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第八章 流転編
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ザラたちのアジト「バラ」に身を寄せて、数日が経った。
追手が迫っている気配は今のところはないようだった。が、外に出る気にはなれなかったし、何をする気にもなれなかった。充てがわれた半地下の部屋にこもって、小さな窓から見える狭い空を眺めて過ごした。
(これからどこへ行けばいい――?)
ようやく手に入れた、生きる場所を、自分から捨ててきてしまった。
もう二度と戻れない。
「するってえと、ザラ、お前あのカナンって娘を仲間に入れるってのか?」
食堂には十人ほどの男たちが集まって食事を摂っていた。ザラや若い男たちは、せっせと料理を運んだり皿を並べたりしていた。
「だって兄貴、絶対腕が立つわよ、あの子。行くところもなさそうだし」
ザラは興奮気味に言った。ファティマやダーナなど、年齢の近い女友達がいなくなってしまったので、話の合いそうな仲間ができるのは嬉しい。
「うーん……」
「俺はもう少し様子を見たほうがいいと思う。いきなり現れて、自分のことは何も喋らねえ。信用できねえよ」
渋るオットーの隣で、道路工夫のイスマイルが言った。イスマイルは若いが、百人近い仲間がいて、王都の地下道を知り尽くしている。
「お前はどう思う?サイード」
オットーが一番奥で黙々と食べている髭面の男に水を向けた。
「……俺は強い奴なら歓迎する」
サイードは鍛冶屋だ。長い髪と濃い髭のせいで表情がよくわからないが、窪んだ瞳がぎらりと光った。
「あの娘に似合いそうな、いい剣があるぜ。あとで持ってくるよ」
言葉通り、サイードは食事の後どこかへ消えたかと思うと、すぐに剣を持ってやってきた。
「カナン!ちょっと来て!」
ザラに呼ばれて、カナン――ファーリアは食堂に顔を出した。
アジトの中心はこの食堂らしい。
「バラ」は地上三階ほどの建物だが、斜面に建っているために表通りからは一階建てに見える。三階分の建物の中は蟻の巣のように入り組んで、高さの異なる部屋が五~六フロアあった。食堂は地下にあり、更に地下に向かってふたつの抜け道がある。地上の部屋もそれぞれ隠し扉があり、隣家への抜け道が作られていた。
「サイード、呼んできたわよ」
ザラが声を掛けると、奥の暗がりからサイードが現れ、一振りの剣をファーリアに渡した。
「こいつをやるよ」
「え……どうして……?」
それは細めの刀身の、諸刃の長剣だった。持ち手には繊細な透かしの飾りがついている。
「思ったとおりだ。あんたに似合うと思ったんだ。遠慮なく使ってくれ」
サイードが髭の中でもごもごと言う。
「なんだサイード、珍しいじゃねぇか。お前が女物の剣を打つなんて」
「おいおい、まさか惚れちまったとか?」
「いやいや、サイードは剣が恋人で槍が愛人さ。生身の女にゃ勃ちゃしねぇよ!」
ぎゃはははは、と笑いが起きる。当のサイードはどこ吹く風で、表情ひとつ変えない。
「あの……でもこんな、突然……もらえない……」
ファーリアは面食らって剣を返そうとしたが、サイードは受け取らずにまた部屋の隅に戻ってしまった。
「カナン、それで、あたしらの仲間になってくれるかい?」
ザラが言った。
「えっ」
ファーリアは剣から目を上げた。ファーリアが両手で捧げるように持っていた剣を、ザラが掴んだ。
「断るなら、悪いけどここから出すわけにはいかないよ。この場所がバレるわけにはいかないからね。こっちも命賭けてんだ」
ザラもオットーも、その場にいる誰一人、もう笑ってはいなかった。
「――っ!?」
ファーリアの背後では、二人の男が入り口を塞いでいる。皆、剣の柄に手を掛けている。
「隠してるけど、あんたはかなりの使い手だろう?あたしらと一緒に、王政を倒そう」
ファーリアは目を見開いた。
(――――!)
王政を、倒す。それはつまり。
(マルスを、倒す――?)
その時だ。
「おい、サイード!いるか?槍を交換してくれ――おっと、取り込み中かい?」
外から呑気な声と足音がして、入り口に背の高い男が立った。
たくましい筋肉に、高い頬、濃い眉の精悍な顔つきをしたその男は、入ってくるなりファーリアの顔をまじまじと見た。
「あんた、アトゥイーじゃないか!」
「……あなたは!」
髪も髭も短く整えられていたので、一瞬気づかなかったが、男の話し方に聞き覚えがあった。
「――イラン!?」
男は、アルナハブの都、エクバターナの月光宮の地下に囚われていた囚人の一人だった。
追手が迫っている気配は今のところはないようだった。が、外に出る気にはなれなかったし、何をする気にもなれなかった。充てがわれた半地下の部屋にこもって、小さな窓から見える狭い空を眺めて過ごした。
(これからどこへ行けばいい――?)
