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アレキサンドライト〖第16話〗

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 穏やかな寝息をたてる少年は普段と変わらない様子だった。やはり、いつも通りが安心する。深山はベッドに腰かけ少年の髪を撫でる。金色の綺麗な巻き毛はさらりとしていた。

「さっきの君は、いつもの君じゃないみたいだったな。本当に君は、その石のようだ」

 アレキサンドライト……太陽光や蛍光灯では碧く光り、しかし白熱灯下や蝋燭の光では紅く光る。『白熱灯や蝋燭』で『紅く』

……あのランプシェードのせいか?

少年の瞳が紅く変わり、人が変わったようになったのは。そして、多分だが、深山ならこの『秘密』にすぐに気づくと紅い瞳の少年は解っていた。だから『今だけは』という言葉を言った。深山が愛しているのは『碧い瞳の自分』だと、知っていた。
 
 不思議な貴重な、深山にとって、決してなくてはならない存在。深山は少年の寝顔を初めて見る。あどけなく、可愛らしい、深山のかけがえのない恋人。

「ソファで寝るか。おやすみ、アレク。良い夢を」

 優しく額に口づけ、深山は寝室のドアを閉めた。久し振りに深山は自分でミルクティーを淹れた。

深山は少年を起こしてしまいそうで、あのティーカップを使うことは躊躇われたが、何となく他のカップを使いたくなかった。あの少年に『浮気した』と思われたくなかった自分に苦笑する。

「まったく、馬鹿げている……」

 そう言いながらも口許は緩む。素足のまま歩き回ることなどほとんど無いのに、そっと寝室に入り、眠る少年を見つめながら、自分が淹れた間の抜けた味のミルクティーを味わいながら眠る少年を見つめる。

 穏やかな、あどけない寝顔が可愛らしい。彼が明日、目覚めたら、いつもの魔法のようなミルクティーを淹れて貰おうと思った。

 飲み干したカップを良く見ると取っ手の下の方に小さな碧く煌めくものがあった。宝石をティーカップに埋め込んでいるようだった。今まで気づかなかった。

「サファイアか?………いや、違うこの輝きは……」

 良く見るため、深山はカーテンを開け、月の下でティーカップを見た。

「碧い……アレキサンドライトだ……」

 明日、少年に教えてあげようと深山は思った。君の美しい瞳は紛れもなく、アレキサンドライトだったよ、と。朝を待ち望む束の間の眠りは、深山にとって心地良いものだった。

───────────

『おはようございます。そろそろ起きて下さい。ふかやまさん。もう九時半です。起きて下さい、ふかやまさん』

 少年の困った声と、軽く肩を揺する感覚で深山は目覚め、欠伸をする。高く昇った陽の光が眩しい。深山はソファに寝ていたこと、そして昨日のことを思い出す。年甲斐もなかったなと苦笑する。寝ている間にブランケットをかけてくれた少年にお礼を言おうとしたが、

『今日の朝御飯は、林檎と、葡萄と、トーストとイチゴジャムとスクランブルエッグです』

 と少年は早口で言い、

『今、ミルクティーをお持ちします』

    と逃げるようにキッチンへ消えてしまった。後ろ姿でさえ耳が紅い。どうやら照れているらしい。

 深山はダイニングテーブルでいつも通りを装い朝食をとる。少年は深山は起こしてくれた時以来、何も言わない。誘うような紅い瞳の少年。あのままだったら深山はもう少しで堕ちて、艶かしい紅い瞳の少年と一線を越えるところだった。

    食後、ミルクティーを啜りながら、傍らに立つ下を向いたきりの少年に声をかける。

「アレク。何か……変わったことはないか?」

『い、いえ、何も変わりありません。こ、紅茶を、もう一杯召し上がりますか?』

「ああ、貰おうか」

 ティーカップに少年は手をかざす。ふわりと手が光り熱いミルクティーが出来上がる。何回見ても不思議な光景だと深山は思う。少年の顔をちらりと、盗み見た。いつも通りの碧い瞳に安心する。昨日の夜の、紅い瞳の少年の雰囲気はまるでない。

 追加のミルクティーを飲みながら、バニラエッセンスのような匂いを思い出す。深山は少年に軽く微笑みながら少年に視線を注ぐ。みるみるうちに少年の頬は紅くなっていく。

『あ、あまり見ないで下さい。お願いします………は、恥ずかしいです……』

 恥ずかしい理由は十二分に少年は解っているようだった。昨晩の、ことだ。
 
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