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サーレック辺境伯(3)
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「なるほど。こちらの領地には人材も足りないということですか」
「残念ながらそうなのだ。各拠点に人を配置するだけでもいっぱいいっぱいでな。今、ヴィルマーの弟妹が妻と共に王城のアカデミーに行っており、戻ってくるまでは2年間。その2年間で、どうにか基盤を作りたい」
ミリアは軽く首を傾げた。不快な話ではない。だが、多少心に引っかかる。確かに自分はヤーナックを守ったけれど、それはこのサーレック辺境伯領に骨をうずめる覚悟があったからやったわけではない。そんな自分に、こんなことを課そうとするなんて、買い被りもいいところではないか。
と、そんな彼女にハルトムートが苦笑いを浮かべながら話を進めた。
「父上、それではミリア嬢には通じませんよ。何故、ご自分がヴィルマーの補佐をしなければいけないのか、という表情でいらっしゃる」
「む、そうか」
俺にも通じてないんだが、とヴィルマーが言うのを、ハルトムートは「まあまあ」と軽くけん制をした。すると、サーレック辺境伯は、ダン!と机上に両腕をついて、腰を浮かせる。
「ミリア嬢」
「はい」
「君を幸せにする!」
「……はい?」
「ヴィルマーが!」
何の話だ、と無言で目を何度も瞬かせるミリア。ハルトムートは「ああ……」と情けない声を漏らすが、サーレック辺境伯の勢いは止まらない。
「こいつは、一人でいるとあっという間に馬に乗ってどこかに行ってしまうし、この家に戻ってきてもただいまも言わないし、どこにいても通りすがりだ! だが、なんだ、案外といい男だ!」
「ま、待て、おい、親父……」
「金に頓着がなく、稼いだ金は使わないし、人に施してばかりだし、自分の財産がどれぐらいあるのかもよくわかっとらんし、なんだったら、それらを使って傭兵をもう少し集めようとまで言ってくれる、そんなやつだ。文官としての才能はないが、一通り物は読めるし書ける!」
一体自分は何を言われているのか、とミリアは「はい」とだけ相槌を打つ。
「それから、案外と優しい。帰りにどこぞの森で狩りをして獲物を持ってきてくれたり、あれやこれや土産を持ってきてくれるし、使用人の名前は全員覚えているし、それなりに気も利く!」
「なんの話をしてんだよ! もうやめてくれ!」
それからもサーレック辺境伯はミリアに「案外うちの息子はいいやつだ」と語り、ミリアも微動だにせずにそれを静かに聞いていた。何度も何度もヴィルマーは「やめろ!」と言って、最後にはミリアとサーレック辺境伯の間に入ろうとしたが、なんと、サーレック辺境伯は片手一本でヴィルマーの体をどけた。怪力だ。ミリアはその時だけ「あら」と声を出したが、どかされたヴィルマーの方を見ずに、サーレック辺境伯と視線を合わせたまま。
「そんなわけで、結婚をして欲しい!」
最後の締めがその言葉で、さすがにそれはハルトムートも「それは父上が云う事ではないでしょう!?」と声をあげたし、ヴィルマーも「お前が言うな!」と叫んだ。
ミリアはそこでようやくヴィルマーに視線を送って
「ヴィルマーさんは、どうお考えですか?」
と尋ねた。
「あなたは、わたしを娶る気がおありですか。わたしは、あなたからプロポーズを受けました。恋人や婚約者をすっ飛ばして、という言葉もいただいたので、そういうことだと思っていましたが、それに間違いはありませんか」
「間違いはない。が、だからといって、君が俺の補佐になる必要はないよ」
ようやく彼もまた落ち着いたようで、苦々しい表情で告げる。
「勿論、補佐になってくれたら嬉しい。だけど、君が他にやりたいことをみつけたらそれをしてもらえる方がもっと嬉しい。第一、君がレトレイド伯爵領に戻らずにいてくれるかどうかも怪しいだろう。俺は君が欲しいが、君がレトレイド伯爵領に戻りたいと言えば、それも受け入れるつもりだし。こんな風に騙し討ちのようにあれこれを強いたいわけじゃない」
「騙し討ち」
その言葉を面白いと感じてミリアは笑った。
「そうですね。騙し討ちではありますね。それに、わたしの父と喧嘩をなさった方がいうことを、どうしてわたしが受けなければいけないのかということも多少は疑問ですが……」
「んぐっ!」
サーレック辺境伯は軽くせき込む。
「サーレック辺境伯。残念ながら、わたしと父は案外と仲が良いのです」
