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三章
破られた写真
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登場人物:
山田剛蔵 京都工芸袋物業を営む、18年前に死亡、享年44歳
山田華 妻、55歳
山田剛志 長男、32歳、夫婦で家業を継ぐ
山田和馬 次男、27歳、公務員
山田彩奈 長女、23歳、グラフィックデザイナーとして会社勤めを始めた。
住吉涼子 アーティスト、46歳
「これは……。」
彩奈は引きちぎられた写真を見つめた。やや変色してくすんだカラー写真には、にこやかに笑う人々が二列に並んでいた。前列の人々はしゃがんでいるのだが、その中央の人の部分だけがちぎられている。
しかし足元のあたりは少し残っていて、裾の長いスカートを履いているのがわかった。女の人だった。
彩奈は、ハッとした。その女性が誰なのか、すぐに推測できたからだ。
住吉涼子……。
彩奈は茶封筒に入っていた残りの写真を手早く机に並べた。そして立ち上がると部屋を出て階段を降りた。
「兄さん、兄さんたち、ちょっと来て」
剛志、和馬、そして彩奈の三人は机に広げられた写真を1つ1つ取り上げ、じっくり眺めた。三人は時にしかめっ面をし、時に深いため息をついた。
剛志が1つの写真を取り上げて言った。
「そうだ、間違いない。これはあの山荘やね。住吉涼子さんが持っていた山荘だ。今も住吉さんが持っているかどうか知らんけどな。ほら、この高い天井の部屋の部分はアトリエとして使われていて、人がよく集まっていたらしい。よく言う『芸術家のタマゴの溜まり場』ってやつやね」
彩奈はその写真を手に取った。なだらかな山の中腹で、緑の山並みと青い空を背景にして山荘が立っている。アトリエの前には広い、手入れが行き届いた庭がしつらえてある。その庭で、いかにも芸術家志望者らしい個性あふれる服装の人々が集合写真に収まっている。
「で、この、ちぎられた人は……。その、住吉って人でしょ」
「ああ、間違いないと思う」剛はゆっくりうなずいた。「一番前に座っているし、他の顔ぶれを見てもそうやし。お父さんが居るしね」
「うん……」
彩奈は素っ気なく答えた。
他にどんな答え方があるのか! と彩奈は思った。
「お父さんは、この人と……」彩奈は顔をそむけ、吐き出すように言った。「この人と……浮気してたんでしょ!」
和馬は黙ってうつむいた。剛志は腕組みして言った。
「そんな噂はあったよな。だけど噂は噂だ。本当のところはどうやったか、誰もわからへん。お父さんは事故で亡くなってしまったし、相手だと言われた住吉さんは、どうだか……。あんな芸術家たちの集まりを催すような人やったけど、本人は秘密主義の人らしかった、と聞いた」
「今は何をしているの?」
「今も芸術家だろ。そやけど、表には出てこん人やし、俺らもよう知らん」
「もともとお金持ちの家やしな」普段から寡黙な和馬がポツンと言った。「芸術家として食べていけるのはほんの一握りやね。他の芸術家さんたちは、だいたい親が金持ちで、生活に追われてないんやわ。だから自分のやりたいことをやっていける。俺らとは違うんや」
京都府内で公務員として働いている和馬が言うと、彩奈も剛志もクスッと笑った。生真面目な和馬がチラッと見せた、うらやましげな表情だったからだ。
我に返った彩奈は、ちぎられた集合写真をまた手に取って言った。
「ともかく! この真ん中の人は住吉涼子という人、芸術家のタマゴたちに囲まれて女王様気取りだった人」
「それは、わからへんよ」剛志が言った。
「いいえ、きっとそうやわ! きっとここにいた男の人たちを手玉に取って、面白がってたんだわ。だからこんな風に、ビリビリに引き裂かれたんよ。誰かの恨みを買ってたんやわ。そやなかったら、どうしてこんなことになるんよ」
