツァー公の両方に、公にできない弱みをつくり一蓮托生――じゃなくて! お互い分かり合える機会を得ないとね!!!
 うまくいけば、クリストフ殿下との婚約の件も白紙にできるかもしれない。

「ちょっと! ここから出しなさいよ! ……ああ、そうね! 嫉妬しているのね! わたくしの方が優秀だから! 素晴らしいから! 選ばれているから!!」

 悪いようにはしたくない。でも、彼女はもう詰んでいる。
 ……やはり私は、極悪非道な『悪役令嬢』なのか……。かわいそうな彼女に、引導を渡すことしかできないし――それを、やろうとしている。

「マデリーネ嬢、今日はお会いすることができて本当によかった」
「はぁ?」
「――――もはや、一刻の猶予もないというのに私の立場からは何も申し上げることができません。肝心のシュトルツァー公も事の深刻さが分かっていらっしゃらないようですし」
「な……にを――」
「――貴女のご協力を頂れば、十二歳の私でも、穏便に貴女に適切な環境と治療を提供することができるのですけど……。無理そうですね?」

「アンタがアンタがいなければ問題なんかなかったのよ! わたくしはずっと、ずっと頑張って来たのに! どいつもこいつも……!!!」

 興奮のままに立ち上がり、声を荒げるマデリーネ嬢が暴れ出すまでにそう時間はかからなかった。





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