魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅱ 魔王国の改革

1節 構造改革 〜水道工事 ③

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 まずは、幹部達が人手を集める。その間に、エイジ自身は地図と千里眼を頼りに川の上流、予定のポイントに向かう。そして、魔力で強化した剣を地面に突き立て、城までダッシュ!

 彼は一体何をしているのか。それは、目印作りだ。剣で地面を切ってつけた跡、それに沿って掘れということ。時折立ち止まり、地図と千里眼を併用、そして後ろを振り返ったりして、線が正しいかを確認しつつ進んでいく。

 そして、五分後。城までの線は引けたが、代わりに剣は数本ダメになった。彼もそうなることは予想していたが、アロンダイトの初使用をこんなことにしたくなかったのだ。

 そんなこんなで城まで辿り着き、正面から見て右側、南に立つと。エイジは城全体に衝撃に備えるように伝えたのち、魔術をぶっ放して、文字通り城の地下をぶち抜いた。使ったのはご存知のあの魔術、『Aurora Extinction』。だがちゃんと威力を抑え、部屋のある部分には当たっていない。魔王城は一階の高さは、一階と地下を除いて、3~5mくらいなのだ。

 ただ、丘は直径五百mもあり、威力抑え気味で放ったことと、以前より魔導具や触媒の数が少なかったこと、そして距離より直径を意識したこと。これらのため、貫通には程遠かった。具体的には、三分の一程度にしか届いていない。さらに、エイジはフラフラ。魔力の八割以上が消し飛んで、グロッキーなのだ。

 ところで、一度に大量に魔力を消耗すると、貧血に似た症状の『魔力欠乏症』になり命の危険もあるため、しっかり休憩を取る必要がある。エイジはその状態ですぐさま動こうとしたため、ノクトによるドクターストップがかかりました。

 ではどうするか。そのエイジの遺志は、ベリアルとレイヴンが継いだ。エイジが開けた側の穴を、倉庫や周囲からの採集でかき集めた木材や石材の柱で、魔族達が補強しつつ。その間にレイヴンが反対側から同等の魔術を放った。そしてレイヴン側の補強が終われば、ベリアルが無属性魔術を撃ち、中央を貫通させて作業完了。


 それでも、彼の仕事は肉体労働の方は終わりだ。あとは寝転がりながら指示を出すのみ。

 まずは外である。やることは、エイジが引いた線をもとに、そこをとにかく人海戦術で掘る。ただただ掘る。それだけ。エリゴス監督の下、非力な者
を除いて、城の全労働力が動員された。

 くわにスコップ、更には魔術でも掘っていく。水深は川と同じ、おおよそ3m。幅にして約10mを掘った。多分。基本エイジの目測なのである。

 以下、エイジの思い。

__ああ、正確な1m定規が欲しい! これさえあれば、他の単位だって正確にわかるのに……。だが仕方ない、無いものは無い。何事も妥協だ__


 外の作業は単純だ。穴を掘るだけなのだから。そのため、エイジは城の中の指揮を執る。そう、城内の片付けならば、非力な者でもできる。それに非力と言っても、人間の平均よりは余程力もあるのだ。一人で机や椅子を抱えて階段を昇り降りすることなど、造作もない。

 まずは、メイド達を中心に部屋や廊下の掃除をするように命じる。彼女らに加えて、非力な者たちも掃除道具を手に、城中の清掃を始める。その間のエイジの仕事は、掃除の仕方を教えること。そして椅子で寛ぎ、休憩することだ。

 掃除は端から端まで徹底的に。棚や照明などの埃を叩いて落とし、布切れで壁や窓を水拭き。最後に纏めて箒で掃き、仕上げに拭き上げる。

 それと並行し、エレン率いる騎士団、及びフォラスとその部下の研究員らに命じて、不要になった物を処分。そして、今まで使用していた排泄部屋の取り壊しを命じた。

 取り壊し、とはいっても本当に壊すわけではなく、汚物を片付けてから封鎖するだけだ。今までの排泄方法は、二階に網目状に架けてある橋から下に向けて行い、たまに一階側の扉から掻き出して、外で焼却等の処理するといったもの。

 今回は、外に出さないまま内部で燃やす。壁に穴を開けて簡易的にダクトを通し、煙突を作る。そうすれば、臭い空気やCOなどの有毒ガスも外へ逃げる。

 そこまでやって、やはり封鎖は勿体無いとして廃棄孔、もとい焼却炉へと転用することが決まった。そして汚物の焼却処理は、研究員達の仕事だ。ちなみに彼らはプライドが高く、自身の魔術に誇りを持っている。そのためか、このような用途で使用するのはかなり嫌そうだったが、エイジとフォラスの指示には逆らえなかった。


 そしてなんと、上流部の掘削は徹夜したら終わった。流石は魔族である、としか言えない脅威的な速さだ。エイジを始めとして魔王をも含め、幹部達も徹夜して作業をしたというのもあるだろうが。

