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Ⅲ、身分も種族も超えて二人は惹かれあう
31★私がジュキエーレ様に恋した理由【レモ視点】
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(レモネッラ視点)
「おおっといけねぇ!」
ジュキが叫んで、私から慌てて離れた。あーあ、優しくキスしてくれるかと思ったのに。きっと真面目な彼のことだから、王太子殿下の婚約者に手を出したらいけないとか思ってるんだわ。
気まずい私たちを救ったのは、廊下から聞こえた侍女の声だった。
「お食事をお持ちしました」
ふわりとおいしそうな匂いが漂ってくる。私の侍女である彼女は姉から直接指示されないので、ギフト<支配>の影響を受けずに済んでいるのだ。
「申し訳ありません。今朝はホットチョコレートをお持ちできなくて……。今はちょうどクロリンダ様が指揮権を握っている魔術兵たちが出払っていまして――」
キャスター付きワゴンから、お皿の乗った金属製のプレートを運ぶ侍女をジュキが手伝う。私と違ってこまやかな気配りができて、ほんといい子よね。戦うときはあり得ないくらい強くてかっこいいし。
でも私、一応婚約者がいる身なのに彼に唇を奪ってほしいなんて―― いつの間にこんな好きになってしまったんだろう?
おとといの朝、大っ嫌いな姉が私に新しく護衛を雇ったと言ってきた。
<竜の血を引く男で、あなたの力でも敵わない恐ろしい化け物よ。醜い姿をしているから全身白い布で覆って生活させるわ。布の下を見ないよう忠告しておいてあげる>
差別主義者の姉を殴りたい衝動を抑えつつ、心のどこかで化け物の姿に生まれついたという竜の血を引く男に同情していた。
だがその日の午後、執事に伴われてやって来たのは――
ゆったりとした白いローブに白いグローブをはめ、フードをかぶったうえ綿のベールで顔を隠しているから髪も顔も一切見えなかったが、華奢な体つきは見て取れた。
自己紹介する彼の声は緊張していて、部屋に案内するとまるで初めて仕事をする子みたいに上ずった声で礼を言った。
彼の言動はどこか可愛らしくて、こんな少年が本当に化け物の姿をしているのかしらと私は早々に姉の言葉を疑い始めた。
翌朝私は彼のよく通る声で目を覚ました。彼は私の部屋の見張りに、お母様の容態を尋ねてくれていたのだ。
なんて優しい子なのかしら、と私、すでにほだされてたのよね。
魔術兵に冷たくあしらわれたジュキは、
<でも…… レモネッラ様が心配されてるんです――>
悲しみの旋律を歌うかのような声を、私は天蓋付きベッドの中で聞いていたの。その音色は澄んでいて、不思議と心を揺さぶる響きだった。
<俺がお嬢様の代わりにお見舞いに行って差し上げることはできませんか?>
私のために彼が一生懸命、動いてくれていると思うと胸がぎゅっとなったわ……
その日、彼は私のリクエストに応じて精霊教会の聖歌を歌ってくれた。
竪琴を弾くためにグローブをはずした彼の手は白絹より真っ白で、薄い水かきと透明な鉤爪がついていてドキドキしちゃった。私が指を絡ませると、ベールの下で彼が困っているのがよーっく分かったわ。女の子に手を握られてうつむいちゃうなんて、かわいすぎる!
私はそのまま純粋な少年をがばっと抱きしめたかったけど、なんとか自制した。公爵令嬢らしく気品を保たないとね!
彼の歌声は美しく、その音楽はおごそかで、私のふしだらな欲望を洗い流してしまうくらい清らかだった。――どんな姿をしているにせよ、彼は崇高な芸術家だった。
その夜、屋敷の者が寝静まったころにジュキがこっそりお母様の様子を見に行ってくれることになった。
テーブルでお母様の部屋までの道順を書くと、彼が地図をのぞきこむ。
<俺たちが今いるのは? この部屋三階だよな?>
頭を寄せ合って話していると、鼓膜を甘くくすぐるような彼の声が心地よい。
<お母様のいらっしゃる寝室も同じ三階なんだけど直接つながってないから、いったん二階に降りてちょうだい>
<うん分かった。任せて>
ベールの下で彼がにっこりと笑った気配がした。その笑顔を見てみたいって、私は渇望していたの。自分の心から目をそむけていたけれど、私あのときすでに彼を想っていたのね。
そしてあの事件が起こった。お母様の寝室へ行ったジュキは、姉に見つかってしまったのだ。私兵たちの走り回る足音が屋敷のあちこちから聞こえてきて、私はほんの出来心で部屋の外をのぞいた。ドアの前の二人は微動だにせず立ったままだったが、ガラス戸からテラスに出て中庭を見下ろすと、月明かりが照らし出しているのは噴水だけ。
テラスから空中遊泳の術で中庭側を回って、お母様の部屋にいけるわ!
