69 / 230
第五章 恋情編
肉屋と仕立屋
しおりを挟む
「おはよう、ザラ!今日も早いねぇ!」
荷馬車の御者に、声と身体の大きな女が威勢良く声を掛ける。
「おはよう料理長!これ、今朝仕込んだぶんの肉ね。あとこっちが頼まれていた腸詰めよ」
荷馬車を厨房につけて、ザラは馬車から飛び降りた。てきぱきと荷台に積まれた肉の塊を下ろしていく。
「ありがとさん!この腸詰め、評判いいんだよね。あたしゃ間違いなく、アルサーシャいちだと思ってるよ!兄さんにも伝えといておくれ」
「ありがとう。うちは先祖伝来の本場仕込みだからね!兄さん喜ぶわ」
ザラは明るい笑顔で応えた。ザラの兄はララ=アルサーシャの市内で肉屋を営んでいる。
「よし、うちの分はこれで全部だね。残りは後宮の厨房に持っていっておくれ」
「わかったわ。ついでに持っていくものはある?」
「じゃあ帰りに、ミルクの空き缶があったら持ってきてくれるかい?」
「お安いご用よ。帰りに寄るわ」
ザラの荷馬車はごとごとと後宮の門へと向かう。
後宮の中へは荷馬車は入れない。ザラは門前に荷馬車を停め、肉の入った袋を担いで厨房へ向かった。
後宮の厨房に肉を下ろし、空のミルク缶を受け取って、荷馬車へ戻ろうとしたときだ。
突然、大きな布の束を抱えた女がぶつかってきたのだ。
「きゃ……!」
「あら、ごめんなさい!」
ザラはミルク缶を脇に置くと、女が取り落した布を拾い上げ、軽く埃を払って渡してやった。
「これで全部かしら?」
「ありがとう」
布を受け取りながら、女はこっそりザラの手の中にメモを渡した。メモを受け取ったザラは、素知らぬ顔でミルク缶を抱え上げ、荷馬車へと向かった。
布の束を抱えた女は後宮の一部屋で今日の客を待っていた。
程なくして、近衛兵の制服を着たアトゥイーが現れた。
「おはようございます、仕立て屋のファティマといいます」
「おはよう。わたしはアトゥイー。今日はここへ来るようにとだけ言われていたのだけど」
「アトゥイー……さん……?」
「アトゥイーでいい」
「あのう、アトゥイー、今日はドレスを仕立てるようにと言われてきたの。まずベースになる布を選んでもらえるかしら?」
ファティマはてきぱきと持参した布を台の上に並べ、広げてみせた。
「……ドレス?」
「ええ、あの、ご存じない?」
アトゥイーが怪訝そうな顔をしたので、ファティマは手を止めた。
「知らないし、ドレスも必要ない」
「そう言われても……頭金もらっちゃってるしなぁ……」
「誰に?」
「えっと……直接受けたのはうちの親方だから、あたしも名前まではわかんないのよね。でもたぶん本人じゃなくてどなたかのお使いみたいだったわ」
アトゥイーは考え込んだ。しかし、今のところアトゥイーにドレスを着せようと思いそうな人物など一人しか心当たりがない。
「とりあえず、採寸だけでもしときましょ」
ファティマはしゅるりと巻き尺を手にして言った。
「必要ない。申し訳ないけれど。お金はどうにかするから」
「そういうわけにはいかな――」
ファティマが言いかけた時だった。ドアが開いて、どやどやと人が入ってきた。
「どうも、宝石商のダマスカス商会です!首飾りと髪飾りと耳飾りとドレス用の飾り石、諸々お持ちしました!」
「こんにちは、金細工師のカルミラ工房です!首飾りとベルトと宝石箱をお持ちしました」
「織工のマチルダです!帯の刺繍の柄を決めていただけますか?」
「サヴァ商会です!こちらの茶器は東洋の最高級の磁器です。酒器は錫製で、どちらもとても珍しい柄のものをいくつかお持ちしました。お好みでお選びくださいませ」
さすがに言葉を失ってあんぐりと口を開けたアトゥイーの両腕を、ファティマが上げた。手際よく脇の下に巻き尺を回して採寸を始める。
「じゃ、黙って立っててもらえたら全部こっちでやりますから」
荷馬車の御者に、声と身体の大きな女が威勢良く声を掛ける。
「おはよう料理長!これ、今朝仕込んだぶんの肉ね。あとこっちが頼まれていた腸詰めよ」
荷馬車を厨房につけて、ザラは馬車から飛び降りた。てきぱきと荷台に積まれた肉の塊を下ろしていく。
「ありがとさん!この腸詰め、評判いいんだよね。あたしゃ間違いなく、アルサーシャいちだと思ってるよ!兄さんにも伝えといておくれ」
「ありがとう。うちは先祖伝来の本場仕込みだからね!兄さん喜ぶわ」
ザラは明るい笑顔で応えた。ザラの兄はララ=アルサーシャの市内で肉屋を営んでいる。
「よし、うちの分はこれで全部だね。残りは後宮の厨房に持っていっておくれ」
「わかったわ。ついでに持っていくものはある?」