 魔王国の規模、地力を知らないエイジ本来の想定工期は、上流だけで三日以上というものだった。このように、エイジの予想より大幅に早く終わった。なので、翌日は全員が半日の休息をとったのち、下流の掘削と地下三階の増築、そして水道工事が始まることとなる。下流は後で本流に合流するように、夜のうちにエイジによって線が引いてある。因みに、上流よりも下流の方が長い。


 そして、二日目のことである。魔王城に勤務する者の内、掘削工事に割かれる人員は、昨日に比べて半数以下となった。それは何故か。別の作業に集中したいというのもあるが。なにより人手が、大幅に増えたのである。

 その人手はどこから増えたのか……それは、魔王城の城下町に住む者達が工事の噂を聞きつけ、応援にやって来たからである。

 実は魔王城、一階は200m強四方で、地上五階とかなりデカいが(大きさのイメージは、ショッピングモールを二、三回りほど大きくした感じ)、勿論全ての魔王国民を収容できるわけではない。なので、城から数百m離れたところに非常に大きな城下町、そして幾つかの集落がある。

 人口(?)は城下町が数万人規模、全体ならば二十万程度はいるだろう。魔王城に出勤する兵士以外にも、その家族達が暮らしている。更に、魔王城にこそ勤めていないものの、魔王国に所属している(と認識している)者たちはまだまだ多くいて、推測に過ぎないが、下手したら四十万を超える者たちがいる。

 魔<王国>なのだ。市民は魔王城勤めの兵士だけではない。宰相は彼らのことも考えなければならないのだ。


 この増援により、魔王城勤めの者の参加人数が半分に減ったとしても、より速く工事が進む。エリゴスの指揮と魔王のカリスマにより、士気も上々。更に下流を掘ってもなお労力が余りあるということで、魔王城用とは別に、各集落に向けての分流が引かれることがエイジの承認なく決められ、勝手に実行されていた。しかも、本当に計画に支障を与えないペースで進行中だ。

 その間に、魔王城勤めの者は魔王城内の改革を強める。昨日は水拭きの際、魔術を使うか川から汲むかしていたが、今や真下に川が通っているため、益々加速する。倉庫の整理もメディアやモルガン、ノクトが加勢し、仕分け速度はみるみるうちに上がった。

 レイヴンが指揮をする地下三階は、掘るだけ掘って、壁は土のまま固めるだけだ。もちろん柱による補強はするが、コンクリートやレンガ等による壁作りは後回し。別の改革と並行しながらゆっくり進める。なにせ資材が足りないのだ。そして広さは、下に穴が空いたことで崩れやすくなってしまったため、地下二階より狭めてある。ちなみに地下三階、銭湯とトイレ以外の使用用途は定まっていない。


 そして。エレン及びフォラスは、この改革の要と言うべき作業に取り掛かっていた。そう、水道だ。

 エレン達は、エイジの指定した物品を集め、加工するために奔走している。木を伐採、運搬し加工して、配管を作っているのだ。それだけではなく、作った配管を通すために床を貫通させたり、雨樋のように城の外側の壁に括り付ける。そこから城の中に入れる為に削ったりしている。そこに、掘削で削られた分の人員のほぼ全てが動員されている。無論、余った分の集落からの増援も回された。

 フォラス達研究員は、数機のポンプ型魔導具を製作中。汲み上げるもの、水道へ押し出すための水圧を作るもの、そして下水用のものまで。加えて、天然の濾過装置を作っていた。サバイバルで見かけるような、小石や砂利に砂、活性炭などを樽に詰めた簡易的なものだ。また、調理場に続くものは一度煮沸されるようになっている。殺菌と、硬水を軟水にするためだ。本当ならば、イオン交換樹脂を用いた軟水機を作りたいのだが、手に入るツテがあるもなく。

 勿論エイジも、知識は少ないながら奔走。頭を捻り工夫して、苦しみながらも指示を出し、何とか進めていく。


 そして遂に。城内の清掃と地下三階の増築、城を貫く川の上下流と簡易水道、集落への分流までもが、なんと予想より遥かに早い四日間で終わったのだった。

 これであらかたエイジが計画していた工事は終了。工事のために集められた者たちは、達成感と共に解散した。


 だがエイジは、まだ終わる気はないようで。彼はこの程度の改革では満足しない。今回こそ、これで終わりではあるのだが、彼の最終目標は……新たに更に大きな第二の魔王城を建て、バカデカい城下町を形成し、そこに市民たちを全員集めること。達成は、これほどの速度を出せる魔族の力の片鱗を見た後ならば、二年でできるように感じられた。今回は、飽くまで実験、前座だ。密かにそんな野望を抱きつつ、緊張から解き放たれたエイジは、倒れるように眠りこけた。
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