ネグリジェの裾をたくし上げ、テラスの手すりに足をかけたとき不意に、ガラス戸に人影が映った。振り返った私が見たものは、テラスをのぞくジュキの姿。そのローブの前がはだけ、白い胸の真ん中に金色に光る大きな目玉が張り付いていた。
やっぱり、化け物――
頭が真っ白になった刹那、テラスをつかんでいた両手から力が抜けた。片足がずるりとテラスの外側をすべる。
<危ない!!>
あろうことか彼は私を助けるため、自ら下敷きになって中庭に落下したのだ。
大怪我を負い意識を失った彼の姿に、私は絶望した。
もう二度と、彼のやさしい声を聞くことができないなんて――
だがすぐに気が付いた。私の聖女の力なら、彼を救える!
私は死に物狂いで聖魔法を使った。私のために彼が命を失うなんて絶対に嫌!!
彼は一命を取り留めたのだろうか? 呼吸をしているか確かめるために、彼のベールをはがしたかった。
どんな姿をしていたって、私はこの人が大切――
咄嗟の判断で私を救おうとした命の恩人を、愛さないなんて不可能よ。
私はそっと、彼のベールとフードを取り去った。
月明かりが照らし出したのは、真っ白い肌に銀色の髪をした少年だった。長いまつ毛に整った小さな鼻、ふっくらとした唇には血の気がなかったが規則正しく呼吸していた。
綺麗――
私は思わずつぶやいて、あどけなさの残る彼の頬にそっと指をすべらせる。
遠くから見張りたちの話し声が聞こえて、私は慌てて彼を抱き寄せ、風魔法で自室に帰った。
ベッドに寝かせた彼の胸にはうっすらと切れ目があったが、金色の目玉は閉じていた。肩からは水晶のような角が、背中には竜を思わせる白い羽が生えたその姿を、私はうっとりと見下ろしていた。華奢な腕を覆うなめらかなうろこは真珠のように輝いている。
気が動転して魔力障壁のことなんか頭になかった私は、渾身の力を振り絞って再度、聖魔法を使った。額から流れる汗が目にしみるのも構わず。
やがて彼の銀色のまつ毛が震え、ゆっくりとまぶたがひらいた。燭台のロウソクから広がるやわらかい光を受けて、まるでエメラルドが埋め込まれたかのような両の瞳がきらりとまたたいた。
その美しさに私は息をのんだ。彼自身が芸術品みたいだった。
愛おしい少年の意識が戻ったことがうれしくて、緊張の糸がぷつんと切れたかのように涙があふれだした。
あああ! あんなことがあったんだもの! 好きになっちゃうわよ!!
昨夜のことを思い出すと、背中がかーっと熱くなる。
死ぬかもしれない目に遭ったのよ!? つり橋効果どころじゃないわっ!
「レモ、用意できたよ。食わないのか?」
ジュキが優しいエメラルドの瞳で私を見つめていて、我に返った。
「そうね、食べましょ!」
「よかった。俺、腹減っちまったよ」
彼がふわっと笑う。この屈託のない笑顔を守れて本当に良かったわ!!
