魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅳ 魔王の娘

8節 彼女の過去 ②

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 目が覚めた時、何故か隣に自分のことが大嫌いだったはずの女の子が寝ていて、メッチャクチャ驚いた。その上で寝たふりをして驚かせてやろうと思ったが、驚かしたらかなりの力でめためたに叩かれた。酷い。

「なんで君オレのベッドにいるわけ?」
「あっ、あったかそうで魔がさしたのよ! 悪い⁉︎」

 開き直られた。

「いや? とても寝心地よかったよ」
「ッッッ!!! ヘンタイ‼︎」

 顔を真っ赤にして、怒られてしまった。こんな状況になったのは、一体誰のせいだと思っているのだろう。

「まあ、目覚めてから時間があったから、大体何があったのかは察した。大方、オレが過労で倒れて、君はその看病をしているうちに寝落ちしてしまったんだろう。自発的にするとは思えないから、ベリアル様の差金かな。だとしても……いきなり倒れてしまうとは、自己管理がなってないなぁ……きっと今頃大童おおわらわだ」

 エイジがそのように悠長に喋っているうちに、レイエルピナは焦った様子で、急ぎベッドから降りようとする。だが、こんな機会もそうそうない。エイジは彼女の腕を掴み、引き留めた。

「なあ、聞かせてくれないか? 君の、過去を。嫌なら、いいんだけど……」

 キッと睨め付けるが、彼の真剣な表情を見て、観念したようにため息をついた。

「はぁ、分かったわ、話すわよ。わたしもアンタが寝てる間、生い立ちをお父様から聞いたし、これでおあいこね。でも、少し待って。心の準備が必要なの」

 目を瞑って深呼吸を二回する。そして目をゆっくり開き、話し始めた。


「わたしは、七年前、とある研究施設で造られたホムンクルスよ。そのときの名前は、個体識別コード_217F。……知らないの? ホムンクルスっていうのは魔術的に生み出される人工生命で、人間の細胞を元にして作られているのよ」

 いきなり予想を超えてきた。思考が止まりかける。

「これが、その忌々しい証よ」

 左の手首には、そのコードと思わしきモノが彫ってあった。

「魔族じゃないって、そういうことだったのか」

 魔術で生み出されるクローン。ないし、それに遺伝子操作をして生まれたデザインベビー。それがホムンクルス。そのように認識する。血の繋がった親がいないのは、試験管ベビーだからか。

「とにかく、そのホムンクルスっていうのがわたしなの。生み出されたホムンクルスは、生まれた時には既にある程度肉体が成熟するように調整されていて、わたしなら、十六歳くらいだったわね。そして、ホムンクルスは生まれた時点で、幾らかの知識を持っているわ。これも、誰かの脳から情報を複製、移植されてるから」

 聞いていて気分が悪くなる。知識の移植、そんなものがマトモな手段で行われているとは思えないし、どんなものか考えたくもない。良識、道徳。そういったものが全く感じ取れなかった。

 恐らく、彼女を生み出した研究機関というのは、非道な実験を繰り返しているのではなかろうか。そうだとしたら、彼女がここまで荒んでいるのも納得できる。そう思い至ると、どのような胸糞の悪い話が来てもいいようにと覚悟を固めておく。

「わたしたちは生み出されてからしばらくの間は、調整期間として肉体が安定するまで様子を見る時期があったの。その三ヶ月間、わたしと同じ時期に造られた数十人のホムンクルスが集められて、同じ部屋で暮らしていたわ」

「ひとつ、いいか? そのホムンクルスたち、素体は、君と同じなのか?」
「…………いいえ。最後の記号で数十にタイプ分けされているわ」

 素体、という言葉に不快感を感じたようだ。だが、そんなことは、直後語られることに比べれば、ほんの些細なことのようだった。

「その期間の間は、いくらかは楽しく過ごせたの。能天気にも外の世界に想いを馳せたりしてね。けど、その期間の後、悪夢は始まった…………わたし達は機械に繋がれて、一日中魔力を搾り取られ続けた‼︎ 管から栄養を与えられて、夜は独房のような部屋でたった数時間だけ寝かされて、死ぬことさえ許されず……。魔力が取れなくなったら、処分という名の人体実験に使われて、尊厳なんてないような苦痛に満ちた惨い死に方をさせられる……! 奴らにとって、わたし達はヒトじゃなくて、いくらでも代わりのある消耗品だったのよ‼︎」

