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第十章 王都編
無力感
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マルスが命じると、拷問官がユーリの頭から水を被せた。
「……ぶはっ!」
「ユーリ!」
「ファーリア……?」
先程よりも少しだけはっきりした頭で、ユーリはファーリアを捉えた。それはちょうど拷問官がファーリアの両手を、先程までイスマイルが吊られていた鎖に繋ぐところだった。
「……ファーリアっ!なんで……!」
自身も縛められていることをユーリは一瞬忘れた。両腕の鎖がガシャンと非情な音をたてる。
「さあ、望み通り打ってやろう、ファーリア。その男によく見えるようにな」
拷問官が残忍な笑みを浮かべてファーリアの身体を舐めるように見ると、パシンと鞭を鳴らした。
「やめろ……!くそ……やめろっ!」
ユーリは痛みも忘れて叫んだ。
イスマイルよりもずっと小柄なファーリアは、鎖に繋がれるとほとんど足が床に着かなかった。支点を失ったファーリアの身体が、天井からぶら下がった鎖の下でゆらゆらと揺れている。
「やめろ!ファーリア!」
「では答えろ。ユーリ・アトゥイー。お前たちの頭領、ジェイクの家族はどこにいる?」
感情のない声で看守が言った。
「知るか!親は死んでるし、兄弟も離散してる!」
「妻子は?」
「そんなものはいない!くそ、彼女を下ろせ!」
「ほう、お前よりよほど用心深いのだな、その男は」
看守はつと顔を上げると、ユーリとファーリアを見比べるようにして、皮肉な笑みを浮かべた。
「……!」
「奴の両親が死んでいるのは調査済みだ。親代わりをしていた男がいるはずだ。どこにいる?」
(叔父さん……!)
ユーリは一瞬、ジェイクの叔父の居場所を言うべきか迷った。国王といえど、他国には手出ししづらいだろう。頭の中でいくつもの打算が浮かんでは消える。
目の前には、吊り下げられたファーリアが心許なげに揺れている。
(言ってしまえば……でも)
それを喋ったとて、ファーリアは開放されないだろう。ここでユーリがひとことでも喋ってしまえば、全部言わされてしまう。
「……汚い手を……」
ユーリは看守を睨みつけて吐き捨てた。
「仕事なものでな」
看守は眉ひとつ動かさずにそう言って、拷問官に合図を送った。
拷問官はニタリと嗤って、巨大なナイフでファーリアの囚人服の背中側を一気に腰まで裂いた。
「は…………あっ…………」
ファーリアが、小さな声を上げた。
無数の疵痕が刻まれた背中をマルスは懐かしく眺めた。
「やめろ!……やめてくれ……!もう、」
これまで経験したことのない無力感がユーリを襲った。ファーリアが傷つけられるくらいなら――、
「殺せ……!俺を、今すぐ!」
命なんて、いらない。
「今頃何を言っている?焦らずともいずれお前は死ぬ。皮を剥ぎとられ、硫黄で焼かれ、全身の骨を砕かれて、処刑される。この女がいたぶられるところをたっぷりと見た後でな」
看守がその相貌を陰惨に歪めて言った。
「――おいスカイ、貴様、これが目的であの娘を探し出してきたのか?」
壁際に控えていたシハーブが、横にいたスカイに話しかけた。スカイがずっとファーリアを探し続けていたのは知っていた。だがその真意は、いまいち測りきれていなかった。
「別に……僕は探して連れてきただけで、彼女をどうするかは陛下の勝手ですし」
「こんなことはマルス様が本心から望んでいることではない。お前も分かっているだろうが」
シハーブはマルスの性格を熟知している。今は怒りに我を忘れているが、ファーリアを傷つけて苦しむのは結局マルス自身なのだ。間男を痛めつけるのとはわけが違う。
「確かに、完全に売り言葉に買い言葉ですねぇ。陛下も大人げないよなぁ」
「冗談を言っている場合か」
「シハーブ様は過保護なんだからなぁ……」
スカイは呆れたように溜め息をついた。
「なに?」
「なんでもありませんよ。ではちょっとお止めしときますか。また陛下に壊れられちゃ、敵いませんからね」
「スカイ、ひとこと多いぞ」
はいはい、と肩をすくめながら、スカイはマルスのところへ向かった。
「失礼――陛下、鞭よりもいいものが」
スカイはにっこりと笑って懐から小瓶を取り出し、栓を開けた。そしてファーリアの髪を軽く下に引っ張って、顔を上向かせた。
「あっ?」
突然のことに驚いたファーリアの口に、スカイは瓶の中身を注ぎ込んだ。
