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1.君との出会いは偶然だった

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 背中を突き飛ばされ、頬が冷たいコンクリートの床に触れる。体勢を立て直し、振り返ると、大きな車体が倒れ込んでくるのが目に入る。僕を突き飛ばした先輩がそのすぐ下にいて、助け出そうと手を伸ばした。指先が触れた瞬間、振り払われる。直後、左腕に焼けるような痛みが走った。同時に、目の前にいた先輩が苦悶の表情を浮かべた。


 背中にびっしょりと汗をかいて、目を覚ました。左腕に触れる。傷はすでに、過去のものだ。

 枕元のスマートフォンを掴み、時間を確認する。起きる予定の時間よりもだいぶ早い。けれど、二度寝するほどの時間もないし、今もばくばくと鼓動し続ける心臓のせいで、もう一度眠れるとも思えない。起き上がり、仕事に行く準備を始める。早いに越したことはないだろう。

 今日から新しい職場に出勤する。事前に調べておいた最短経路通りに進んでいるはずなのに、狭い路地ばかりを歩かされている気がする。特に目印もない住宅街は、どこも同じような風景で、終わりのない迷路に迷い込んでしまったような気さえしてくる。

 蝉の声と鈴虫の声が半分ずつ聞こえてくる狭間の季節。家を出るときは少し肌寒かったのに、七分袖を選んだのは間違いだったろうかとじんわりと滲み始めた汗をぐいっと拭った。

 そのとき、路地の隅っこからこちらをじっと見つめるふたつの目に気がついた。暗闇にゆらりと金色の瞳が浮かんでいる。いつも自分に向けられる視線は、大抵人のことを値踏みするようなものだったり、嫌悪感の滲み出たようなものだったり、決して居心地の良いものではなかった。だけど、そのまん丸な瞳から溢れるのは、純粋な好奇心だけだった。

――そんなに急いでどこ行くの?

 そんな声が聞こえた気がした。暫し見つめ合った後、腕時計をちらりと見る。余裕を持って家を出たはずなのに、約束の時間が差し迫っていた。弾かれたように走り出す。柔らかな朝の陽射しから一変して、じりじりと肌を灼くような太陽に喜ぶように、蝉が騒ぎ始めていた。額に浮かぶ汗を今度は拭うことなく、目的地へと足を動かした。
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