「そ、そのようだな?」
「なので、わたしのことで父と喧嘩をなさったあなたが言うことを、わたしが素直に飲むことも出来ません」
しまった、雲行きが怪しい、とサーレック辺境伯はいくらか目を泳がせる。ハルトムートははらはらとミリアの言葉を待っているし、ヴィルマーは「そりゃそうだよな……」と肩を竦めている。
「ううっ、そ、そうか……」
「ですが」
困ったようにミリアは微笑んだ。
「わたしは、もう少しこのサーレック辺境伯領を見て回りたいと思っています。その自由を許していただけるならば、どこかに拠点が欲しい。その拠点は、ヤーナックでは少し外れすぎるので、このあたりだと助かりますね」
そういってミリアは地図を指さした。そこは、サーレック辺境伯が言っていた「ヴィルマーが統治をするエリアの拠点」だ。
「そして、父と仲直りをしていただければ、その時にもう一度お話をお伺いいたしましょう」
と、ミリアが云えば、サーレック辺境伯は立ち上がってすぐさま客間をどたばたと出て行った。きっと、また別室でレトレイド伯爵家に魔道具で繋ぐつもりなのだろう。
彼が出て行った後、耐え切れずにハルトムートは「あっははははは!」と声を出して笑い出す。その笑い声はヴィルマーの笑い声に似ていて、ミリアは「兄弟だ」と心の中で驚いた。
「ヴィルマー、これは、素晴らしく豪胆な女性だな。あっはははは! ああ、面白かった……」
「笑いごとじゃないだろ……結局親父の俺語りをミリアに聞かせることになっちまった。手紙は破り捨てたのに」
確かにもう一枚の封書は、サーレック辺境伯が「ヴィルマーアピール」を書いたものだったと聞いていた。ああ、そうか、とミリアは小さく笑う。
「もう一度言いますが……サーレック辺境伯は、あなたを愛していらっしゃるのですね」
「気持ち悪いぐらいな。だが、ああ見えて、親父は優れた文官だ。本当に。この広いサーレック辺境伯領を治めるだけはある。俺も、兄貴も、それは尊敬をしているんだ」
そのヴィルマーの言葉にミリアは「ええ」と頷いた。それはわかっている。目の前に広げられている地図に詳細に書き込まれた情報。それらを見れば一目瞭然だ。
「優れた方なのでしょう」
そう言って、すっかり冷めてしまった茶を飲むミリア。ハルトムートは「あなたも優れた方なのだろうな」と言って笑った。
「残念ながらそうなのだ。各拠点に人を配置するだけでもいっぱいいっぱいでな。今、ヴィルマーの弟妹が妻と共に王城のアカデミーに行っており、戻ってくるまでは2年間。その2年間で、どうにか基盤を作りたい」
ミリアは軽く首を傾げた。不快な話ではない。だが、多少心に引っかかる。確かに自分はヤーナックを守ったけれど、それはこのサーレック辺境伯領に骨をうずめる覚悟があったからやったわけではない。そんな自分に、こんなことを課そうとするなんて、買い被りもいいところではないか。
と、そんな彼女にハルトムートが苦笑いを浮かべながら話を進めた。
「父上、それではミリア嬢には通じませんよ。何故、ご自分がヴィルマーの補佐をしなければいけないのか、という表情でいらっしゃる」
「む、そうか」
俺にも通じてないんだが、とヴィルマーが言うのを、ハルトムートは「まあまあ」と軽くけん制をした。すると、サーレック辺境伯は、ダン!と机上に両腕をついて、腰を浮かせる。
「ミリア嬢」
「はい」
「君を幸せにする!」
「……はい?」
「ヴィルマーが!」
何の話だ、と無言で目を何度も瞬かせるミリア。ハルトムートは「ああ……」と情けない声を漏らすが、サーレック辺境伯の勢いは止まらない。
「こいつは、一人でいるとあっという間に馬に乗ってどこかに行ってしまうし、この家に戻ってきてもただいまも言わないし、どこにいても通りすがりだ! だが、なんだ、案外といい男だ!」
「ま、待て、おい、親父……」
「金に頓着がなく、稼いだ金は使わないし、人に施してばかりだし、自分の財産がどれぐらいあるのかもよくわかっとらんし、なんだったら、それらを使って傭兵をもう少し集めようとまで言ってくれる、そんなやつだ。文官としての才能はないが、一通り物は読めるし書ける!」
一体自分は何を言われているのか、とミリアは「はい」とだけ相槌を打つ。
「それから、案外と優しい。帰りにどこぞの森で狩りをして獲物を持ってきてくれたり、あれやこれや土産を持ってきてくれるし、使用人の名前は全員覚えているし、それなりに気も利く!」
「なんの話をしてんだよ! もうやめてくれ!」
