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1.君との出会いは偶然だった
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「おはようございます。本日からこちらでお世話になります。工藤巧です。よろしくお願いします」
到着したのは約束の五分前。チャイムを鳴らして数秒後。目の前に現れた人物に挨拶をする。返事はないまま、じろりと睨まれる。頭のてっぺんから足の先まで観察されているのは目の動きを追えばわかる。余所行きの笑顔を貼り付けたまま、固まってしまう。
「これ、作業着。そこの更衣室で着替えて来い」
ブルーのつなぎを手渡しながら、更衣室のほうを顎で指し示した男は、これから働き始める自動車整備工場の工場長――熊谷さん。彼自身も長くこの仕事に携わってきたことは、爪の間まで黒く汚れた指先が物語っている。熊谷さんは低い声で「期待している」と言った。軽く頭を下げ、逃げるように背を向けると更衣室の扉を押した。
更衣室には他の従業員がすでに何人かいた。着替えをしながらちらりとこちらを見る人。ベンチに腰かけてスマートフォンを熱心に覗き込んでいる人。挨拶をすべきか悩んだけれど、やめた。壁際に並ぶロッカーに目を走らせ、自分の名前を探す。一番右のロッカーに僕の名前のネームプレートがはめ込まれているのを見つけた。足早に近づき、ロッカーの中に鞄を押し込むと、渡された作業着に袖を通す。まだ気温の高いこの季節に、長袖を着ないといけないのは辛い。汗ばんだ体に、ぺたりと貼りつくのが気持ち悪かった。
整備士は夏だろうが冬だろうが長袖のつなぎを着用する。預かった車を傷つけてしまわないように。そして、整備士自身の体をケガや火傷などの危険から守るために。左腕の傷痕のあたりをそっとなぞる。すっかり治っているはずなのに、ひりひりとした痛みを感じる。この程度で済んでよかった。幼少期の無邪気な夢から目指したこの仕事は、重労働だし、危険と隣り合わせだった。
着替え終わり、ロッカーの扉を閉じたところで誰かに肩を叩かれ、びくりと体を強張らせた。金髪の男がすぐそばにいて、僕を見つめていた。視線が左腕に注がれたような気がして、咄嗟にかばう。
「驚かせてごめん。君、今日から入るって人だよね。俺、田辺彰人。よろしく」
田辺さんは笑顔で右手を差し出してきた。握手しようということだろうか。差し出された手は握らず、深くお辞儀をする。
「工藤です。よろしくお願いします」
誰かと馴れ合うつもりはなかったし、僕にそうする資格があるとも思えなかった。頭を上げると目を合わせないまま彼の横を通り過ぎ、更衣室を後にした。
到着したのは約束の五分前。チャイムを鳴らして数秒後。目の前に現れた人物に挨拶をする。返事はないまま、じろりと睨まれる。頭のてっぺんから足の先まで観察されているのは目の動きを追えばわかる。余所行きの笑顔を貼り付けたまま、固まってしまう。
「これ、作業着。そこの更衣室で着替えて来い」
ブルーのつなぎを手渡しながら、更衣室のほうを顎で指し示した男は、これから働き始める自動車整備工場の工場長――熊谷さん。彼自身も長くこの仕事に携わってきたことは、爪の間まで黒く汚れた指先が物語っている。熊谷さんは低い声で「期待している」と言った。軽く頭を下げ、逃げるように背を向けると更衣室の扉を押した。
更衣室には他の従業員がすでに何人かいた。着替えをしながらちらりとこちらを見る人。ベンチに腰かけてスマートフォンを熱心に覗き込んでいる人。挨拶をすべきか悩んだけれど、やめた。壁際に並ぶロッカーに目を走らせ、自分の名前を探す。一番右のロッカーに僕の名前のネームプレートがはめ込まれているのを見つけた。足早に近づき、ロッカーの中に鞄を押し込むと、渡された作業着に袖を通す。まだ気温の高いこの季節に、長袖を着ないといけないのは辛い。汗ばんだ体に、ぺたりと貼りつくのが気持ち悪かった。
整備士は夏だろうが冬だろうが長袖のつなぎを着用する。預かった車を傷つけてしまわないように。そして、整備士自身の体をケガや火傷などの危険から守るために。左腕の傷痕のあたりをそっとなぞる。すっかり治っているはずなのに、ひりひりとした痛みを感じる。この程度で済んでよかった。幼少期の無邪気な夢から目指したこの仕事は、重労働だし、危険と隣り合わせだった。
着替え終わり、ロッカーの扉を閉じたところで誰かに肩を叩かれ、びくりと体を強張らせた。金髪の男がすぐそばにいて、僕を見つめていた。視線が左腕に注がれたような気がして、咄嗟にかばう。
「驚かせてごめん。君、今日から入るって人だよね。俺、田辺彰人。よろしく」
田辺さんは笑顔で右手を差し出してきた。握手しようということだろうか。差し出された手は握らず、深くお辞儀をする。
「工藤です。よろしくお願いします」
誰かと馴れ合うつもりはなかったし、僕にそうする資格があるとも思えなかった。頭を上げると目を合わせないまま彼の横を通り過ぎ、更衣室を後にした。
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