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9.僕に与えられた試練

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 翌日の仕事から、チェックシートは一度吉野さんに見せてから回収ボックスに入れることになった。その日も帰り支度をしていると吉野さんに呼び出される。僕のチェックリストは一番下の項目がやはり消されていたようだ。

「やっぱり誰かが消しているのは間違いないな。心当たりはある?」

 そう問われ、田辺さんの名前を挙げるか悩んだ。そういえば、田辺さんは僕のミスを知っているような口ぶりだった。

「このこと、他に誰が知っていますか?」
「工藤にしか伝えてないけど」

 そうなると、やはり田辺さんが仕組んだということなのだろう。そんなことしても工場のみんなに迷惑をかけるだけなのに。

「田辺さんってどんな人ですか?」
「田辺? 工藤より少し前に入ってきたやつだよな。あいつはたしか専門学校卒で、ここに来たときにはもう二級整備士の資格も持ってて、即戦力だなって思ったんだよな。実際、要領も良くて、あんまり教えることなかったから関わり少ないんだけど。田辺があやしい?」

 実際にやったのかどうかは、僕も見ていないからわからない。けれど、状況的にそうとしか思えなくて、曖昧に頷いた。

「僕のこと、あまりよく思っていない気はします」
「うーん、そうか。ちょっと気を付けて見てみる。引きとめて悪かったな」
「いえ。すみません」
「お前が悪いことしたわけじゃないだろ」

 吉野さんは笑って僕を励まそうとする。だけど、最初に嫌われるような態度を取ったのは僕のほうだろう。これまでずっと、目立たないように生きてきたから、好かれるとか嫌われるとか、人の感情に振り回されたことがあまりなかった。僕自身が他人に興味を持つこと自体も少なかったけれど。

 事務所へと歩き始めたとき、窓ガラスの向こうから視線を感じた。田辺さんが僕たちの様子を窺っていたみたいだ。目が合うと、背を向けて扉から離れていった。ガラリと扉を開けると、何食わぬ顔で椅子に座ってスマートフォンをいじっている。

「工藤君、おつかれ。今日も呼び出し?」
「そうなんです。確認漏れがあったみたいで」

 叱られたていで打ち明けてみると、田辺さんは眉をぴくりと動かして、薄い唇を歪ませるようにして笑った。

「そんなんで大丈夫なの? 試験も近いんでしょ」
「大丈夫じゃないです。余計なことに神経使いたくないんで聞きますけど。田辺さんが何か仕組んだんじゃないんですか?」

 からかってくる田辺さんに苛立って、核心に触れるように問いただすと、田辺さんは笑顔のまま固まる。吉野さんには刺激するなと言われていたけれど、言い返さずにはいられなかった。

「何かって何だよ。ていうかこの前聞こえちゃったんだけど、工藤って前の職場でミスして、お世話になってた先輩にケガさせたんだろ? そんなやつと一緒に働くの嫌なんだよ。ここでも大きな事故起こされたらたまったもんじゃねえって」

 血の気が引いていくのがわかる。きっと、吉野さんに話していたのを聞かれていたのだろう。田辺さんの言うことももっともだ。何も言い返せなくて、逃げるようにその場から立ち去った。
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