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Ⅳ 魔王の娘
7節 活動限界 ④
しおりを挟む「間に合わなかった、ですわね」
ダッキは部屋を見渡す。皆少なからず衝撃を受けているようだったが、特に酷い三人がいる。彼女らの通夜のような重苦しい空気のせいで、周辺の者達も近付けず、手が止まっている。
「はあ、わたくしって、本当に損な役回りですわ」
自分だって衝撃を受けている。されど、他の三人に比べればメンタルは強い方。だから、ケアしなくてはならない辛さだってある。自分が動かなければ、ここの空気は澱んだまま。自身の意外にも強い責任感を疎ましく思いながら、手を叩く。パァンという乾いた小気味いい音によって、彼女は注視された。
「さあて皆様、エイジ様が倒れられたのはショッキングでありましょうが、お仕事、再開いたしましょう。少なくとも、現在手を着けているタスクは完遂させて下さいませ」
ダッキの一声で、目が醒めたように各々手を再び動かし始める。全体の空気が変わったのを感じ取ると、今一番落ち込んでいる者を見下ろす。
「シルヴァさん、再開しますわよ」
声をかけられ、弱々しく顔を上げる。ダッキが顎でしゃくると、俯いたまま無気力に立ち上がる。
「シルヴァ、いつまで落ち込んでいますの。やりますわよ」
「ですが……!」
なよなよしい様子の返事に、ダッキの中の何かが切れた。
パァンという音が響き渡り、その音源に視線が集魔る。そこには、左頬を抑え、目を揺らすシルヴァが。
「貴女、仮にも宰相の右腕でしょう? いつまでしょげているのです。貴女いなくして、一体誰が彼の穴を埋められるというのです」
鬼気迫る剣幕で、静かに怒り狂う。初めて感じるその威圧感に、シルヴァは恐れさえ抱いた。
「……ッ! あなたは…っ! エイジ様が倒れたことを何とも思っていないのですか!」
再びバチンという音が響く。
「妾だってショックですわよ! けど……あんたが動かないから、仕方なくあたしがやってんでしょうが‼︎」
首元を掴み、口調さえ乱れる程に激昂する。しかし、シルヴァの吃驚した顔を見て、ふと我にかえり、手を離す。
「おほん……失礼。わたくしとしたことが、つい熱くなってしまいましたわ。どうやら、わたくしも苛立っていたようです。ごめんなさいね、当たってしまって」
謝ると、ばつが悪そうに背を向ける
「…………ありがとうございます、ダッキ。目が醒めました」
「でしたら、再開することです」
「分かっています。ですが……もう、少しだけ」
先程よりは、声に調子が戻った。慣れないことをした甲斐はあったな、と自分を労う。されど、あと二人、ケアしなければならない者が残っている。
「モルガン様、手を、或いは口を動かしてくださいまし」
先程怒鳴っていた時のことを見ていたためだろう、声を掛けられた細い肩が震える。
「ご、ごめんねぇダッキちゃん……けどワタシ……彼のことが、心配で……」
「ふうん……確かに、彼であれば、心配されたことを聞けば嬉しがるでございましょう。しかし……それで仕事の手が止まったとあれば、貴女の幹部としての能力は、きっと失望されるでしょうねえ?」
ハッとした様子を見せる。自分がどのような立場にあるか、思い出してくれたらしい。
「そうね……ワタシは、幹部だったわね」
「なら、その責務を果たしてくださいませ。それと、妾はまだ貴女をライバルになりうるなどとは警戒しておりませんので。仕掛けるならお早めにどうぞ。あの程度で制したと思うのなら甘過ぎです。油断していると、抜かれますわよ」
最後にもう一手発破をかける。
「お見通し? ……ウフフ、ワタシ、もうダッキさんには、ちゃん付け出来ないわァ」
「妾に敬称は不要でしてよ」
最後にもう一人。一昨日、そのフォローで手間をかけさせてくれた、あの小娘の元へ。
「テミス様、泣いている暇があったら手を動かしなさいな」
目元を赤く染めながら、隅っこで存在を消すようにしていた彼女の前に仁王立ちする。
「一昨日あたりのことでしょうか……のことをクヨクヨ嘆いても仕方ありません。貴女が何かに気付いたとしても、結局何も変わらなかったでしょう」
色々見抜かれていた(隠そうともしていなかったが)ことに恥じらいつつ、辛辣な言葉に落ち込む。
「こんなことは言いたくありませんが……所詮貴女は、彼にとってはその程度の存在でしかないのですわ」
今の言葉はテミスの心に、杭のように深々と突き刺さる。反論したいけれど、その言葉は事実。彼との関係はまだまだ浅い。何も言い返せなくて、ただ唇を噛む。
「悔しいんですの? だったら働きなさい! そして、可及的速やかに魔王国に馴染んで立場を確立することですわね。貴女が魔王国に慣れない限り、エイジ様の負担が増えるばかりですわよ」
「……そうですね。確かに、全てダッキ様のいう通りです。でしたら、お願いします! 宰相閣下が倒れられた今、負担は大きいかもしれませんが。私に、仕事を教えてください!」
見直した。泣いてばかりで世間知らずの小娘かと思いきや、案外早くに立ち直った。
__いいえ、違いますわね。彼女は仮にも皇女、精神はそこそこ成熟していた。慣れない感情に振り回されていただけで、今振り切れた……整理さえできてしまえば、誰より安定しそうです__
「ええ、よろしい。今ある仕事が落ち着き次第、手取り足取り教えて差し上げますわ」
「はい、よろしくお願いいたします」
皇族として、そして同時に武人として、毅然とした敬礼を見せる。
「これは……頼りにしていますわ。わたくしの手が空くまで、書類の運搬といった簡単な作業をお願いしますわよ」
「はっ!」
いい返事と共に、魔族らの下へ颯爽と駆けるテミス。シルヴァ、モルガンも仕事を再開したようだ。これでようやくケアは終わり。
「はぁ……ほんっと、慣れないですわね。妾はおちゃらけるのが好きだってのに……」
なんだかどっと疲れた気がする。しかし、まだ終わりではない。胸中に渦巻く一つの疑念、それを晴らさぬことには手が付かない。
「ところで。メディア様、何を隠していらっしゃいますの?」
「何のこと…」
「シラを切ろうとしたって無駄ですわ。手前味噌ですが、わたくしこういうことに察しはいいのです。ノクト様と何か企んでおりましたわね? そのために、邪魔なわたくしたちを彼のお側から、仕事という理由をつけて引き剥がした。違います?」
「……この女狐……侮ってた……案外鋭い…」
「聞こえておりますわよ」
目の奥が全く笑っていない微笑みを浮かべる。
「わたくし、あの方のことは本気でお慕いしておりますの。もし悪意を持って危害を加えようとしていたのなら……わかりますわね」
「……あなただけ……他言無用」
メディアは今まで殆ど抱いたことのない感情、恐怖を感じながら、念を押しつつ真相を語った。
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