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二章
古いアルバムの最後のページに
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登場人物:
山田剛蔵 京都工芸袋物業を営む、18年前に死亡、享年44歳
山田華 妻、55歳
山田剛志 長男、32歳、夫婦で家業を継ぐ
山田和馬 次男、27歳、公務員
山田彩奈 長女、23歳、グラフィックデザイナーとして会社勤めを始めた。
「ん、そう。ちょっと用事があってえ。いや別に。ん……? いいよ。行こう行こう! まだちょっと本格的なシーズンには早いけど、紅葉は始まっているよ。 ホント? じゃあ、月曜日の敬老の日にね。うん。用事を速攻で済ますから、月曜日に亀岡にみんなで来れる? やったー。じゃあ、詳しいことはまたね」
彩奈は携帯を切ると、また大テーブルに戻り、山と積まれたアルバムに向いて座った。
母親の華が命じた片付けに、三人の子供達は朝から奮闘している。亡き父親の衣服や靴、バッグ類の仕分けを終え、彼らは写真や書類の山に向かっていた。
ふう~と一息吐いて彩奈はアルバムを開ける。
「はあ~。古いアルバムって厄介よね。小さい時の写真とか懐かしいから、ついつい見てしまうもの。こんな小さい時にクリスマスケーキを買って来てもらってたんだよ、つよ兄ちゃんとか、覚えてる?」
「うん、覚えているよ。その頃は父さんも毎年ケーキを買ってくれてた。彩奈が生まれた次の年からだ、って聞いた」剛志は顔を上げ、真面目な顔つきで彩奈を見た。「ところで彩奈。この連休の最後の月曜日に、どこか行くのか?」
彩奈はクルッと目を回した。
「ああ、会社の人たちね。さっきの電話だよ。今年の新入社員にはよそから来た人が多いんだ。みんな、まだまだ京都が珍しくて、あちこち行きたいって。私が亀岡に帰るって言っておいたから、保津川下りとトロッコ列車の話をしたの。そしたら月曜日に亀岡に来てくれることになったわ」
「それは全部、会社の同僚か」
「多分、そうでない人も来ると思う」
「で、その中に誰か目当ての男がいるのか」
剛志が言うと、隣で黙々とアルバムのページをめくっていた次兄の和馬がギョッとした顔つきをした。
一瞬、ポカンと口を開けた彩奈は吹き出した。
「ちょっと、つよ兄さん、いきなり何を言うのん! まだ仕事を始めて半年だよ、なんで私がそんな面倒な……。みんな同僚、知り合い、ただの友達、そんなところよ」
剛志は話を振るように和馬に向いたが、もともと寡黙な和馬は何も言わない。
剛志はため息をつく。
「やれやれ、お前が東京の大学に行ったからには、向こうで無事に片付いてしまうものかと思っていたよ」
「勝手に片付けないでよ! 荷物じゃあるまいし。だいたい、そんなセリフ、行き遅れの娘に母親が言うようなもんよ。私はまだ23ですよって。兄さん、ちょっと頭がわいてるんじゃない?」
剛志に暴言を吐いた彩奈は、何か言いたそうな兄を振り切るようにキッチンに行くと、コーヒーを入れた。二階の自分の部屋にコーヒーとお菓子を持って上がると、また戻って来て分厚いアルバムを5冊ほど抱えた。
「うっ、重い。じゃ、私は自分のお部屋でゆっくり見るから」
彩奈は急ぎ足で二階への階段を駆け上がった。
コーヒーの香りに混じり、時々フワリと鼻に付く、古さから来る匂い。それでも彩奈は分厚いアルバムのページをゆっくりめくりながら、茶色に変色した写真を眺めて楽しんだ。兄弟たちはとりあえず、それぞれが写っているものを取り分け、後の集合写真は適当に気に入ったものが取ることになっている。
彩奈は父の膝に抱かれたりした写真を見ると、胸にツーンと来る何かを感じる。父が死んだ時5歳だった彩奈には父親の記憶が曖昧だが、とても可愛がってくれたことをぼんやり覚えている。
「あなたが生まれてから、お父さんはあなたを溺愛し、家族も大事にするようになった」と母は度々語っていた。
遊園地でコーヒーカップに乗っている彩奈と兄たち、ソフトクリームで顔を汚す三人……。兄妹が写った写真では、小さな彩奈がいつも真ん中だった。
「よし、チーズ!」
嬉々としてシャッターを押す父の顔の、特に白い歯が彩奈の記憶によみがえる。
30分ほどして、そのアルバムの最後のページに来たところで彩奈はハッとした。最後のページの裏に、大判の茶封筒が貼り付けてあった。ちょっと厚みがあり、蓋はテープで閉じてあった。そのテープは変色している。
— 何だろう。長いこと、誰も見ていないのね……。
このアルバムが使われていた時期を考えると、恐らくこの封筒を貼り付けたのは母親だろう。彩奈は一瞬迷ったが、その封筒を開けた。アルバムを処分してくれ、と言ったのは母親の華なのだから。
華は封筒に入っていたものを引き出した。出て来たのは20枚ほどの写真だった。
取り出した写真を並べようとした時、一枚が彩奈の指に引っかかり、ヒラヒラと舞って下に落ちた。理由はすぐにわかった。その写真は一部分が破れていたのだ。
苦笑いをしながら拾い上げ、その写真を見つめた彩奈の顔がこわばった。
「えっ……」
それは集合写真で、写っている人々全員がにこやかな表情だった、一箇所を除いて。
