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サーレック辺境伯邸へ向かう(2)

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「ヴィルマーさんはおいくつの頃から、傭兵を率いて回っていたのですか」

 木陰に立って、尋ねるミリア。同じく、木陰で風に吹かれながらヴィルマーは答える。

「……17の頃、かな。最初は、俺が率いてもらっていた。まあまあ年上の騎士が、今の俺の役割を担ってくれていてな。そこに、俺はついて回っていた」

「そうなのですね。では、結構な年数今のように? 今さらで失礼ですが、今はおいくつですか」

「25歳だ。7年間。そのうち、やつらの上に立って今みたいに率いては4年間……ああ、君の年齢すら、俺も聞いていなかった」

 今さらながら、互いの年齢もわからずプロポーズをして、そしてプロポーズを受けてしまったのか、とミリアもヴィルマーも笑う。

「わたしは22です。来月23歳になります」

「来月!? おいおい、まじか、良かった、聞いておいて……」

「ヴィルマーさんはいつお生まれに?」

「俺は三か月後だな。そうか。今から君の誕生日のことを考えなくちゃな」

 3歳の年の差か、と思う反面、ミリアには少しばかり気がかりなことがあった。

(過去のことは探らない。気にしない、とは思っていますが、ヴィルマーさんも婚約者がいてもおかしくない年齢で家を出たのですね……)

 それについては、自分からは何も聞かない。ミリアはそう思うものの、胸の奥にひっかかりは感じ取っていた。



 街道の途中にある、あまり大きくもない宿にその日は泊まることにした。ヴィルマーは「俺が言うのもなんだが、こんな宿で申し訳ない」と言ったが、ミリアにとっては屋根がある場所で寝泊まり出来るなら、それはかなり極上だ。そう答えると、ヴィルマーは笑って「そんな伯爵令嬢がいてたまるか」と言った。勿論それは冗談だし、彼女もよくわかっている。

 慣れない相手との2人旅で、互いに少し疲労がかさんでいるだろうということで、その晩は早く眠ることにした。それぞれ一室を借りたものの、隣同士。そして、壁は薄いどころか、穴まで開いていることがわかってミリアは苦笑い。

「あまり見ないでいただけると助かります」

「見ないでいただけると、と言うより、穴をふさぐ方向にしないか?」

 そう言ってヴィルマーは開いている穴の前に、自分の部屋にあるおんぼろな椅子を運び、そこに自分のジャケットをかけた。どうやら、彼のベッドはもう片方の壁側に置いてあるらしい。一方のミリアの部屋は、穴が開いている壁側にベッドが置いてあった。

 薄い布団、薄い毛布。時期的にそれでも問題はないが、久しぶりの少し硬いベッドに、ミリアは「眠いのに寝づらいな」と少しだけ苦労をした。

「なあ、まだ起きているか?」

 すると、隣の部屋からの声。「はい」と返事をすれば「少し話さないか」と壁越しに誘いが。なんだか嬉しい、とミリアは「いいですね」と答えた。布越しになってはいるものの穴が開いているため、案外とはっきり声が聞こえる。

 がたん、と音が響く。彼はベッドから降りて椅子に座ったようだった。ミリアは起きずに、ベッドに横たわったまま会話を続けた。

「あのさ。またその話かって思われるかもしれないけど」

「なんでしょう」

「先日、俺は君にプロポーズをしただろう?」

「はい」

 ミリアは少し笑いそうになる。実際に「またその話か」と思ったからだ。ヴィルマーは珍しく歯切れが悪い。

「その、恋人になって欲しいわけでも、婚約者になって欲しいわけでもない……いや、なって欲しいといえば欲しいんだが、それらをすっ飛ばしてしまっているというか……」

 それへの答えに、ミリアは簡潔に「そうですね」と答えた。すると、ヴィルマーは「ははっ」と笑い声をあげる。

「俺もさ、感情的な人間なので、君の立場を考えていないプロポーズではあった」

「大丈夫ですよ」

「大丈夫かどうかは、そのう、話し合いをしてみないことにはわからない……よな?」

 彼は、きっとレトレイド伯爵令嬢を娶るということは……と考えたのだろうとミリアは思う。それはそうだ。だが、レトレイド伯爵家を継ぐのは自分ではないし、何も問題はない。

 とはいえ、ヴィルマーもサーレック辺境伯の次男だ。彼もまたサーレック辺境伯の名は継がないのだろう。

「ううん、君のような人に、この先一体どうするのか、どうなるのかもはっきり決まっていない俺がプロポーズをしたのは、いささか申し訳ない。が、後悔はしていないんだ」

「ふふ、後悔していると言われたら、泣くところでした」

「!」

「あなたはわたしを泣かせるのがお上手ですね」

「……今すぐ、君を抱きしめにそちらに行っても?」

 それへはミリアは笑って、あっさりと拒否の言葉を返した。それへ、ヴィルマーが「ううん、駄目かぁ、手厳しいな……」と唸りつつも「これがうち(サーレック辺境伯邸)なら、問答無用でドアをノックしただろうが」と言って、ミリアを笑わせた。

「ああ、少し、眠くなってきました」

「うん。眠ると良い。悪かったな」

「いいえ。おやすみなさい」

「おやすみ」

 ミリアはうとうとと瞳を閉じた。以前、騎士団長をしていた頃は、もっと気を張り詰めていて、こんな風に眠ることなんてありえなかった。深い眠りにつく手前に、ふわりとそんなことを思い描く。

(ああ、わたし……)

 きっと、これも伝わっていない。

 こんな風に眠ってしまうなんて、自分はヴィルマーに存分に甘えているではないか。今日は、馬に乗って心地よく旅をした。慣れない相手との旅で疲れているかもしれない……そんな気遣いは本当は必要はない。だって、何も負担ではなかった。まるで、以前からそうやって共にいたかのように、当たり前のように馬を走らせて……。

(だけど)

 少しだけちりりと感じる心の痛み。それは、今日感じたものだ。

(こんな風に、相手の過去が気になるなんて。恥ずべきことではないのかしら……)

 ミリアはすうっと思考を閉ざす寸前、そんなことを考えたのだった。勿論、それを考えたことすら、目覚める頃には忘れていたが。
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