その甘い液体は、重力に従って一滴残らずファーリアの喉をすべり降りていった。
「……ぶはっ!」
「ユーリ!」
「ファーリア……?」
先程よりも少しだけはっきりした頭で、ユーリはファーリアを捉えた。それはちょうど拷問官がファーリアの両手を、先程までイスマイルが吊られていた鎖に繋ぐところだった。
「……ファーリアっ!なんで……!」
自身も縛められていることをユーリは一瞬忘れた。両腕の鎖がガシャンと非情な音をたてる。
「さあ、望み通り打ってやろう、ファーリア。その男によく見えるようにな」
拷問官が残忍な笑みを浮かべてファーリアの身体を舐めるように見ると、パシンと鞭を鳴らした。
「やめろ……!くそ……やめろっ!」
ユーリは痛みも忘れて叫んだ。
イスマイルよりもずっと小柄なファーリアは、鎖に繋がれるとほとんど足が床に着かなかった。支点を失ったファーリアの身体が、天井からぶら下がった鎖の下でゆらゆらと揺れている。
「やめろ!ファーリア!」
「では答えろ。ユーリ・アトゥイー。お前たちの頭領、ジェイクの家族はどこにいる?」
感情のない声で看守が言った。
「知るか!親は死んでるし、兄弟も離散してる!」
「妻子は?」
「そんなものはいない!くそ、彼女を下ろせ!」
「ほう、お前よりよほど用心深いのだな、その男は」
看守はつと顔を上げると、ユーリとファーリアを見比べるようにして、皮肉な笑みを浮かべた。
「……!」
「奴の両親が死んでいるのは調査済みだ。親代わりをしていた男がいるはずだ。どこにいる?」
(叔父さん……!)
ユーリは一瞬、ジェイクの叔父の居場所を言うべきか迷った。国王といえど、他国には手出ししづらいだろう。頭の中でいくつもの打算が浮かんでは消える。
目の前には、吊り下げられたファーリアが心許なげに揺れている。
(言ってしまえば……でも)
それを喋ったとて、ファーリアは開放されないだろう。ここでユーリがひとことでも喋ってしまえば、全部言わされてしまう。
「……汚い手を……」
ユーリは看守を睨みつけて吐き捨てた。
「仕事なものでな」
看守は眉ひとつ動かさずにそう言って、拷問官に合図を送った。
拷問官はニタリと嗤って、巨大なナイフでファーリアの囚人服の背中側を一気に腰まで裂いた。
「は…………あっ…………」
ファーリアが、小さな声を上げた。
無数の疵痕が刻まれた背中をマルスは懐かしく眺めた。
「やめろ!……やめてくれ……!もう、」
これまで経験したことのない無力感がユーリを襲った。ファーリアが傷つけられるくらいなら――、
「殺せ……!俺を、今すぐ!」
命なんて、いらない。
「今頃何を言っている?焦らずともいずれお前は死ぬ。皮を剥ぎとられ、硫黄で焼かれ、全身の骨を砕かれて、処刑される。この女がいたぶられるところをたっぷりと見た後でな」
看守がその相貌を陰惨に歪めて言った。
「――おいスカイ、貴様、これが目的であの娘を探し出してきたのか?」
壁際に控えていたシハーブが、横にいたスカイに話しかけた。スカイがずっとファーリアを探し続けていたのは知っていた。だがその真意は、いまいち測りきれていなかった。
「別に……僕は探して連れてきただけで、彼女をどうするかは陛下の勝手ですし」
「こんなことはマルス様が本心から望んでいることではない。お前も分かっているだろうが」
シハーブはマルスの性格を熟知している。今は怒りに我を忘れているが、ファーリアを傷つけて苦しむのは結局マルス自身なのだ。間男を痛めつけるのとはわけが違う。
「確かに、完全に売り言葉に買い言葉ですねぇ。陛下も大人げないよなぁ」
「冗談を言っている場合か」
「シハーブ様は過保護なんだからなぁ……」
スカイは呆れたように溜め息をついた。
「なに?」
「なんでもありませんよ。ではちょっとお止めしときますか。また陛下に壊れられちゃ、敵いませんからね」
「スカイ、ひとこと多いぞ」
はいはい、と肩をすくめながら、スカイはマルスのところへ向かった。
「失礼――陛下、鞭よりもいいものが」
スカイはにっこりと笑って懐から小瓶を取り出し、栓を開けた。そしてファーリアの髪を軽く下に引っ張って、顔を上向かせた。
「あっ?」
突然のことに驚いたファーリアの口に、スカイは瓶の中身を注ぎ込んだ。
その甘い液体は、重力に従って一滴残らずファーリアの喉をすべり降りていった。
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