思い出したら怒りが収まらない、という顔つきで彩奈はその写真をバン、と机の上においた。
「ふう~。……さて、他の写真には誰が写ってるのかな」
彩奈は他の写真を手に取り、トランプを切るように順に見て言った。他にも数枚に自称芸術家たちが写っていた。アトリエで、キャンバスを前にしてポーズを取ったり、庭のベンチで昼食を食べながら談笑したり、だった。
ふと彩奈は、写真を持つ手を止め、首を傾げた。
「この辺の写真は……、ちょっと感じが違うけど……」
彩奈は二、三枚の写真を剛志に渡した。剛志と和馬は代わる代わる写真を見つめた。
剛志が言った。
「ああ、これはプロっぽい写真だね。ちゃんとしたカメラで撮られているよ」
「え、そうなんだ」彩奈は写真を覗き込んだ。「言われてみれば、図柄に奥行きがあるみたいだね。なんか、すごくキレイ……」
彩奈は改めて、それらプロ仕様のカメラで撮られた数枚の写真をしげしげと眺めた。山荘から緩やかに続く緑の斜面に、わずかに色付き始めた紅葉が散らばっていた。山荘を含め、この山全体を住吉家が所有していると言われている。だから隅々まで管理が行き届いているのだろう。
その時、一枚の写真に彩奈の視線は引きつけられた。
「あれ、これは綺麗だけど……。何だか変なの」彩奈は一枚の写真をつまみあげ、剛志に見せた。「ほら、山の斜面の写真だけど、これは落ち葉じゃなく、何かの布切れみたい。落ち葉の絵柄だけど。どうしてこんなところにあるのかな」
剛志はハッとした表情になり、彩奈の差し出す写真を手に取った。彼はジッと写真を見つめている。
いつもひょうひょうとしている兄が真面目な顔つきになり、彩奈はいぶかしんだ。
「何よ、どうかしたん?」
剛志は目を見開いて言った。
「これは覚えてるわ……。俺もまだ小さい時だったけど、見せられたことがある。……これは、警察から引き取った写真やわ」
山田剛蔵 京都工芸袋物業を営む、18年前に死亡、享年44歳
山田華 妻、55歳
山田剛志 長男、32歳、夫婦で家業を継ぐ
山田和馬 次男、27歳、公務員
山田彩奈 長女、23歳、グラフィックデザイナーとして会社勤めを始めた。
住吉涼子 アーティスト、46歳
「これは……。」
彩奈は引きちぎられた写真を見つめた。やや変色してくすんだカラー写真には、にこやかに笑う人々が二列に並んでいた。前列の人々はしゃがんでいるのだが、その中央の人の部分だけがちぎられている。
しかし足元のあたりは少し残っていて、裾の長いスカートを履いているのがわかった。女の人だった。
彩奈は、ハッとした。その女性が誰なのか、すぐに推測できたからだ。
住吉涼子……。
彩奈は茶封筒に入っていた残りの写真を手早く机に並べた。そして立ち上がると部屋を出て階段を降りた。
「兄さん、兄さんたち、ちょっと来て」
剛志、和馬、そして彩奈の三人は机に広げられた写真を1つ1つ取り上げ、じっくり眺めた。三人は時にしかめっ面をし、時に深いため息をついた。
剛志が1つの写真を取り上げて言った。
「そうだ、間違いない。これはあの山荘やね。住吉涼子さんが持っていた山荘だ。今も住吉さんが持っているかどうか知らんけどな。ほら、この高い天井の部屋の部分はアトリエとして使われていて、人がよく集まっていたらしい。よく言う『芸術家のタマゴの溜まり場』ってやつやね」
彩奈はその写真を手に取った。なだらかな山の中腹で、緑の山並みと青い空を背景にして山荘が立っている。アトリエの前には広い、手入れが行き届いた庭がしつらえてある。その庭で、いかにも芸術家志望者らしい個性あふれる服装の人々が集合写真に収まっている。
「で、この、ちぎられた人は……。その、住吉って人でしょ」
