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秘蜜の計画
#14
しおりを挟むアダムは「そろそろ帰りたいです」とシドに伝えたが、その言葉を聞いているのか、聞いていないのか、一点を見つめたまま彼は、「ジークに……」と言ったあと「アレに何かされたか?」と聞いて来る。優しい手とは裏腹に厳しい眼を向けて来るシドに、少し怖くなる。
「この間の満月の日、お前の部屋に現れただろう?」
「あ……、はい」
あの日ジークにされたことを、どう説明すればいいのか分からなくて、何を説明すればいいのか考えていると、その時シドの視線がスっと後ろの扉を気にするように動いた。
それに釣られてアダムも扉を見るが、特に問題は無さそうだと思う。けど「面倒な奴が来たな」とシドが小さな声で呟くと、彼の長い指がツっとアダムの顎を取り、昨日と同じ口づけをした。
シドの行為に理解は出来ないが、拒絶する気も起きない、唇が離れると舌が這い首筋を噛みつかれる。不思議な感覚に「あっ…」と小さく悲鳴が出た。
「体に異変は?」
「特には無いです」
昨日も聞かれたが同じように返事をした。シドはクスっと笑いながら「嘘はよくない」と言う。
嘘なんて付いてないのに、とアダムは不思議に思った。
「お前は、芳香が出る理由を知らないのか?」
え? と右手を見ると印が茜色に染まっている、何故、染まってるのだろう、と不思議に思った。
刻印に触れながらアダムが悩んでいると、シドは頭をふるふると横に振りながら。
「このままだと酔う」
「気分が悪くなりますか?」
「いや、悪くはならないが、あまり良くもないな……」
「そうですか」
「何も感じないのか?」
「え……?」
シドを見つめたが、何を感じ取れと言っているのか分からない。
「はあ、同じ男だと言うのに、何も分からないのか? 聖天様は色々と教育が足りないようだ……」
「ごめんなさい」
何故か怒られている気がして、取りあえず謝罪した。
シドがアダムの腰を持ち上げ膝から下ろすと、困ったような表情を見せ、帰るように促された。
「明日は来れないが、これからは同じ時刻に来るように」
「はい、わかりました」
「次、会う時は……」
「……?」
「いや、礼をまた貰わなくてはな?」
「何の御礼ですか?」
ふっとシドが笑みを見せると。
「色々あるだろう? 相談に乗って、それから脱走の手助けに、お友達の救出、清らかで可憐な聖天様が、こんなに欲張りだったとは驚きだ」
「うぅー…っ」
それはシドが脱走しようと持ち掛けた事がキッカケなのに、何故か全てアダムが言い出し、我儘を言っているような言い方をするシドに、少しだけ反抗的に返事をした。
「脱走は僕が言い出したわけじゃないのに……」
「そうだったか?」
「そうです」
クスクス笑いながら、シドがアダムを抱き寄せると軽く唇が触れる。
「それから、ジークが目覚めた。気を付けて行動するんだ」
ギクっとアダムの体が強張った。
ジークの印象は恐怖の方が強く、少しだけ不安な気持ちになる、シドが早く帰れとでも言うように、手で合図を送るの見てアダムは建物から出た。
外に出ると鎧を着た獣人が待機しており、その獣人が、あの日ジークから守ってくれた獣男だと気が付き、アダムは御礼を伝えた。
獣人は礼儀正しく腰を折るだけで、何も言わなかったが、優しい笑みをアダムに見せると前を見据えた。
仕事中なのかも知れないと思い、邪魔にならないようアダムは足早にその場を離れた――。
翌日、シドは来れないと言っていたが、祭壇には同じ時刻に出向き、祈りを捧げた。帰る道すがらアダムは、いつも思っている疑問を口にした。
「いつもシドさんは何処から来るんだろう」
「あの方は……」
「うん?」
「いいえ、私共が知らない裏口でもあるのでしょう」