「じゃあ帰りに、ミルクの空き缶があったら持ってきてくれるかい?」
「お安いご用よ。帰りに寄るわ」
ザラの荷馬車はごとごとと後宮の門へと向かう。
後宮の中へは荷馬車は入れない。ザラは門前に荷馬車を停め、肉の入った袋を担いで厨房へ向かった。
後宮の厨房に肉を下ろし、空のミルク缶を受け取って、荷馬車へ戻ろうとしたときだ。
突然、大きな布の束を抱えた女がぶつかってきたのだ。
「きゃ……!」
「あら、ごめんなさい!」
ザラはミルク缶を脇に置くと、女が取り落した布を拾い上げ、軽く埃を払って渡してやった。
「これで全部かしら?」
「ありがとう」
布を受け取りながら、女はこっそりザラの手の中にメモを渡した。メモを受け取ったザラは、素知らぬ顔でミルク缶を抱え上げ、荷馬車へと向かった。
布の束を抱えた女は後宮の一部屋で今日の客を待っていた。
程なくして、近衛兵の制服を着たアトゥイーが現れた。
「おはようございます、仕立て屋のファティマといいます」
「おはよう。わたしはアトゥイー。今日はここへ来るようにとだけ言われていたのだけど」
「アトゥイー……さん……?」
「アトゥイーでいい」
「あのう、アトゥイー、今日はドレスを仕立てるようにと言われてきたの。まずベースになる布を選んでもらえるかしら?」
ファティマはてきぱきと持参した布を台の上に並べ、広げてみせた。
「……ドレス?」
「ええ、あの、ご存じない?」
アトゥイーが怪訝そうな顔をしたので、ファティマは手を止めた。
「知らないし、ドレスも必要ない」
「そう言われても……頭金もらっちゃってるしなぁ……」
「誰に?」
「えっと……直接受けたのはうちの親方だから、あたしも名前まではわかんないのよね。でもたぶん本人じゃなくてどなたかのお使いみたいだったわ」
アトゥイーは考え込んだ。しかし、今のところアトゥイーにドレスを着せようと思いそうな人物など一人しか心当たりがない。
「とりあえず、採寸だけでもしときましょ」
ファティマはしゅるりと巻き尺を手にして言った。
「必要ない。申し訳ないけれど。お金はどうにかするから」
「そういうわけにはいかな――」
ファティマが言いかけた時だった。ドアが開いて、どやどやと人が入ってきた。
「どうも、宝石商のダマスカス商会です!首飾りと髪飾りと耳飾りとドレス用の飾り石、諸々お持ちしました!」
「こんにちは、金細工師のカルミラ工房です!首飾りとベルトと宝石箱をお持ちしました」
「織工のマチルダです!帯の刺繍の柄を決めていただけますか?」
「サヴァ商会です!こちらの茶器は東洋の最高級の磁器です。酒器は錫製で、どちらもとても珍しい柄のものをいくつかお持ちしました。お好みでお選びくださいませ」
さすがに言葉を失ってあんぐりと口を開けたアトゥイーの両腕を、ファティマが上げた。手際よく脇の下に巻き尺を回して採寸を始める。
「じゃ、黙って立っててもらえたら全部こっちでやりますから」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
禁断溺愛
流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。
愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます
天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。
王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。
影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。
私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。
カモフラ婚~CEOは溺愛したくてたまらない!~
伊吹美香
恋愛
ウエディングプランナーとして働く菱崎由華
結婚式当日に花嫁に逃げられた建築会社CEOの月城蒼空
幼馴染の二人が偶然再会し、花嫁に逃げられた蒼空のメンツのために、カモフラージュ婚をしてしまう二人。
割り切った結婚かと思いきや、小さいころからずっと由華のことを想っていた蒼空が、このチャンスを逃すはずがない。
思いっきり溺愛する蒼空に、由華は翻弄されまくりでパニック。
二人の結婚生活は一体どうなる?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる