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〖第41話〗朱鷺side④
しおりを挟む「俺は俺なりに朱鷺を探した。
金貯めて探偵にも調べてもらった。
地方公演の度に病院をあたったりしたよ。でも見つからなかった。
家には箝口令が敷かれたみたいに朱鷺の話をしなくなった。
色々あってって何があったんだよ。
あの時朱鷺は八歳だったんだぞ!」
「………ピアノの家庭教師の先生をメトロノームで殴ってひどいケガを負わせたの。今でもはっきり覚えてるわ。
珍しく、私と朱鷺しか家にいなくて。
あの日──風の強い日で雨が降ってたわ。がらんとした家に男の人の呻き声が響いたの。
ピアノの先生の声だって解るのに少し時間が必要だった。二階のレッスン室のドアが軽く開いていて、朱鷺の泣きながら叫ぶ声が家中に響いていた。
『──それは僕のだ!僕にもちょうだい!トローチちょうだい!』って。
ドアを開けて愕然としたわ。何回もそう泣き叫びながら朱鷺は先生をメトロノームで殴ってたんだもの。
返り血を浴びながら何回も、繰り返してね。私は足がすくんで動けなかった。
それからメトロノームを投げ捨てた朱鷺はピアノの先生に
『先生、僕を、忘れないで──お願い』
って、先生にしがみついて切なそうに泣いてた。
先生はそんな朱鷺を抱き締めてた。
頭から血を流しながら満足そうに、本当に嬉しそうにね!
──朱鷺のシャツが乱れてた。私はピンと来た。でも、通報しなかった。
うちの人が丁度演奏会で忙しい時期で、人気も出てきた時期だった。
マスコミも付いて回るようになったし、私も声楽家として仕事が楽しくてしかたがなかった。
──お金で解決しようとしたの。全て無かったことにしたかった。
ホームドクターを呼んで、すぐにお金も用意した。
先生はお金を受け取ってくれなかった。
『いらない』
とずっと言ってた。
『どうして』
と訊いたわ。そうしたら
『もう、いいんです。私にはもう必要ないから』
って。それから質問を変えて、
『何であんなことをしたんですか』
って訊いたの。あんな小さい子にって。異常だわ、とまで言った。そうしたら
『異常かも、しれないですね。朱鷺くんが、好きだった──あの子だけだった。私には』
って言って彼は泣きながら笑ってた。私は言ったの、
『二度と会わないで』
って。先生も約束した。
次の日に、先生は………自殺したわ。
朱鷺に渡してくれって小さな箱に入ったトローチを残してね。それから、一晩寝たら、朱鷺は小さな子どもみたいに幼くなってしまった。
記憶が全て消え失せてしまったの。
音楽も、家族も、あの出来事も、
全て忘れて、異常なほど他人に触れられることを怖がるようになったの。
それからしばらくして、養子に出した。
ちなみに探偵を買収して朱鷺の行方を隠したのは父さんよ。──私たちの家はあの子の犠牲の上でなりたっているのよ」
「──そうだったんですか」
僕はドアを軽く開け、力なく微笑んだ。鷹さんの表情が凍る。もちろん、鷹さんの母さんの顔もだ。
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