それからもサーレック辺境伯はミリアに「案外うちの息子はいいやつだ」と語り、ミリアも微動だにせずにそれを静かに聞いていた。何度も何度もヴィルマーは「やめろ!」と言って、最後にはミリアとサーレック辺境伯の間に入ろうとしたが、なんと、サーレック辺境伯は片手一本でヴィルマーの体をどけた。怪力だ。ミリアはその時だけ「あら」と声を出したが、どかされたヴィルマーの方を見ずに、サーレック辺境伯と視線を合わせたまま。
「そんなわけで、結婚をして欲しい!」
最後の締めがその言葉で、さすがにそれはハルトムートも「それは父上が云う事ではないでしょう!?」と声をあげたし、ヴィルマーも「お前が言うな!」と叫んだ。
ミリアはそこでようやくヴィルマーに視線を送って
「ヴィルマーさんは、どうお考えですか?」
と尋ねた。
「あなたは、わたしを娶る気がおありですか。わたしは、あなたからプロポーズを受けました。恋人や婚約者をすっ飛ばして、という言葉もいただいたので、そういうことだと思っていましたが、それに間違いはありませんか」
「間違いはない。が、だからといって、君が俺の補佐になる必要はないよ」
ようやく彼もまた落ち着いたようで、苦々しい表情で告げる。
「勿論、補佐になってくれたら嬉しい。だけど、君が他にやりたいことをみつけたらそれをしてもらえる方がもっと嬉しい。第一、君がレトレイド伯爵領に戻らずにいてくれるかどうかも怪しいだろう。俺は君が欲しいが、君がレトレイド伯爵領に戻りたいと言えば、それも受け入れるつもりだし。こんな風に騙し討ちのようにあれこれを強いたいわけじゃない」
「騙し討ち」
その言葉を面白いと感じてミリアは笑った。
「そうですね。騙し討ちではありますね。それに、わたしの父と喧嘩をなさった方がいうことを、どうしてわたしが受けなければいけないのかということも多少は疑問ですが……」
「んぐっ!」
サーレック辺境伯は軽くせき込む。
「サーレック辺境伯。残念ながら、わたしと父は案外と仲が良いのです」
「そ、そのようだな?」
「なので、わたしのことで父と喧嘩をなさったあなたが言うことを、わたしが素直に飲むことも出来ません」
しまった、雲行きが怪しい、とサーレック辺境伯はいくらか目を泳がせる。ハルトムートははらはらとミリアの言葉を待っているし、ヴィルマーは「そりゃそうだよな……」と肩を竦めている。
「ううっ、そ、そうか……」
「ですが」
困ったようにミリアは微笑んだ。
「わたしは、もう少しこのサーレック辺境伯領を見て回りたいと思っています。その自由を許していただけるならば、どこかに拠点が欲しい。その拠点は、ヤーナックでは少し外れすぎるので、このあたりだと助かりますね」
そういってミリアは地図を指さした。そこは、サーレック辺境伯が言っていた「ヴィルマーが統治をするエリアの拠点」だ。
「そして、父と仲直りをしていただければ、その時にもう一度お話をお伺いいたしましょう」
と、ミリアが云えば、サーレック辺境伯は立ち上がってすぐさま客間をどたばたと出て行った。きっと、また別室でレトレイド伯爵家に魔道具で繋ぐつもりなのだろう。
彼が出て行った後、耐え切れずにハルトムートは「あっははははは!」と声を出して笑い出す。その笑い声はヴィルマーの笑い声に似ていて、ミリアは「兄弟だ」と心の中で驚いた。
「ヴィルマー、これは、素晴らしく豪胆な女性だな。あっはははは! ああ、面白かった……」
「笑いごとじゃないだろ……結局親父の俺語りをミリアに聞かせることになっちまった。手紙は破り捨てたのに」
確かにもう一枚の封書は、サーレック辺境伯が「ヴィルマーアピール」を書いたものだったと聞いていた。ああ、そうか、とミリアは小さく笑う。
「もう一度言いますが……サーレック辺境伯は、あなたを愛していらっしゃるのですね」
「気持ち悪いぐらいな。だが、ああ見えて、親父は優れた文官だ。本当に。この広いサーレック辺境伯領を治めるだけはある。俺も、兄貴も、それは尊敬をしているんだ」
そのヴィルマーの言葉にミリアは「ええ」と頷いた。それはわかっている。目の前に広げられている地図に詳細に書き込まれた情報。それらを見れば一目瞭然だ。
「優れた方なのでしょう」
そう言って、すっかり冷めてしまった茶を飲むミリア。ハルトムートは「あなたも優れた方なのだろうな」と言って笑った。
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