二列に並んだ、全部で十人ほどの人々だが、前列の真ん中に座って写っている、いや写っていたはず人の姿が、手で引きちぎったように切り取られていた。
山田剛蔵 京都工芸袋物業を営む、18年前に死亡、享年44歳
山田華 妻、55歳
山田剛志 長男、32歳、夫婦で家業を継ぐ
山田和馬 次男、27歳、公務員
山田彩奈 長女、23歳、グラフィックデザイナーとして会社勤めを始めた。
「ん、そう。ちょっと用事があってえ。いや別に。ん……? いいよ。行こう行こう! まだちょっと本格的なシーズンには早いけど、紅葉は始まっているよ。 ホント? じゃあ、月曜日の敬老の日にね。うん。用事を速攻で済ますから、月曜日に亀岡にみんなで来れる? やったー。じゃあ、詳しいことはまたね」
彩奈は携帯を切ると、また大テーブルに戻り、山と積まれたアルバムに向いて座った。
母親の華が命じた片付けに、三人の子供達は朝から奮闘している。亡き父親の衣服や靴、バッグ類の仕分けを終え、彼らは写真や書類の山に向かっていた。
ふう~と一息吐いて彩奈はアルバムを開ける。
「はあ~。古いアルバムって厄介よね。小さい時の写真とか懐かしいから、ついつい見てしまうもの。こんな小さい時にクリスマスケーキを買って来てもらってたんだよ、つよ兄ちゃんとか、覚えてる?」
「うん、覚えているよ。その頃は父さんも毎年ケーキを買ってくれてた。彩奈が生まれた次の年からだ、って聞いた」剛志は顔を上げ、真面目な顔つきで彩奈を見た。「ところで彩奈。この連休の最後の月曜日に、どこか行くのか?」
彩奈はクルッと目を回した。
「ああ、会社の人たちね。さっきの電話だよ。今年の新入社員にはよそから来た人が多いんだ。みんな、まだまだ京都が珍しくて、あちこち行きたいって。私が亀岡に帰るって言っておいたから、保津川下りとトロッコ列車の話をしたの。そしたら月曜日に亀岡に来てくれることになったわ」
「それは全部、会社の同僚か」
「多分、そうでない人も来ると思う」
「で、その中に誰か目当ての男がいるのか」
剛志が言うと、隣で黙々とアルバムのページをめくっていた次兄の和馬がギョッとした顔つきをした。
一瞬、ポカンと口を開けた彩奈は吹き出した。
「ちょっと、つよ兄さん、いきなり何を言うのん! まだ仕事を始めて半年だよ、なんで私がそんな面倒な……。みんな同僚、知り合い、ただの友達、そんなところよ」
剛志は話を振るように和馬に向いたが、もともと寡黙な和馬は何も言わない。
剛志はため息をつく。
「やれやれ、お前が東京の大学に行ったからには、向こうで無事に片付いてしまうものかと思っていたよ」
「勝手に片付けないでよ! 荷物じゃあるまいし。だいたい、そんなセリフ、行き遅れの娘に母親が言うようなもんよ。私はまだ23ですよって。兄さん、ちょっと頭がわいてるんじゃない?」
剛志に暴言を吐いた彩奈は、何か言いたそうな兄を振り切るようにキッチンに行くと、コーヒーを入れた。二階の自分の部屋にコーヒーとお菓子を持って上がると、また戻って来て分厚いアルバムを5冊ほど抱えた。
「うっ、重い。じゃ、私は自分のお部屋でゆっくり見るから」
彩奈は急ぎ足で二階への階段を駆け上がった。
コーヒーの香りに混じり、時々フワリと鼻に付く、古さから来る匂い。それでも彩奈は分厚いアルバムのページをゆっくりめくりながら、茶色に変色した写真を眺めて楽しんだ。兄弟たちはとりあえず、それぞれが写っているものを取り分け、後の集合写真は適当に気に入ったものが取ることになっている。
彩奈は父の膝に抱かれたりした写真を見ると、胸にツーンと来る何かを感じる。父が死んだ時5歳だった彩奈には父親の記憶が曖昧だが、とても可愛がってくれたことをぼんやり覚えている。
「あなたが生まれてから、お父さんはあなたを溺愛し、家族も大事にするようになった」と母は度々語っていた。
遊園地でコーヒーカップに乗っている彩奈と兄たち、ソフトクリームで顔を汚す三人……。兄妹が写った写真では、小さな彩奈がいつも真ん中だった。
「よし、チーズ!」
嬉々としてシャッターを押す父の顔の、特に白い歯が彩奈の記憶によみがえる。
30分ほどして、そのアルバムの最後のページに来たところで彩奈はハッとした。最後のページの裏に、大判の茶封筒が貼り付けてあった。ちょっと厚みがあり、蓋はテープで閉じてあった。そのテープは変色している。
— 何だろう。長いこと、誰も見ていないのね……。
このアルバムが使われていた時期を考えると、恐らくこの封筒を貼り付けたのは母親だろう。彩奈は一瞬迷ったが、その封筒を開けた。アルバムを処分してくれ、と言ったのは母親の華なのだから。
華は封筒に入っていたものを引き出した。出て来たのは20枚ほどの写真だった。
取り出した写真を並べようとした時、一枚が彩奈の指に引っかかり、ヒラヒラと舞って下に落ちた。理由はすぐにわかった。その写真は一部分が破れていたのだ。
苦笑いをしながら拾い上げ、その写真を見つめた彩奈の顔がこわばった。
「えっ……」
それは集合写真で、写っている人々全員がにこやかな表情だった、一箇所を除いて。
二列に並んだ、全部で十人ほどの人々だが、前列の真ん中に座って写っている、いや写っていたはず人の姿が、手で引きちぎったように切り取られていた。
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