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婚礼前、溢れる幸せ〖第43話〗
しおりを挟む挨拶回りと平行して式の準備。玄関を壊したことで良くない印象がついたと思いきや、案外そんなことはなく順調に進んだ。何処へ言っても歓迎された。父が一斉に飛ばした伝書鳥で空の素性や今までを明かしたせいだと思う。
前々から山神さまと空の母の事情を知っていた一族の中の大御所の大叔母などは空がいたく気に入り、
「ずっと会ってみたかった。空ちゃん、『空様』の方が正しいのかもしれないけど、他人行儀だわ。家族になるのに。蒼と喧嘩したら私のところに来なさい。蒼にきついお灸をすえるから」
ふふふっと笑った後、大叔母は、
「昔、蒼が小さい頃、西瓜の種を出さずに食べていたとき『お腹の中で芽が出ちゃうわよ』って言ったら泣き出してねぇ、中々泣きやまなくって。理屈っぽいけど、案外小心なのよ」
と笑った。蒼の小さい頃の少し恥ずかしい話を、大叔母は楽しそうに、懐かしそうに話す。けれど最後に昔と変わらない温かな手で、蒼と空の手を握り、
「この子は愛するひとを守るためなら全てを捨てるわ。恥も、外聞も、全てね。おめでとう。空ちゃんは昔見た山神さまの面影も、華乃さんの面影もあるわね。見れば見るほど綺麗な子。蒼は素敵な子と結ばれたのね、幸せになるのよ、蒼、空ちゃん」
一族の中の嫌われものの自分を心から可愛がってくれたのはこの大叔母だった。薄荷の飴を初めてくれた人はこのひとだ。母親のような存在だった。
「幸せに、なります」
涙が込み上げてくる。蒼は大叔母を見て一生懸命笑った。大叔母の部屋を後にして、部屋に戻どると、涙が溢れた。中々涙はとまらなかった。机の前に蹲った。
「そうにいちゃん、来て」
空は軽く手を広げる。暖かな胸に顔を埋める。
「幸せに、なろう。空。大叔母さまは俺の母親代わりみたいな人だ。幼い俺に優しくしてくれたのは、あの人と爺だけだった。空を連れて、久し振りに会って、手が温かくて……」
空は、蒼を抱きしめて、
「幸せに、なれるよ。幸せに、なろう。そうにいちゃん、少し冷えてる」
あったかいでしょ。二人でくっつけば、あったかいよ。そう言い空は蒼の背に寄り添い蒼を両手で抱いた。
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その次の日から三日かけ、儀式に着る衣装を作ってもらうことになった。純白の絹の衣装だ。普通の着物に似ているが着た感じは軽く、鳥の羽のようだ。襟元になにか縫い付けてある。多分、護符だ。隣の部屋を衣装を覗き見る。純白の衣装を着た空は綺麗だった。思わず見惚れてしまった。
………子供の話をした時、空は泣いた。そうにいちゃんを父親にしてあげられない、と。静かに下を向き泣き続けた。
「空は悪くない。俺は空がいればいい。空は俺だけじゃ足りないか?」
「そんなことない!そうにいちゃんも……あと、爺やさんも、大叔母さまも、そうにいちゃんのお父さんも、みんな親切で大切な人」
頷いて、空は目を擦り、軽く息を吐いた。
「そうにいちゃん、皆『珠合わせ』って言うけど何するの?」
「珠合わせは、婚姻を結ぶ二人が社で一晩過ごすだけだ。外では、祝詞を夜明けまであげ続ける。狛井家の婚姻儀礼だ。簡素化された珠移しに似てるな。狛井家の珠合わせも、術の素養がないと、祝詞に負けて花嫁か花婿が臥せる。空は大丈夫だな。綺麗だ、空」
「そうにいちゃんも、素敵」
どさくさに紛れて触れるだけの口づけをした。顔を真っ赤にして、空は照れ臭そうにする。
「そう言えば、祝詞は大叔母さまが読んでくれるらしい。大叔母様のお祖母さまは、山神さまと旧式の珠移しを行った生粋の巫女だからな」
「沢山のお礼を言わなきゃね」
衣装合わせも終わり、部屋で壁を背に、熱いほうじ茶を飲みながら二人で寛ぐ。もう夜だ。もう、二人で風呂にも入った。
「挨拶回りも終わったね」
「疲れたか?」
「少し。でも、楽しかった」
ふうっと空は息を吐いた。空を見つめる。もう少しで、自分の花婿になる。不満はないだろうか、嫌なことなどないだろうか……。不安が、また顔を覗かせる。
「あ、そうにいちゃん、悪い顔」
「わ、悪い顔?」
「良くないことを考えるとその顔するよ。どうしたの?何が心配なの?」
逸らせない大きな瞳。自分だけを見て、こんな自分だけを信じる瞳。この瞳には嘘はつけない。
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