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〖第40話〗朱鷺side③
しおりを挟む「ずっと、知っていたんですか?」
「ああ。いつか訊いたこと覚えてるか?
夏にお前が熱中症で倒れた時、病院でバス停の帰り『今幸せか?』って訊いたよな?お前は『幸せです』と答えた。俺にはそれで十分だったんだ。
わざわざ名乗ってお前を混乱させるより、今のお前が幸せならそれで良かった。
出会えた偶然に感謝して、傍で悲しい時やつらい時の支えになれれば、それで良いと思ってた。けど………」
「けど?なんですか?」
「お前の生みの母親が──俺のお袋が倒れた。もともと心臓が悪かったけど、もしかしたらと思うと、お袋にお前を会わせてやりたくて。俺の勝手だ。許してくれ」
うなだれる鷹さんに僕はなにも言えなかった。
鷹さんのお母さん。名前は知っている。芦崎冴子、体を悪くして今は第一線を退いているが後進の育成に熱心だと言う声楽家だ。
病院につくと、鷹さんのお母さんは集中治療室から個室に戻り、意識も回復したと言うので、短時間の面会が許された。
鷹さんのお母さんの強い希望だった。
ドアを開ける。酸素マスクはとれていて物々しさはあまり感じなかった。
大きい透明な点滴と、もう少し小振りな点滴が銀色の医療器具に無機質にぶら下がっている。
「お袋、大丈夫か?あと………この子はこの前話した……」
鷹さんの母さんの目の奥が揺らいだ。
「深谷朱鷺、です。大丈夫ですか?落ち着いて話せるようになったらお話を聞かせてください」
「声……鷹にそっくりね。いつまた倒れるか解らないの。今話すわ。訊きたいことがあるなら知っている範囲で話すから。鷹、ベッドを起こしてくれる?」
鷹さんがベッドをおこし、鷹さんの母さんはまっすぐ僕を見つめた。
「朱鷺、でいいかしら。何て呼ばれたい?」
一瞬迷った。『朱鷺くん』と呼ばれるのはあの人だけが良かった。
「──何でも、いいです」
「そう。色々──あって養子に出したの。あなたのお母さんはあなたのベビーシッターに来てくれていた人なの。
結婚したけど子供ができないと悩んでいたわ。とてもいい人だった。
子供が好きで、優しい人でね。それで、この人なら信頼できると思って、あなたを養子に出したの。あと、あなたと鷹は兄弟よ。間違いなくね。
──あなたの両側の肩甲骨のところにうっすら朱鷺色の痣があるの。
普段は気づきもしないわね。
俊一さん──あなたのお父さんが産湯にいれているとき気づいたのよ。だから『名前が朱鷺でぴったりだった』と喜んだわ」
鷹さんの母さんは懐かしいものを見る優しい目で僕を見つめた。
話を繋ぐように、軽くため息をついて言った。
「今さら母親ぶる気はないし、あなたの人生に干渉する気もない。
でも、自分の命の瀬戸際で、あなたには兄がいることを教えたかったの。こんな母親でごめんなさい」
ベッドに横になった鷹さんの母さんは動きづらそうにしながらも、僕に頭を下げた。
「学校は、楽しい?」
まさか休学しているとも言えず、「はい」と答えた。
「そう。良かった」そう言い笑う目尻が鷹さんに良く似ていると思った。
「専攻は?」
「声楽です」
「あなたはテノール?」
「あの………カウンターテナーなんです」
「あなたの高音、聴いてみたいわ──」
目を細めて鷹さんの母さんは僕に言った。しばらくし、
鷹さんの母さんに何か物言いたげに鷹さんが見つめているのを見た。
「朱鷺、売店で飲み物買ってきてくれるか?」
鷹さんは、ポケットから千円札を取りだし僕に手渡した。僕は頷いて病室を後にしようとした。
しかし、後ろで聴いた鷹さんの声に僕は立ち止まった。
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