私たちは他愛もない話をしながら昼食をとった。よく笑う彼のとなりにいるだけで、気持ちが華やぐってものだわ。
話題は自然と、病床に臥せったお母様の話になる。
「レモの母さんもすごい聖魔法が使えたりするのか?」
「いいえ。お母様のギフトは風魔法だけ。妹さんがギフトも魔力もすべて受け継いだそうよ」
私たち姉妹の場合は、姉が為政者の家系らしいギフトで、私が膨大な魔力量を受け継いだのだが。
「公爵夫人には妹さんがいるのか。レモの叔母さんだよな」
「お姉様が生まれる前に亡くなったから、お会いしたことはないんだけどね」
「そんなすごい魔力量とギフト持ちなら、聖女になったのか?」
ジュキの言葉に私は、肉を切ろうと手にしたナイフを止めて、お母様から聞いた話を思い出そうとした。
「聖女にはなってない――はずよ」
お母様はあまり叔母の話をされないのだ。考えてみたら私は叔母の名前すら知らない。
「その叔母さん、まさか瑠璃色の髪だったり?」
ジュキに問われて私はひやりとした。肖像画すら見たことないという事実に気付いたからだ。私はフォークとナイフを置いて、低い声でゆっくりと話した。
「一族が集合している絵が食堂に飾ってあるの。何代も前の古いものまであるのよ。でも叔母の絵だけないわ……」
幼児のうちに亡くなられたのかしら? いや、それはない。ギフトが定まるのは十歳以上。たとえ十二、三歳で亡くなったとしても、一族の集合画にすらいないのはおかしい。
「今夜、見に行ってみましょう」
私はきっぱりと宣言した。
「え、どうやって――」
「私思いついたのよ。部屋から出る方法」
不可視を発動させたジュキが部屋の外へ出て、扉の前の見張り二人に廊下から睡魔をかけるのだ。魔術兵とて見えない相手から術を放たれれば眠ってしまう。
「さっきイーヴォたちを見ていて、廊下には魔力障壁の結界が及んでないって気付いたのよ」
「あの、レモ? 俺、睡魔の呪文、覚えてないんだけど――」
申し訳なさそうに上目遣いで私をうかがうジュキがかわいい。
「任せて! また教えるから」
「頼もしいな。レモの護衛をしていれば、水属性以外の魔術レパートリーがどんどん増やせそうだよ」
ジュキったらうれしそう! 魔法を教えるって理由があれば、午後もずっとジュキと過ごせるわね! 私はにんまり笑いそうになるのをこらえて、てきぱきと解説した。
「睡魔は基礎的な聖魔法なの。不可視を一日で習得したジュキなら、簡単にマスターできるはずよ」
そして夜、私たちは背筋が寒くなるような事実を知るのだった。
-----------------
今度は二人で、夜のお屋敷徘徊イベント! 好きな子と二人でお化け屋敷に行くみたいでワクワクしますね!
「ちょっと! うちの屋敷をお化け屋敷って失礼じゃない!?」
あっ、レモネッラ嬢、失礼しましたっ!
* * *
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「おおっといけねぇ!」
ジュキが叫んで、私から慌てて離れた。あーあ、優しくキスしてくれるかと思ったのに。きっと真面目な彼のことだから、王太子殿下の婚約者に手を出したらいけないとか思ってるんだわ。
気まずい私たちを救ったのは、廊下から聞こえた侍女の声だった。
「お食事をお持ちしました」
ふわりとおいしそうな匂いが漂ってくる。私の侍女である彼女は姉から直接指示されないので、ギフト<支配>の影響を受けずに済んでいるのだ。
「申し訳ありません。今朝はホットチョコレートをお持ちできなくて……。今はちょうどクロリンダ様が指揮権を握っている魔術兵たちが出払っていまして――」
キャスター付きワゴンから、お皿の乗った金属製のプレートを運ぶ侍女をジュキが手伝う。私と違ってこまやかな気配りができて、ほんといい子よね。戦うときはあり得ないくらい強くてかっこいいし。
でも私、一応婚約者がいる身なのに彼に唇を奪ってほしいなんて―― いつの間にこんな好きになってしまったんだろう?