いつも、ビビアンにシドの話をすると、ぼんやりとした回答しか返って来ない、彼は王族なのにビビアンは詳しく知らないと言う。
アダムだって気が付かないわけじゃない、ビビアンが話をしたくない理由が、何かは分からないけど彼には秘密がある、けれど、それには触れてはいけないのだと感じていた。
宮殿へと近付くと、前日、目覚めたと報告を受けたばかりのジークが、薔薇の宮殿の入り口で待っていた。
ビビアンが、サっとアダムの前に出ると、ジークに向かって睨みを効かせる。
「我が国の弟殿下に……」
「あー、いい、面倒だって言ってるだろ?」
「畏まりました。ところで何用でしょうか」
「お茶を飲もうかと思って?」
「アダム様とですか?」
「他に居ないでしょ?」
久ぶり見るジークを見て、アダムは誰かに似ていると感じた。
――そうだ、シドさんに似ている……。
同じ王族の血が流れているなら、似ているのもの当然なのかも知れないが、ただ、シドの方が品格と威厳がある気がした。
あの目に見つめられると、何もかも従いたくなり、自分が無力に思えて、言うことを聞いてしまう。
あまりにもジっと見つめたせいか、その視線をジークが受け止め、彼は目を眇めたが、それをビビアンが遮った。
「ゴホンっ……、ガゼボへ案内致します」
「はいはい」
薔薇の宮殿の内庭にあるガゼボに移動すると、ビビアンがお茶を用意して来ると言い離れた。
その瞬間、スっと薔薇の宮殿の護衛が走って来る。
「なんだよ、警護が厳しいな」
「ジークさんが悪いことするからです」
不貞腐れたジークが、子供っぽく頬を膨らませているのを見て、アダムはクスクス笑った。
「……初めて笑ったね」
「そうですか?」
「俺と会うと怯えるか、驚くかどちらかだ」
「それは、ジークさんが、いつも急に変なことするから」
「変なこと……ね?」
ニヤニヤするジークを見ながら、何処かで似たような笑みを見たと感じたが、アダムが今まで接してきた男の獣人は僅かな人数しかいないし、気のせいだと思うことにした。
そしてテーブルの上に乗せていた右手へと、ジークの視線が動くのを見て、アダムはさっと隠した。
「えー? 隠さなくても……」
「だって……」
「芳香が出てないなら大丈夫だよ?」
ジークはそう言うが、厭らしくニヤ付く表情は安心できる類の物では無かった。
しばらくするとビビアンが咳払いをしながら、お茶を運んで来る。
「お待たせ致しました」
この国のお茶は少し変わっていた。
サボテンと言う植物を煎じて飲むのが主流で、緑色のお茶が目の前に注がれる。
「山羊から絞った乳を入れると更に美味しいですよ」と言われて、毎回淹れてもらうが、本当に美味しくて気に入っていた。
口に広がるサボテン茶をアダムが堪能していると、ジークが口を開く。
「俺は4日眠ったけど、量によって眠りに付く期間は決まってるのかな」
「僕には分からないのですが、ロイドさんの話だと1年眠りに付いた獣人もいると聞きました」
ジークは腕を組みチェアに大きく凭れ掛かると、アダムを見つめた。
「俺の寵愛を受ける?」
急にとんでもないことを言うジークの発言に、傍にいたビビアンが咳き込む、アダムも御茶を口に運んでなくて良かったと思った。
きっと間違いなく全てを吐き出していたと思う、突然おかしな発言をしたジークをアダムが真顔で見つめると、自分が何か言うより先にビビアンが「ジーク殿下! 聖天様は王の貢ぎ物です」と怒り出した。
「分かってるけど、このままだと……」
ジークが首をトンと切る仕草を見せ、アダムはその意味を悟った。
ああ、このままだと処刑されると言いたいのだ。
歓迎されていない事は十分承知していたが、王族の、しかも王の弟だと言うジークが、それを危惧し、提案したのだから、自分がどれだけ危うい立場にいるかを確認させるに十分だった。
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