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I 宰相始動
6節 魔王城での暮らし ③
しおりを挟む五日目ともなれば、もう講義は終わってしまった。よって、ベリアルの立てた予定より早く、魔術の練習をすることになった。昨夜のアレは、朝目覚めれば嘘のようにスッキリしていた。
「あの魔導書の魔術は覚えたかな?」
「ええ。ランク1なら半分ほどは。一つずつ覚えるというのは、一昨日の夜には」
「ほう、すごいな。では、実践してみせよ!」
ベリアルに求められるまま、エイジは初歩的な九属性の攻撃魔術を放つ。一度も失敗せず、もたつかず、流暢に。加えて回復や強化、防御魔術も使用する。その出来栄えには、然しものベリアルも驚愕したようだ。
「なんと、まさか本当にできてしまうとはな。流石にここまで早く習得した者は、あまり見たことがないぞ」
「いえいえ、この歳になってから魔術を始めた人がいないからでしょう。それに、魔王様がおっしゃった通り、コツを掴めばそれほどでもありませんでした」
彼の言うコツとは、まあ、慣れることだ。幾らかの法則を見つけるのはかなり苦労するが、一度理解できさえすれば簡単。二ヵ国語話者かつ数学が出来るような人なら、やり方をすぐに掴めるかもしれないらしい。必要なのは語学的センスと計算などのような処理能力、図形・図面を頭で組み立てられる想像力と記憶力、つまり地頭の良さである。
魔術とは暗記に近しいものがある。言霊を覚え、展開は公式の例題を丸ごと覚えるようなものである。偏に暗記といっても、そこに法則性がある。公式は覚えるだけでは使えない。初歩的なら丸暗記でもいいかもしれないが、高度になるにつれてそれは難しくなってくる。
「……ところで、一つ気になった点だが。お前、苦手な属性は何だ。見たところ、一つたりとも苦労した様子が無かったのだが……例えば、展開や発動が遅いと感じたり、魔力の効率が落ちたりなど、感じたことはないか?」
「苦手……は、ないですね」
「なんだと⁉︎ ありえん‼︎」
突然横から大きな声が聞こえ、吃驚したエイジはそちらを見遣る。どうやら声を上げたのはレイヴンのようだ。しかし、それ以外の面々も一様に驚愕した様子を見せる。
「あのね、エイジくん。魔力には、個性というか、特徴があるんだ。だから、必ずと言っていいほどに、属性の得意不得意があるはずなんだよ」
「それは、ベリアル様やノクトにも?」
「ああ。私は火や闇、雷などは得意なのだが。どうにも水や光は不得手でな」
「僕も風や光、地とか闇はイケるんだけど、火や雷はからっきしでね~」
「……なるほど。先日ベリアル様が私の魔力はどこか異質とおっしゃっていたのは、そういうことだったんですね」
「ああ。お前の魔力は普通は持ち得ないものだからな。今まで、全くとは言わないが滅多に感じたことはない。さらにタチが悪いのが、お前にその自覚がないということだ。おっと、お前が悪いわけではないから気にするな。しかし……私ですら戸惑うのだ、他の魔族はさらに不審がるだろうな」
異質な存在に与えられたものだからか? とエイジは予想する。
「ベリアル様、エイジくんの魔力は、具体的にどういう風に感じられました?」
「ふ~む、混ざり物というか、不安定というか……私にも、よくわからなかったのだ」
「それほどですか? ほほう、確かにエイジさんには、異世界人ということ以外にも色々ありそうですねえ」
例外的な存在に興味を掻き立てられたか、フォラスとノクトが研究したそうに目を輝かせて迫る。その気に圧されて、エイジは助けを求めるようにベリアルを見る。
「おほん! ともかく、これは丁度良い。これから魔力の話をしようとしていたところだ。全員、席につけ」
咳払いによって雰囲気を一瞬で引き締めた。ノクトとフォラスも引き下がる。これが魔王の貫禄か。