「ああ、間違いないと思う」剛はゆっくりうなずいた。「一番前に座っているし、他の顔ぶれを見てもそうやし。お父さんが居るしね」
「うん……」
彩奈は素っ気なく答えた。
他にどんな答え方があるのか! と彩奈は思った。
「お父さんは、この人と……」彩奈は顔をそむけ、吐き出すように言った。「この人と……浮気してたんでしょ!」
和馬は黙ってうつむいた。剛志は腕組みして言った。
「そんな噂はあったよな。だけど噂は噂だ。本当のところはどうやったか、誰もわからへん。お父さんは事故で亡くなってしまったし、相手だと言われた住吉さんは、どうだか……。あんな芸術家たちの集まりを催すような人やったけど、本人は秘密主義の人らしかった、と聞いた」
「今は何をしているの?」
「今も芸術家だろ。そやけど、表には出てこん人やし、俺らもよう知らん」
「もともとお金持ちの家やしな」普段から寡黙な和馬がポツンと言った。「芸術家として食べていけるのはほんの一握りやね。他の芸術家さんたちは、だいたい親が金持ちで、生活に追われてないんやわ。だから自分のやりたいことをやっていける。俺らとは違うんや」
京都府内で公務員として働いている和馬が言うと、彩奈も剛志もクスッと笑った。生真面目な和馬がチラッと見せた、うらやましげな表情だったからだ。
我に返った彩奈は、ちぎられた集合写真をまた手に取って言った。
「ともかく! この真ん中の人は住吉涼子という人、芸術家のタマゴたちに囲まれて女王様気取りだった人」
「それは、わからへんよ」剛志が言った。
「いいえ、きっとそうやわ! きっとここにいた男の人たちを手玉に取って、面白がってたんだわ。だからこんな風に、ビリビリに引き裂かれたんよ。誰かの恨みを買ってたんやわ。そやなかったら、どうしてこんなことになるんよ」
思い出したら怒りが収まらない、という顔つきで彩奈はその写真をバン、と机の上においた。
「ふう~。……さて、他の写真には誰が写ってるのかな」
彩奈は他の写真を手に取り、トランプを切るように順に見て言った。他にも数枚に自称芸術家たちが写っていた。アトリエで、キャンバスを前にしてポーズを取ったり、庭のベンチで昼食を食べながら談笑したり、だった。
ふと彩奈は、写真を持つ手を止め、首を傾げた。
「この辺の写真は……、ちょっと感じが違うけど……」
彩奈は二、三枚の写真を剛志に渡した。剛志と和馬は代わる代わる写真を見つめた。
剛志が言った。
「ああ、これはプロっぽい写真だね。ちゃんとしたカメラで撮られているよ」
「え、そうなんだ」彩奈は写真を覗き込んだ。「言われてみれば、図柄に奥行きがあるみたいだね。なんか、すごくキレイ……」
彩奈は改めて、それらプロ仕様のカメラで撮られた数枚の写真をしげしげと眺めた。山荘から緩やかに続く緑の斜面に、わずかに色付き始めた紅葉が散らばっていた。山荘を含め、この山全体を住吉家が所有していると言われている。だから隅々まで管理が行き届いているのだろう。
その時、一枚の写真に彩奈の視線は引きつけられた。
「あれ、これは綺麗だけど……。何だか変なの」彩奈は一枚の写真をつまみあげ、剛志に見せた。「ほら、山の斜面の写真だけど、これは落ち葉じゃなく、何かの布切れみたい。落ち葉の絵柄だけど。どうしてこんなところにあるのかな」
剛志はハッとした表情になり、彩奈の差し出す写真を手に取った。彼はジッと写真を見つめている。
いつもひょうひょうとしている兄が真面目な顔つきになり、彩奈はいぶかしんだ。
「何よ、どうかしたん?」
剛志は目を見開いて言った。
「これは覚えてるわ……。俺もまだ小さい時だったけど、見せられたことがある。……これは、警察から引き取った写真やわ」
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