ようやく手に入れた、生きる場所を、自分から捨ててきてしまった。
もう二度と戻れない。
「するってえと、ザラ、お前あのカナンって娘を仲間に入れるってのか?」
食堂には十人ほどの男たちが集まって食事を摂っていた。ザラや若い男たちは、せっせと料理を運んだり皿を並べたりしていた。
「だって兄貴、絶対腕が立つわよ、あの子。行くところもなさそうだし」
ザラは興奮気味に言った。ファティマやダーナなど、年齢の近い女友達がいなくなってしまったので、話の合いそうな仲間ができるのは嬉しい。
「うーん……」
「俺はもう少し様子を見たほうがいいと思う。いきなり現れて、自分のことは何も喋らねえ。信用できねえよ」
渋るオットーの隣で、道路工夫のイスマイルが言った。イスマイルは若いが、百人近い仲間がいて、王都の地下道を知り尽くしている。
「お前はどう思う?サイード」
オットーが一番奥で黙々と食べている髭面の男に水を向けた。
「……俺は強い奴なら歓迎する」
サイードは鍛冶屋だ。長い髪と濃い髭のせいで表情がよくわからないが、窪んだ瞳がぎらりと光った。
「あの娘に似合いそうな、いい剣があるぜ。あとで持ってくるよ」
言葉通り、サイードは食事の後どこかへ消えたかと思うと、すぐに剣を持ってやってきた。
「カナン!ちょっと来て!」
ザラに呼ばれて、カナン――ファーリアは食堂に顔を出した。
アジトの中心はこの食堂らしい。
「バラ」は地上三階ほどの建物だが、斜面に建っているために表通りからは一階建てに見える。三階分の建物の中は蟻の巣のように入り組んで、高さの異なる部屋が五~六フロアあった。食堂は地下にあり、更に地下に向かってふたつの抜け道がある。地上の部屋もそれぞれ隠し扉があり、隣家への抜け道が作られていた。
「サイード、呼んできたわよ」
ザラが声を掛けると、奥の暗がりからサイードが現れ、一振りの剣をファーリアに渡した。
「こいつをやるよ」
「え……どうして……?」
それは細めの刀身の、諸刃の長剣だった。持ち手には繊細な透かしの飾りがついている。
「思ったとおりだ。あんたに似合うと思ったんだ。遠慮なく使ってくれ」
サイードが髭の中でもごもごと言う。
「なんだサイード、珍しいじゃねぇか。お前が女物の剣を打つなんて」
「おいおい、まさか惚れちまったとか?」
「いやいや、サイードは剣が恋人で槍が愛人さ。生身の女にゃ勃ちゃしねぇよ!」
ぎゃはははは、と笑いが起きる。当のサイードはどこ吹く風で、表情ひとつ変えない。
「あの……でもこんな、突然……もらえない……」
ファーリアは面食らって剣を返そうとしたが、サイードは受け取らずにまた部屋の隅に戻ってしまった。
「カナン、それで、あたしらの仲間になってくれるかい?」
ザラが言った。
「えっ」
ファーリアは剣から目を上げた。ファーリアが両手で捧げるように持っていた剣を、ザラが掴んだ。
「断るなら、悪いけどここから出すわけにはいかないよ。この場所がバレるわけにはいかないからね。こっちも命賭けてんだ」
ザラもオットーも、その場にいる誰一人、もう笑ってはいなかった。
「――っ!?」
ファーリアの背後では、二人の男が入り口を塞いでいる。皆、剣の柄に手を掛けている。
「隠してるけど、あんたはかなりの使い手だろう?あたしらと一緒に、王政を倒そう」
ファーリアは目を見開いた。
(――――!)
王政を、倒す。それはつまり。
(マルスを、倒す――?)
その時だ。
「おい、サイード!いるか?槍を交換してくれ――おっと、取り込み中かい?」
外から呑気な声と足音がして、入り口に背の高い男が立った。
たくましい筋肉に、高い頬、濃い眉の精悍な顔つきをしたその男は、入ってくるなりファーリアの顔をまじまじと見た。
「あんた、アトゥイーじゃないか!」
「……あなたは!」
髪も髭も短く整えられていたので、一瞬気づかなかったが、男の話し方に聞き覚えがあった。
「――イラン!?」
男は、アルナハブの都、エクバターナの月光宮の地下に囚われていた囚人の一人だった。
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