 話している途中で感情が昂ったのか、目尻に涙を浮かべ、彼の服の裾を強く握って、叫んだ。そしてハッとして、項垂れる。

「ごめんなさい、少し取り乱してしまって。あなたに当たっても仕方ないのはわかってる。……話を戻すわ。それからわたしは二年間、魔力を搾り取られ続けたの。その時に残った、わたしと同時期に生み出されたホムンクルスは、十人もいなかったわ」

 魔力は、幻魔器を持つ者にしてみれば生命力と同義。じわじわと己の命が搾られ削れていく感覚を、二年も味わわされた。そんな恐怖、苦しみは、とても共感できるものなどでは……。

「けど、あの悪魔どもはこの程度じゃ済まさなかった。奴らは、生き残ったわたしたちの能力の高さに目を付けたのよ。特にわたしは、適性が優れていたらしかったわ。それでアイツら何をしたと思う?」

 エイジはただ、不愉快で仕方なかった。そして、どんな胸糞悪いことが告げられるか、気を強く持って身構える。

「……アイツらは、わたしの体に神を降ろしたの……」
「…………は?」

 想像の斜め上だった。どうすれば、そんなことが思いつくのだろう。

「神の降臨だと⁉︎ 確か召喚術は……神の召喚は、召喚術最上位だぞ‼︎」
「ええ。だから、規模を落として、神そのものじゃなくて、既に死んだ神の魂を使うことにしたらしいのよ。それなら、質は落ちるけど神の魔力や権能を使える」

「いや、それでも! 例えそれが分霊の降臨だとしても、とても人間に制御できるようなものじゃない! 無理矢理召喚するにしても、町一つ分の生贄と何十何百もの魔術師が必要なはずだ‼︎」
「そうね。その犠牲に、何を使ったと思う?」

 残酷な答えが頭に浮かぶ。

「まさか……ホムンクルス達か……」

 神の贄。その魂が磨り潰される苦痛は、想像を絶するモノであるだろう。何より、魔術の特性からして、その魂が報われることは決してない。

「ええ、その通りよ。わたしの同胞、何百人のホムンクルスを犠牲にして降霊をしたの。そして降霊は……成功してしまったのよ。残念な事にね。せめて失敗してくれれば、奴らも諦めてくれたかもしれないのに……」

 歯を食いしばり、泪を流して。震え咽ぶ。

「わたしに降ろされた神は、復讐を司る神『レイエルピナ』」
「まて! つまり君の名は……!」
「わたしの本名は、さっき言った通り、コード_217。レイエルピナは、降ろされた神にちなんで、そう呼ばれたから」

 まともな名さえ与えられず、奴隷以下の環境で酷使された。それならば、あんな八つ当たりなんて気にもならない。

「奴らも愚かよ。相性が良ければ何でもいいだなんて。それで、よりによって復讐の女神よ。アハハ、ウケるわザマ見ろ!」

 嘲笑うように哄笑をあげるが、ちっとも面白そうなんかじゃなかった。

「もちろん、いくら適性が高いといっても、人間の体が神の力に耐えられるわけがない。わたしは制御装置をいくつも繋げられて、半年間調整を受け続けながら、また魔力タンクになったわ。そしてある日、吹っ切れたの。わたしの怒り、憎悪に反応して、神の力が覚醒した。それからわたしは、身を灼き尽くすような怒りのままに暴れ狂った。そのまま施設を破壊し尽くして、脱走したわ。けど、そこまでだった。力を使い果たしたわたしは、倒れてしまったの。思ったわ。折角脱出したのに、何もできないまま死ぬのかって。その時、あのヒトに出逢ったの」


 "君がまだ生きたいと思うなら、私の手を取れ"


「ベリアルか」

 小さく頷く。どん底に堕とされた自分を掬い上げてくれた命の恩人というのであれば、父としてあれほど慕っているのも納得だ。

「こうして、わたしはお父様に拾われて、魔王国の王女になったの」
「それが君の過去、そして、復讐の理由か」

「ええ、そうよ。確かにあの研究施設は滅び去った。けど、完全に組織が滅びたわけじゃない。まだどこかで、別の施設であんな非人道的……いえ、そんな言葉じゃ生ぬるい程の悪魔の所業が繰り返されているはず。それを全て消し去るまで、わたしの復讐は終わらない」