おとといの朝、大っ嫌いな姉が私に新しく護衛を雇ったと言ってきた。
<竜の血を引く男で、あなたの力でも敵わない恐ろしい化け物よ。醜い姿をしているから全身白い布で覆って生活させるわ。布の下を見ないよう忠告しておいてあげる>
差別主義者の姉を殴りたい衝動を抑えつつ、心のどこかで化け物の姿に生まれついたという竜の血を引く男に同情していた。
だがその日の午後、執事に伴われてやって来たのは――
ゆったりとした白いローブに白いグローブをはめ、フードをかぶったうえ綿のベールで顔を隠しているから髪も顔も一切見えなかったが、華奢な体つきは見て取れた。
自己紹介する彼の声は緊張していて、部屋に案内するとまるで初めて仕事をする子みたいに上ずった声で礼を言った。
彼の言動はどこか可愛らしくて、こんな少年が本当に化け物の姿をしているのかしらと私は早々に姉の言葉を疑い始めた。
翌朝私は彼のよく通る声で目を覚ました。彼は私の部屋の見張りに、お母様の容態を尋ねてくれていたのだ。
なんて優しい子なのかしら、と私、すでにほだされてたのよね。
魔術兵に冷たくあしらわれたジュキは、
<でも…… レモネッラ様が心配されてるんです――>
悲しみの旋律を歌うかのような声を、私は天蓋付きベッドの中で聞いていたの。その音色は澄んでいて、不思議と心を揺さぶる響きだった。
<俺がお嬢様の代わりにお見舞いに行って差し上げることはできませんか?>
私のために彼が一生懸命、動いてくれていると思うと胸がぎゅっとなったわ……
その日、彼は私のリクエストに応じて精霊教会の聖歌を歌ってくれた。
竪琴を弾くためにグローブをはずした彼の手は白絹より真っ白で、薄い水かきと透明な鉤爪がついていてドキドキしちゃった。私が指を絡ませると、ベールの下で彼が困っているのがよーっく分かったわ。女の子に手を握られてうつむいちゃうなんて、かわいすぎる!
私はそのまま純粋な少年をがばっと抱きしめたかったけど、なんとか自制した。公爵令嬢らしく気品を保たないとね!
彼の歌声は美しく、その音楽はおごそかで、私のふしだらな欲望を洗い流してしまうくらい清らかだった。――どんな姿をしているにせよ、彼は崇高な芸術家だった。
その夜、屋敷の者が寝静まったころにジュキがこっそりお母様の様子を見に行ってくれることになった。
テーブルでお母様の部屋までの道順を書くと、彼が地図をのぞきこむ。
<俺たちが今いるのは? この部屋三階だよな?>
頭を寄せ合って話していると、鼓膜を甘くくすぐるような彼の声が心地よい。
<お母様のいらっしゃる寝室も同じ三階なんだけど直接つながってないから、いったん二階に降りてちょうだい>
<うん分かった。任せて>
ベールの下で彼がにっこりと笑った気配がした。その笑顔を見てみたいって、私は渇望していたの。自分の心から目をそむけていたけれど、私あのときすでに彼を想っていたのね。
そしてあの事件が起こった。お母様の寝室へ行ったジュキは、姉に見つかってしまったのだ。私兵たちの走り回る足音が屋敷のあちこちから聞こえてきて、私はほんの出来心で部屋の外をのぞいた。ドアの前の二人は微動だにせず立ったままだったが、ガラス戸からテラスに出て中庭を見下ろすと、月明かりが照らし出しているのは噴水だけ。
テラスから空中遊泳の術で中庭側を回って、お母様の部屋にいけるわ!
ネグリジェの裾をたくし上げ、テラスの手すりに足をかけたとき不意に、ガラス戸に人影が映った。振り返った私が見たものは、テラスをのぞくジュキの姿。そのローブの前がはだけ、白い胸の真ん中に金色に光る大きな目玉が張り付いていた。
やっぱり、化け物――
頭が真っ白になった刹那、テラスをつかんでいた両手から力が抜けた。片足がずるりとテラスの外側をすべる。
<危ない!!>
あろうことか彼は私を助けるため、自ら下敷きになって中庭に落下したのだ。
大怪我を負い意識を失った彼の姿に、私は絶望した。
もう二度と、彼のやさしい声を聞くことができないなんて――
だがすぐに気が付いた。私の聖女の力なら、彼を救える!
私は死に物狂いで聖魔法を使った。私のために彼が命を失うなんて絶対に嫌!!
