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ほどける心(1)

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 さて、その後、サーレック辺境伯は大慌てで戻ってきて「ミリア嬢! 来てくれ!」とミリアを自分の執務室に無理やり連れて行った。何かと思えば、魔道具を使っての投影を部屋の中央で行っており、そこに、レトレイド伯爵の姿が見える。

 久しぶりに見た父親の姿に、ミリアはぐっと涙腺が緩みそうになるのを堪えて平静を保とうと必死だ。

「父上」

『ああ、ミリア、久しぶりだな。この投影も時間が限られているので簡潔に問うぞ』

「はい」

『サーレック辺境伯令息と、お前はお付き合いをしているのか?』

「お付き合いはよくわかりませんが、プロポーズを受けました」

 それはミリアの本音だ。ヴィルマーからプロポーズはされた。だが、付き合っているかどうかという質問は少し難しい。何故なら、自分たちはそのプロポーズ以降に何かが変わったわけでもないと思う。いや、心は騒ぐ、浮き立つ、熱くなる。だが、それはプロポーズを受ける前からそうだった気もする。

『そうか。それを、お前は受けたのか』

「はい。ご相談もなく申し訳ございません。お許しいただけるだろうと思い」

『うん。わかった。一度は、レトレイド領に戻るのだろう?』

「そうですね。振り出しに戻ったので、足が治るまでは半年かかるのですが」

『その前に一度戻りなさい。サーレック辺境伯のご令息と共に』

 ミリアは目を見開いた。それは、もしかしたら婚約の取り決めをするということだろうか。それを尋ねようとしたら、レトレイド伯爵は言葉を続ける。

『先日はリリアナの結婚式に参加をしてくれてありがとう。助かったぞ。それから、サーレック辺境伯に、良くしてもらいなさい。十分に。そして、それを返すと良い』

 そう言って、投影は切れた。多くを語らない父親だ。だが、久しぶりに父と会話を出来たことが、ミリアにはそれだけで嬉しい。いつも、そう多くは会話をしない間柄ではあったが、信頼関係はある。

 その様子を見たサーレック辺境伯は「もっと他に何かないのか!?」と驚いていたが、ミリアは笑って「大丈夫です」と答えた。

「サーレック辺境伯に良くしてもらえと。そして、それを返せと言われましたので、わたしもそうであろうと努めます。半年後にレトレイド伯爵領に一度戻りますが、その後はこちらでお世話になることになるでしょう」

「!」

「ですが、話が逆になってしまうので……ヴィルマーさんと話をしてから、また後程お伝えいたします」

 そう言ってミリアはサーレック辺境伯に礼をした。彼は「うん、うん」と頷きながら、なんだか感極まったように声を絞り出す。

「ミリア嬢。歓迎をする。それから、感謝も」

 それへ、ミリアは微笑んで「まだ、何もしていませんよ」と返した。



 その日、サーレック辺境伯は「視察のため移動をする」といって、夕方から家を出てしまった。彼がいなくなったら、一体何故サーレック辺境伯邸に来たのかわからないではないか……とミリアは思ったし、ヴィルマーも思ったが、ハルトムートが「大丈夫だ。父から話は全部聞いている。話の続きは明日」と言うものだから、不承不承了解をした。

 夕食を食べ終えて与えられた客室で一息ついていると、ハルトムートが「これを母から預かっていて」と、何やらプレゼントを持ってきた。見れば、美しい刺繍があしらわれた白いハンカチだ。どうやら、サーレック辺境伯夫人の刺繍の腕前は相当なようで、ミリアは驚きの声をあげた。

「母は弟妹と共に王城方面に行ってしまったのでね。本当はあなたとお会いしたいと言っていたのだけれど。その代わりにこれを」

「まあ。ありがとうございます。本当にいただいても良いのでしょうか」

「勿論。あなたのために刺繍をいれたのだし。あんな父親からは想像できないと思うのだけれど、とても小柄で可愛らしい貴婦人でね。息子のわたしが言うのもなんだが、明るくて優しい人だ」

 ミリアは再度礼を言って受け取った。それから、サーレック辺境伯はいつお戻りに?と尋ねると「明日の昼ぐらいだろうな」と言って、ハルトムートは肩を竦める。

「待つ必要はないよ。父は出かける用事があったから、あなたととにかく話をして、さっさとヴィルマーとの結婚でも決めようと焦っていたのだろう」

 そう言って苦笑いを見せるハルトムート。なるほど、そう言われればサーレック辺境伯は最初から最後まで、何やら焦っていた感じもする。

「では、もう少しゆっくり出来る時に来ればよかったですね」

「いや。これでもゆっくりしていた方だ。父は、ほぼこの邸宅にいない。今日はあそこの町、今日はあそこの町、と顔を出して、領地をくまなく見ようと足を延ばしている。一部をヴィルマーに任せても、それでも日々忙しすぎる。今は、辺境伯の仕事の半分以上はわたしが受け持っていてね。書類仕事はわたしがやっている」

 現場に顔を出したい人なんだ、とハルトムートは笑った。

「そういえば、ハルトムート様も近々ご結婚なさるとお伺いしております」

「そうなんだ。来月ね。その時には弟妹も母も一度領地に戻る。あなたも出席をしてくれるなら、嬉しいけれど……それまでに、ヴィルマーと正式な婚約は無理そうだね」

「……確かに、そうですね」

 言葉を濁すミリア。それは考えていなかった。ヴィルマーとの婚約をさっさとしてしまって良いのか。そこまではレトレイド伯爵に確認をしていなかったからだ。

「大丈夫だ。父が戻ってきたら、また魔道具でレトレイド伯爵と繋いで確認をとろう。あれはそれなりに魔力を蓄えてからではないと使えない代物で、今日のやりとりで使い切ってしまったようだ。魔法使いを呼んで、魔力を注いでもらわなければいけない」

 そういう仕組みになっているのか、と驚くミリア。彼女が騎士団として遠征をした時、確かに通信用の魔道具を持っていたものの、一度に出来る通信はかなり短く、だが、使用回数は結構多かったと思う。遠征が終わるまでにそれの魔力は尽きなかったが、ここにある魔道具は逆に一度の時間は長く、けれど使用回数は少ないのだろう。

 と、その時ハルトムートは、ミリアが知りたかったことに、彼の方から突然切り込んできた。

「ヴィルマーには、わたしの結婚が遅くなったせいで色々と迷惑をかけてしまった。こんなタイミングであなたにやつが出会えたことを、嬉しく思う」

「えっ……」
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