「先程の実演で、お前の上達の速さに関しては、おおよそ分かってきた。恐らく魔術については、初級までならお前一人の独学でどうとでもなるだろう。では、一人では分かりにくいこと、魔力の制御について教えよう」
「へえ。魔力の制御、ですか」
「ああ。魔力は魔術に使うだけではない。そのままの魔力でも、いろいろなことができるぞ。このように__」
魔王が掌に意識を集中させると、そこに紫色の光球ができた。その球からは、かなりのエネルギーが感じられる。
「魔術を使わずとも、この魔力を撃つだけで攻撃になる。特に幻獣などは、魔術を使うより魔力をそのまま放つ者の方が多いな。さて、魔力の性質や質についての知識はあるか?」
「……怪しいですね。先日教わった内容については、覚えていますが」
そのことを聞くと、ベリアルは魔力の光球を消し、話し始める。
「魔力を生み出す器官は、なんだ?」
「幻魔器。心臓の傍にあるんでしたよね。そして、幻魔器の魔力は髪の色などに影響を及ぼす。さらには代謝との関係もある……」
「ふむ、完璧だな。まさか本当に覚えているとは。では、魔力の性質の話は、分かるかな?」
ベリアルはエイジの理解力に感心しながら、別の質問を投げかける。
「……いいえ。そちらの話は聞いていないはずです」
「その通りだ。では、お前の大好きな解説の時間だ」
ベリアルは、今日こそは長引かないように、と気を引き締める。なにせ魔力制御の指導には、かなり時間がかかるのだ。
「魔力は、生み出す者によって性質が異なる。私の魔力とお前の魔力、レイヴンの魔力とノクトの魔力。魔力であるという根っこの部分は同じでも、質や得意とする属性なんかはまるで異なる。つまり個性があるのだ。種族が違えば尚更な。つまり、この世に全く同じ質の魔力を持つ者はいない。それゆえ、他人に魔力を与えたり奪ったりする際は、取り込んでから一度自分の性質のものへ変換する作業が必要だ」
まるでタンパク質のようだ(タンパク質はアミノ酸からDNAに従って組み立てられ、タンパク質という物質の特性は同じでも生き物一体ごとに組成が異なる。消化してアミノ酸に分解してからタンパク質へと再合成される)、とエイジは思うが口には出さない。口に出すとまたベリアルが困惑するからだ。
「そういえば魔王様は、他人の魔力を感知することができるのですか。私には全くわかりませんが」
「魔力に長ければ分かるようになる。相手の魔力の量や質、性質、それどころか秘めた力、潜在能力も感じ取れるのだ。例え相手が姿を隠していても、魔力を検知することでおおよその場所を測ることもできる」
それができれば、不意打ちを避けたり、相手の力量を測ることもできるということ。魔力が感じられれば見える世界が変わるのでは、とエイジは期待を膨らませる。
「ちなみに空間に満ちる魔力、マナに関しては個性などの性質は無い、全くのニュートラルだ。そのため吸収から変換までが楽なのだ。以上、質問は?」
「魔力の質とは?」
「おお、忘れていた。魔力には質がある。言ってしまえば密度だ。魔力の質が高いほど、魔術の燃費や威力が向上したりする。質の高い魔力を持つ者は、大抵魔力の扱いに長けた上級魔族や幻獣などだ。おっと、聞きたいことはわかるぞ。お前の魔力の質は……実のところ相当良い。準上級魔族に匹敵するほどな。さらに、魔力制御の鍛錬をしていない状態でこれなのだ、まだまだ成長の余地はある。研ぎ澄まされれば、全種族の中でも最上級になるだろうよ。さて、疑問はあるか」
「いえ、大丈夫です」
「そうか。以上が魔力の性質だ。では、制御の訓練に進もうか」
エイジからの質問は少なかったために、早く終わらせられた。とベリアルは安堵する。無論、エイジも少し遠慮していたのだが。
「ほうほう。では、コントロールできるようになることのメリットは?」
