満月の夜に君を迎えに行くから

桃園すず

文字の大きさ
上 下
63 / 96
9.僕に与えられた試練

しおりを挟む
「ただいま」
「タクミ、おかえり」

 玄関の扉を開けると、いつものように鈴音が駆け寄ってくる。抱きついてこようとしたのを肩を掴んで阻止した。

「鈴音、それやめて。家の中では恋人のフリなんて必要ないから」
「そうか。すまなかった。もうごはんできてる。今日は肉じゃがを作ってみたんだ」
「ありがとう」

 一瞬、鈴音が唇を噛んだのを見た。泣くのを我慢しているような表情で、僕も胸が痛んだ。だけど、これでいいんだ。本来適切な距離はこれくらいであるはずだ。


 食事はいただきますとごちそうさま以外の言葉を発しなかった。黙々と食べる僕の様子をちらちらと窺いながら、鈴音も無言で食べていた。間違いなく僕のせいだけど、重苦しい雰囲気で、自分の家だというのに居心地が悪い。でも、そのうち慣れるだろう。鈴音がここにいることに慣れたように。

「鈴音、今週は勉強に集中したいから、僕のこと待たずに寝てていいから」

 皿洗いをしている間もずっと、鈴音は何も言わず僕のそばでうろうろとしていた。鈴音の顔を見ないまま、感情を声に乗せてしまわないように気をつけながらそう言った。

「わかった。頑張れ、タクミ」

 洗面所の扉が閉まる音を聞き届け、ため息をついた。疲れる。鈴音に振り回されるよりもずっと、気持ちを殺して彼女に接することのほうが辛かった。だけど、これは自分の将来のため。そして、鈴音の未来のために必要なことなんだ。自分に何度もそう言い聞かせた。

 いよいよ試験も間近に迫ってきたから、時間を計って過去問題に挑戦した。昨日まで集中できなかったのが嘘のように、最後まで解き切ることができた。採点結果も思ったより良かったことに胸を撫で下ろす。要らない感情をそぎ落とせば、ちゃんとできるんだ。やっぱり僕のやり方は間違ってなんかいない。

 静かな部屋に雨音が響いている。天気予報ではしばらく雨が続くと言っていたっけ。窓越しに外の様子を伺ってみたけれど、雲は厚く、星ひとつ見つけることはできない。降り続ける雨が僕の心まで冷たく湿らせていく気がして、慌てて窓から離れた。

「鈴音、起きてる?」

 ベッドに横になっている鈴音に声をかけてみたものの、返事はない。ぐっすり眠っているみたいだ。鈴音の身体の下敷きになっていた布団を引っ張って、そっと掛ける。目を覚ましてしまわないかどきどきしながら、手を握ってみた。柔らかくて温かい鈴音の手に安心する。

「鈴音……」

 鈴音の手の甲に口づけを落とす。本当はもっと触れていたい。その気持ちを必死に押し込めてその手を放した。床に敷いた布団に横たわり、目を閉じる。耳を澄ますと規則正しい鈴音の寝息が聴こえた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

処理中です...