茜空に咲く彼岸花

沖方菊野

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第一章 ヒトダスケ(6)

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「しかし、汚い部屋ですね。
 こんなの物置と同じじゃありませんか。」 

 静代は、ため息交じりにぼやく。

 良い顔で迎え入れられていないことは、分かっていたが、紛いなりにも客人と呼べるうえに女子を、こんな汚部屋に通すとまでは思っていなかったため、不満が滲む。

 かといって、今更帰りますというのも性分上、癪に障るため、大人しくしているしかない。

 部屋という名の物置部屋に、鈴音と二人、障子越しに沈む夕日を感じている。障子を開けることはおろか、部屋から出ることも許されていないため、ただぼーっと時間を潰すしかない。
 
 薄紙越しに見る外の世界は、色味がぼやけて見えるだけで、味気ない。それを乙だなんて味わえるのは最初だけで、今は心もぼやけさせてくるように思える。

 そんな気持ちになってきたせいか、空気の悪さや、臭いによる息苦しさも、徐々に感じなくなってきていた。慣れとは恐ろしいものだ。

 唯一、未だに気にしてしまうことがあるとすれば、視界に捉えてしまう、綿のように積もっている、薄ねずみ色のふわふわとしたその物体の姿だけである。

 「ごちゃごちゃ言ったってよ、仕方ねぇだろ。
 樹が阿呆みたいな約束して、それを大阿呆みたい 
 なお前が許しちまったんだか
 ら。」

 (やはりか……。)

 土方に汚部屋を提供され、二人きりになったというのに、一切口を開こうとしない様子から、鈴音はかなり怒っているのだろうと思っていたが、予想通りであった。それも、それ以上のご立腹具合に、静代は少しの焦りを覚える。

 「私は、鈴音様のためを思ってですね……。 
 人間と距離をとってお過ごしになられるなんてい 
 けません。
 ……貴方様は、人なのですから。
 人としっかり交わっていかねば。」

 「交わるために、物置で暮らせってか。
 とんだご配慮に痛み入るぜ。」

 「もぅ、鈴音様ったら。
 今日限りの辛抱ですよ、きっと。
 あの橋の魔を、貴方様が祓ってみせて差し
 あげれば、ここの方々も少しくらい信用して下さ
 るはずです。」

 「どうだかな。
 あの土方って奴、そう簡単に信用するような人間
 じゃねぇだろ。
 第一、今日の祓いの同行だって、近藤とかいうの
 が必死に頼みこんでの結果じゃねぇか。
 あいつ、絶対あたいらの指示聞かねぇで、独断で 
 ぶち込んでくぜ。」

 「あら、それは鈴音様と気が合いそうなお方じゃ
 ありませんか。」

 口数が多くなってきたので、軽口を飛ばしてみたが、今にも斬られそうな殺気をふくむ視線を向けられたため、すみませんと漏らす。 

 そんな顔で相手を黙らせようとするところも、土方によく似ているではないか。

 喉元まで込み上がってきた言葉を、静代はぐっと飲み込む。口に出そうものなら、次は本当に斬られかねない。
 
 ただでさえ、ご機嫌斜めなのだから。

 退屈そうに鈴音が、着物の袖をいじくり回している。荒っぽい口調に反して、いじらしい姿だ。

 そんな姿を、たまらなく愛おしいと感じながら、鈴音に再び声をかける。

 「鈴音様、そろそろ、その前髪、切りましょう
 ね。
 それでは、貴方様の可愛いお顔が見えませんし、
 何より、戦の際、視界が悪くて危のうございま
 す。
 鈴音様は、私がお仕えする大切な御姫様なのです
 から。
 お怪我のないように気をつけて頂きませんと。」

 「分かってるよ。切りゃ良いんだろ。
 今度明るいうちに切るさ。」

 面倒臭そうに、ため息まじりの返事が返ってくる。


 静代は、笑みを浮かべて鈴音を見つめていた。
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