「まず、無駄な消費が抑えられたり、魔術発動時に魔力効率が上がる。少ない魔力で基準と同等の威力、同量の魔力でより高威力なんてな。次に魔力そのものを意識して流すことで、自身の身体能力や物の強度などを強化できる。初日の模擬戦時に解説した通りだ。そして、マナの吸収が効率良くできるようになる。特にマナから魔力を吸収できるようになれば、多く消費した時に素早く回復したり、食事がほぼ不要になったりする。というようにメリットだらけだが、自分独りで極めようとすると十何年と非常に時間がかかる。独学では平均して、魔力感覚を掴むだけでも数年、魔力を光球として扱えるようになるのにまた数年、というふうにな。だから私が手伝おうとしているのだ。私はこれに長けているからな、信頼してもらってよいぞ!」
「なるほど。では、手ほどきをお願いします」
「良かろう。床に座って目を瞑り、集中しろ」
胡座をかいて目を閉じ、瞑想を始める。
「自分の中に流れる大きな力の流れ、それを捉えてみよ」
自分の体の隅々まで触手を伸ばしていくような感じで弄る。しかし、なんとか何かを掴んだと思ったが、直ぐにすり抜けてしまう。魔力が大きいからか、その存在が何となく分かるが、その大きさ故に全体像を捉えにくい。
「う~ん………」
「ふむ、難しいか。ならば、これならどうだ?」
ベリアルが背中に手を当てる。すると、何かが流れてくるような感覚がした。
「はい、感じました」
「その感覚だ。忘れないうちに、もう一度試してみたまえ」
再び自分の中の魔力を捉えようとしてみる。格闘すること数分間、魔王のアドバイスの甲斐あり、ようやく捕まえた。
「よしっ、できた」
「では、その魔力を動かしてみよ。そうだな、右手に集中しろ」
目を瞑ったまま、掌を前に突き出し集中する。数十秒経って目を開けると、掌には2センチ程度の小さな球しかできていなかった。
「あ~、全然できねぇ……」
「誰もが最初はそういうものだ。むしろ、私の補助ありきといっても、お前は非常に良くできる部類だ。最初から魔力量が多く質も高い、というように順序が逆転しているのもあるかもしれないが……。いいか、魔族は魔術を習得するより、魔力制御が上手くできる方が有利だ。来週から魔術を本格的に教えるが、それまでの間に魔力制御をいくらか物にしてみせよ。中級魔術を教える時まで、午前は自由時間だ。教わりたいことがあるなら、声をかけてくれ。与えた指輪に通信機能もあるのでな、困ったらそれを使ってもよいぞ」
午後の鍛錬は、その日から早くも対人練習だ。型の美しさを大事にする武道と異なり、この世界では飽くまで敵を倒すための技術が重視される。正しい型より、実戦で使えさえすれば良いといったところだ。されど、型という基盤無くして、確固たる強さは生まれない。派生や応用だって難しい。つまり、型と実用性、結局どちらも重要というわけだ。
まずはエレンが対面に立ち、それに打ち込むところを横からエリゴス達が見て、改善点を指摘する。相手は攻撃せず、エイジの攻撃を受け止めるだけ。それを一週間経つまで続けた。
その間__
「おい! 重心が高い! 腰を沈めろ!」
「うむ、今のは良かった。その感覚を忘れること勿れ」
「角度ガ甘イ。ソレデハ、有効打ニナラン」
「おっと、構え崩れてる。それ危ないよ!」
このように__
「姿勢が悪い! 背筋を伸ばせ!」
「今エレンはわざと隙を作っていた。気づいていたようだが……次相手がどのように動くか、先の手を常に考え続けろ。本当は感覚だが、お主なら頭で考える方が向いているだろう」
「剣ノ重心ガブレテイル。振リ方ニ気ヲ付ケヨ」
「いいねぇ、どんどん上手くなってるよ! その調子だエイジクン!」
「ありがとう。みんなのおかげだ」
指摘を受け続け、より鋭く、より冴えていくのだった。
そして一週間経つ頃には、一人で帝国の一般兵を三人同時に相手取っても、身体能力のゴリ押しにはなってしまうが、勝てるだろうと評されたのだった。
応援ありがとうございます!
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