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沼田 安夫
5.その誘い、甘く、苦く
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ある晩、サクラの帰りを待ちながら、郵便ポストを覗きに行くと、目を惹くチラシが入っていた。
『男性スタッフ募集!!月収40万可、日払い可』
「おいおい……眉唾だな」
独りごちながらも、強ち悪くはないと思った沼田は、そのまま捨てずに持って帰ることにした。
家へ戻り、よくよく見ると、どうやら風俗の内勤スタッフの募集らしい。
条件は悪くない。しかも、こういったところなら、素性も知れない人間でも雇ってくれるかもしれない。
先日、サクラにおんぶにだっこの状態から抜け出すと決意した沼田には、あまりにも好都合にみえた。
(帰ってきたら、話してみようか)
少し気分も上向きになった沼田は、サクラの晩酌用のつまみを作りながら、ふっ、と微笑んだ。
「うーん……あんまりなぁ……」
発泡酒を傾けながら、サクラは呟いた。
あまり煮えきらない態度である。
「……何が気に食わないんだ?」
「いやぁ、気に食わないとかじゃないんだけど、ね」
うーん……、とすっかり黙り込んでしまったサクラに、沼田は苛立ちを隠せなかった。
「もういい、お前の意見はわかった」
「えっ!?待ってどこ行くの?」
サクラの静止を振り切り、沼田は外へと出てあてもなく歩き出した。
(これじゃあ前回と変わらないじゃないか)
後ろ髪をひかれつつ、沼田は近くに見えたガードレールに腰掛け、煙草に火をつけた。
煙の行方を目で追いながら、思案に耽っていると、後ろで気配を感じた。
振り向けば、サクラが息を整えながら近付いてくるところだった。
「やっと追いついたっ」
「よく場所がわかったな」
「探したもん、いっぱい」
頬を膨らますサクラの顔が、少し可愛らしくて、沼田はつい微笑んだ。
「何!?わたし変なこと言った??」
「いや、なんでもない」
先程までの苛立ちなどどこかへ行ってしまったかのように、二人は笑いあった。
「あのね、実はあのお店、私が働いてる場所なの」
へっ?と、突然の告白に情けない声が漏れる沼田に、サクラは吹き出しながら言葉を続けた。
「ずっと内緒にしてたんだけど、やっぱり好きなことしながら働くのって難しくて。色々やってみたんだけど、今はあのお店で落ち着いてるんだ」
「そう、だったのか」
「ごめんね、内緒にしてて」
「いや、それは構わないんだが……」
同居人が風俗嬢であった、という現実にあまり思考が追いつかず、沼田は口籠った。
「ほら、その、ヤっさんにはあんまりそういう姿とか見せたくなかったし、だから働くっていう話にあんまり賛成 できなかったの」
それに、と呟き、サクラは俯向いた。
その先を待っていたが、いつまでも話す気配がないので、沼田はそれとなく先を促した。
「その……やっぱりちょっと、軽蔑とか、しちゃうよね」
「んなっ──」
そんなことはない、とは言い切れなかった。
そんなことを気にしてないという思いもあるが、まさか身近にそういう人間がいるとは思いもよらなかったので、 少しばかり整理する時間が欲しい、と沼田は思った。
「とにかく、わたしはあんまりオススメしないんだけど、でもヤっさんがどうしてもそこで働くっていうなら、反 対はしないから」
ごめんね、と頭を垂れ、サクラはまた静かに口を閉ざしてしまった。
思いもよらぬ形で、サクラの素性を知ることができたが、沼田には衝撃が大きく、上手く気持ちを処理することが できなかった。
(どうしたものかな……)
日々膨らむ複雑なサクラへの思いを、沼田は自覚していない。
だが、胸の内で渦巻く言い表せない何かの正体に、沼田が気付くのは、そう遠くない日であった。
『男性スタッフ募集!!月収40万可、日払い可』
「おいおい……眉唾だな」
独りごちながらも、強ち悪くはないと思った沼田は、そのまま捨てずに持って帰ることにした。
家へ戻り、よくよく見ると、どうやら風俗の内勤スタッフの募集らしい。
条件は悪くない。しかも、こういったところなら、素性も知れない人間でも雇ってくれるかもしれない。
先日、サクラにおんぶにだっこの状態から抜け出すと決意した沼田には、あまりにも好都合にみえた。
(帰ってきたら、話してみようか)
少し気分も上向きになった沼田は、サクラの晩酌用のつまみを作りながら、ふっ、と微笑んだ。
「うーん……あんまりなぁ……」
発泡酒を傾けながら、サクラは呟いた。
あまり煮えきらない態度である。
「……何が気に食わないんだ?」
「いやぁ、気に食わないとかじゃないんだけど、ね」
うーん……、とすっかり黙り込んでしまったサクラに、沼田は苛立ちを隠せなかった。
「もういい、お前の意見はわかった」
「えっ!?待ってどこ行くの?」
サクラの静止を振り切り、沼田は外へと出てあてもなく歩き出した。
(これじゃあ前回と変わらないじゃないか)
後ろ髪をひかれつつ、沼田は近くに見えたガードレールに腰掛け、煙草に火をつけた。
煙の行方を目で追いながら、思案に耽っていると、後ろで気配を感じた。
振り向けば、サクラが息を整えながら近付いてくるところだった。
「やっと追いついたっ」
「よく場所がわかったな」
「探したもん、いっぱい」
頬を膨らますサクラの顔が、少し可愛らしくて、沼田はつい微笑んだ。
「何!?わたし変なこと言った??」
「いや、なんでもない」
先程までの苛立ちなどどこかへ行ってしまったかのように、二人は笑いあった。
「あのね、実はあのお店、私が働いてる場所なの」
へっ?と、突然の告白に情けない声が漏れる沼田に、サクラは吹き出しながら言葉を続けた。
「ずっと内緒にしてたんだけど、やっぱり好きなことしながら働くのって難しくて。色々やってみたんだけど、今はあのお店で落ち着いてるんだ」
「そう、だったのか」
「ごめんね、内緒にしてて」
「いや、それは構わないんだが……」
同居人が風俗嬢であった、という現実にあまり思考が追いつかず、沼田は口籠った。
「ほら、その、ヤっさんにはあんまりそういう姿とか見せたくなかったし、だから働くっていう話にあんまり賛成 できなかったの」
それに、と呟き、サクラは俯向いた。
その先を待っていたが、いつまでも話す気配がないので、沼田はそれとなく先を促した。
「その……やっぱりちょっと、軽蔑とか、しちゃうよね」
「んなっ──」
そんなことはない、とは言い切れなかった。
そんなことを気にしてないという思いもあるが、まさか身近にそういう人間がいるとは思いもよらなかったので、 少しばかり整理する時間が欲しい、と沼田は思った。
「とにかく、わたしはあんまりオススメしないんだけど、でもヤっさんがどうしてもそこで働くっていうなら、反 対はしないから」
ごめんね、と頭を垂れ、サクラはまた静かに口を閉ざしてしまった。
思いもよらぬ形で、サクラの素性を知ることができたが、沼田には衝撃が大きく、上手く気持ちを処理することが できなかった。
(どうしたものかな……)
日々膨らむ複雑なサクラへの思いを、沼田は自覚していない。
だが、胸の内で渦巻く言い表せない何かの正体に、沼田が気付くのは、そう遠くない日であった。
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