彼は一命を取り留めたのだろうか? 呼吸をしているか確かめるために、彼のベールをはがしたかった。
どんな姿をしていたって、私はこの人が大切――
咄嗟の判断で私を救おうとした命の恩人を、愛さないなんて不可能よ。
私はそっと、彼のベールとフードを取り去った。
月明かりが照らし出したのは、真っ白い肌に銀色の髪をした少年だった。長いまつ毛に整った小さな鼻、ふっくらとした唇には血の気がなかったが規則正しく呼吸していた。
綺麗――
私は思わずつぶやいて、あどけなさの残る彼の頬にそっと指をすべらせる。
遠くから見張りたちの話し声が聞こえて、私は慌てて彼を抱き寄せ、風魔法で自室に帰った。
ベッドに寝かせた彼の胸にはうっすらと切れ目があったが、金色の目玉は閉じていた。肩からは水晶のような角が、背中には竜を思わせる白い羽が生えたその姿を、私はうっとりと見下ろしていた。華奢な腕を覆うなめらかなうろこは真珠のように輝いている。
気が動転して魔力障壁のことなんか頭になかった私は、渾身の力を振り絞って再度、聖魔法を使った。額から流れる汗が目にしみるのも構わず。
やがて彼の銀色のまつ毛が震え、ゆっくりとまぶたがひらいた。燭台のロウソクから広がるやわらかい光を受けて、まるでエメラルドが埋め込まれたかのような両の瞳がきらりとまたたいた。
その美しさに私は息をのんだ。彼自身が芸術品みたいだった。
愛おしい少年の意識が戻ったことがうれしくて、緊張の糸がぷつんと切れたかのように涙があふれだした。
あああ! あんなことがあったんだもの! 好きになっちゃうわよ!!
昨夜のことを思い出すと、背中がかーっと熱くなる。
死ぬかもしれない目に遭ったのよ!? つり橋効果どころじゃないわっ!
「レモ、用意できたよ。食わないのか?」
ジュキが優しいエメラルドの瞳で私を見つめていて、我に返った。
「そうね、食べましょ!」
「よかった。俺、腹減っちまったよ」
彼がふわっと笑う。この屈託のない笑顔を守れて本当に良かったわ!!
私たちは他愛もない話をしながら昼食をとった。よく笑う彼のとなりにいるだけで、気持ちが華やぐってものだわ。
話題は自然と、病床に臥せったお母様の話になる。
「レモの母さんもすごい聖魔法が使えたりするのか?」
「いいえ。お母様のギフトは風魔法だけ。妹さんがギフトも魔力もすべて受け継いだそうよ」
私たち姉妹の場合は、姉が為政者の家系らしいギフトで、私が膨大な魔力量を受け継いだのだが。
「公爵夫人には妹さんがいるのか。レモの叔母さんだよな」
「お姉様が生まれる前に亡くなったから、お会いしたことはないんだけどね」
「そんなすごい魔力量とギフト持ちなら、聖女になったのか?」
ジュキの言葉に私は、肉を切ろうと手にしたナイフを止めて、お母様から聞いた話を思い出そうとした。
「聖女にはなってない――はずよ」
お母様はあまり叔母の話をされないのだ。考えてみたら私は叔母の名前すら知らない。
「その叔母さん、まさか瑠璃色の髪だったり?」
ジュキに問われて私はひやりとした。肖像画すら見たことないという事実に気付いたからだ。私はフォークとナイフを置いて、低い声でゆっくりと話した。
「一族が集合している絵が食堂に飾ってあるの。何代も前の古いものまであるのよ。でも叔母の絵だけないわ……」
幼児のうちに亡くなられたのかしら? いや、それはない。ギフトが定まるのは十歳以上。たとえ十二、三歳で亡くなったとしても、一族の集合画にすらいないのはおかしい。
「今夜、見に行ってみましょう」
私はきっぱりと宣言した。
「え、どうやって――」
「私思いついたのよ。部屋から出る方法」
不可視を発動させたジュキが部屋の外へ出て、扉の前の見張り二人に廊下から睡魔をかけるのだ。魔術兵とて見えない相手から術を放たれれば眠ってしまう。
「さっきイーヴォたちを見ていて、廊下には魔力障壁の結界が及んでないって気付いたのよ」
「あの、レモ? 俺、睡魔の呪文、覚えてないんだけど――」
申し訳なさそうに上目遣いで私をうかがうジュキがかわいい。
「任せて! また教えるから」
「頼もしいな。レモの護衛をしていれば、水属性以外の魔術レパートリーがどんどん増やせそうだよ」
ジュキったらうれしそう! 魔法を教えるって理由があれば、午後もずっとジュキと過ごせるわね! 私はにんまり笑いそうになるのをこらえて、てきぱきと解説した。
「睡魔は基礎的な聖魔法なの。不可視を一日で習得したジュキなら、簡単にマスターできるはずよ」
そして夜、私たちは背筋が寒くなるような事実を知るのだった。
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今度は二人で、夜のお屋敷徘徊イベント! 好きな子と二人でお化け屋敷に行くみたいでワクワクしますね!
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