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隣国ヘーラクレール編

76 完全に怒った

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「マーガレッタ!!」
「まーがれった!」
「アーサー!! ……えっ!」

 光の柱から私の位置まではかなり距離があった。でもアーサーは今空中にいて、そこからまっすぐ私の所まで飛んでくる。

「な、なん……だ?!」
「シロッあそこだ!」
「おねえちゃああん!!」

 アーサーは翼のある生き物に乗っている。体は光のように輝く白なのに大きな翼がある優美な馬の姿。翼は夜の闇みたいに真っ黒で、意外とくりんと可愛らしい目も翼と同じ黒でキラキラ瑞々しい。同色の鬣が生えた馬の姿……白と黒がきれいに配色された英雄ヘーラクレールをのせて勝利に導いたという天馬にまたがっている。

「シロッ!」
「うんっ」

 その天馬が大きな翼を打ち、空を踏み鳴らして物凄い勢いで何もない空中を滑り、突進してくる。

「う……ひ!?ひいいいいいっ!!」
「こんのぉーーっ!まーがれったおねえちゃんを虐めるなーっ!!」
「う、うぎゃああああっ!」

 ドカッ!物凄くいい音がして、その天馬の前足の蹄がディエゴ王太子の頬にめり込んだ。私が瞬きしたら目の前にいたはずの王太子は遥か彼方の生け垣に頭から突っ込んでお尻が生け垣からはみ出ていた。す、凄い脚力!

「マーガレッタ!」
「ア、アーサー……? 本当に、アーサー?」

 天馬からひらりと飛び降りて駆け寄ってくるアーサー……アーサーあなた空から現れたの? いつも不思議なことをする人だと思っていたけれど、今回は特別に不思議だね?

「ごめんね、遅くなって! もう大丈夫、立てるかい?」
「え……あの。あ……痛っ……」

 なにか夢をみているような心地で伸ばされたアーサーの手に掴まる。でも夢ではなかったようで、さっき石畳に思いっきりぶつけた両ひざに痛みが走って上手に立つことができなかった。

「マーガレッタ、抱き上げるよ」
「えっ、あの、は、恥ずかしいです……」

 伸ばしてくる手をお断りしようとしたけれど、有無を言わさず抱き上げられてしまった。

「お、重いでしょう……」
「全然。重さがないみたい、軽すぎるよ。もっとご飯を食べた方がいいよ」
「そ、そんなこと……」

 でもアーサーはふらつきもしなかったので、少し安心した。

「でもちょっと危ないから……シロ。マーガレッタを乗せて」
「うん、まーがれったおねえちゃん、シロの背中に乗ってね。乗ったらちゃんと毛に掴まってね」
「……シロ……?シロさまなのですか!?」
「うんー! これがシロの本当の姿だよ!」

 ディエゴ様に強烈な蹴りを食らわせた天馬が可愛く蹄の音を立てて近づいてくる。そして、私が乗りやすいように座り込んでまでくれる。アーサーはゆっくり私をその天馬の背中の上に乗せてくれた。

「……あの野郎、俺も一発ぶん殴っておかなきゃ気が済まない!」
「うんっ!アーサーもやっちゃえーっ」

 最近第二王子としての自覚が出て来たアーサーは言葉遣いを気を付けているけれど、この時ばかりは荒い感じに戻っていた。ぎりっと眉を吊り上げてディエゴ王太子が飛ばされた先を睨みつける。

「おいっ! いつまでそうしているつもりだ、俺はお前を絶対に許さないからな!俺の大事なマーガレッタを誘拐して怖い目に合わせて怪我までさせるなんて!」

 お尻しか見えていないディエゴ王子を怒鳴りつけても、何の返事もなかった。

「おいっ!起きてるんだろうっ」

 大股だけれど隙なく近づいていき……アーサーは乱暴にディエゴ王太子のお尻を蹴飛ばした。けれど、何の反応もなく、ディエゴ王子は生け垣の向こう側に落ちて行く。それを見届けてアーサーはがっかりしたような顔で戻ってくる。

「アーサー?」
「あいつ、完全に気を失ってた。シロに蹴飛ばされただけなのに」
「シロつよーい!」

 アーサーはディエゴ王太子が倒れたふりをして、こちらの隙を伺っているんだと思っていたようだけれど、王太子は完全に戦闘不能状態だったらしい。

「アーサー! 聞きたいことはたくさんあるのですが、向こうにルシアナ様がいるはずなんです! 私を逃がすためにディエゴ王太子に殴られてしまって!」
「なんだって! どこだ、マーガレッタ」
「あちらです!」

 私はアーサーに指示をして、ルシアナ様が倒れた場所に急いで向かった。


 

 
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