 このような境遇に、同情などできようはずもない。及びもつかないような苦痛、そんなものは簡単に憐れんで済ませていいものではないのだ。

 だが、それでも。彼女の前で自分は誓った。綺麗事をほざいてやると。

「……………」

 考える。けれど、どう言葉をかけるべきなのかなんてわからない。

「何か言いたげね。なに? 復讐は無意味だとでも?」
「いいや? 復讐は何も生まないとはよく言われるが、オレはそうは思わん。復讐を果たすことで心の整理がつくこともあるし、生きる糧にもなる。だが大事なのは、その後だ。もし復讐を果たしたら、君はどうする?」

「……そのあとなんて、わたしには無いのよ……」
「どういうことだ……?」

 覇気がない。少し目を離したら、その場から消えてなくなっていそうなほどに、儚い。

「わたしに宿る神は、既に死んだ神。分霊だから、本元に比べれば神の力はわずか。それでも、とても人の身で扱えるものではないわ。そして、わたしたちホムンクルスは、無理に速く成長させられたことで、普通のヒトよりも脆いのよ。ただでさえ弱い身体が、神の力なんて過ぎたものに耐えられる訳がない。事実、わたしの体は常に軋んでいるし、多分長くてもあと半年保つかどうかよ……。今まで保っていたのは奇跡ね。ノクト達が影響を抑える処置をしてくれていたけど、わたしが解き放たれることはなかった…………ごめんなさい。あなたに強く当たったのは、この力が抑えられなくて、苦しかったから。でも、安心して。それも、もうすぐ終わりよ」

 目の前の彼女は、少し力をかければ折れそうなほどにか弱くて、しおらしい。前の苛烈さがウソのように、全く感じられない。更には、自ら謝るほどだなんて。

__……見捨てられない。いや、見捨ててたまるものか‼︎__

「君は、生きたいと思うか?」
「当然よ! せっかく助けてもらった命なのに、復讐も恩返しも何もできてない……死にたくなんて……ないわよ………」

 耐えきれなくなったように、綺麗な深紅の眼から涙が溢れる。今までの気丈な彼女であれば、顔を逸らすなどしただろうに。

 このようなレイエルピナの態度に一瞬エイジは戸惑うものの、彼女を救わんと考えを巡らせる。そして、気づく。

__何が為に、この力を手に入れたというのか‼︎__

「……もしかしたら。賭けではあるが……君が助かる可能性に、心当たりがある……」
「ホント⁉︎ ……なら、やって。できることがあるなら、出来る限りやりたいの」

 懇願するような目で。最後の希望とばかりに、縋る。

「わかった、やってみよう。ただ……」
「ただ……何よ?」

 目を逸らして言い淀む。こんなこと、受け入れてくれるだろうか。

「オレと、キスしてもらう必要がある」
「えっ……………まぁ、いいわ。それくらいなら。ほら、んっ……」

 目を瞑り、唇が突き出される。体は不自然に力んでいるが。

「………………」
「…………何よ」

「いや、随分素直だなって」
「いいじゃないの、別に。楽になれるなら、そんなの大したことじゃないわ。ほら、恥ずかしいからするなら早くしなさい!」

「分かったよ……」

 改めて二人は向き直る。エイジは彼女を抱くように手を添えて、レイエルピナは再度目を瞑り、彼が来るのを待つ。そして、その唇は、緊張が最も高くなったところを狙われたように塞がれた。

「んっ……__ッ……! これが、キス……甘酸っぱくて、ドキドキするのに落ち着く、不思議な感じね……………って長い! 長いって! いつまでやるの__ん? 何だろ、何か温かいものが流れ込んで……体の軋みが、収まってく?__……ぷはっ……」

「……どうだ? 多分、うまくいったと思うんだが」

 一分にも及ぶような、長いキス。唇を離すと、少し見つめ合って。慌てて二人とも同時に顔を背ける。その顔は、どちらも耳まで真っ赤だった。

「わ……わっかんないわよ! ちょ、ちょっと落ち着くから待ちなさい!」

 深呼吸して、落ち着こうとする。そこで改めて体の調子を確かめる。やはりキスした時に感じた、体が楽になっていくような感覚は間違いなかったようだ。

「……ええ、だいぶ楽になったわ。まさか本当にこうなるだなんて思ってなかったわよ。でも、なんで? わたしの体に何したのよ」
「それは、君のお父様の前で話すとしよう。あの方は、多分オレのことを心配して下さっているからな。けど、それより前にするべきことがあるんじゃないか?」

「それって、何よ」
「言うべきこと、と言った方がわかりやすいかな」

「…………ありがと」
「どういたしまして」

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