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秘蜜の計画

#13

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 アダムは小さな箱をなぞる。

 ――持ってきちゃった。

 祭壇にあった鍵の付いた箱を部屋に持ち帰ったアダムは、シドにもらった鍵で開けてみた。
 中には奇妙な形をした笛のような物が入っており、手に取って見ると、中に何か入っているようで、カランと小さな音が鳴る。丸い形状の笛の一部分に突起物があり、その部分に口をつけて吹いて見るが、音は鳴らなかった。
 壊れているのかも? と残寝に思いながらアダムは笛を箱に戻す。カチャリと鍵をかけると、今日の祭壇の出来事を思い出した。
 これの御礼に唇を……、とそこまで考えて頬が熱くなる。両手で頬を包みアダムは溜息を吐いていると、部屋の扉がノックされ、ビビアンが湯場の準備が整ったと呼びに来た。

「アダム様? どうかされましたか?」
「ううん、あ……、ねえ、ビビアン」
「はい?」
「じゅ、獣人は男の人同士で、あの……」

 どう聞いていいのか分からず、アダムが口籠っていると、ビビアンが不思議な顔をする。

「何か御座いましたか?」
「ううん、何でもない……」

 こちらの返事を聞き、ビビアンが憐れむような表情を見せると背を向け、「まったく……」とブツブツと文句を言っている。彼女は何かを思いついたように、クルっとアダムの方へ向きを変えると。

「いいですか? 誰かに何か嫌なことをされた時は、相手の耳をこう、……ぎゅーっと! 抓るんです」

 ビビアンが自身の耳を裏返りそうなほど抓っている。

「ええ? そんな事して痛くないの?」
「痛いからやるんです。やられっぱなしはいけません!」
「で、でも、いい人、じゃなくて良い獣人だったら?」
「それでも、嫌な時は意思表示をしないといけません。お身体に何かあってからでは遅いですから」

 ふん、とビビアンが鼻を鳴らす。アダムは初めて口づけを交わしたが、嫌と言うよりは不思議な行為だと感じた。
 本来なら女性と交わすはずの行為を獣人の男と交わしてしまったけど、力強い腕と彼の香りに包まれて、体が熱くなったことを思い出し、ジンと、お腹が熱くなる。

 ――あ、ぁ、どうしよう……。

 身体の中心に熱が集まるのを感じてしまい、これから湯場に向かえば裸にされてしまうのに……、とアダムは歩みを止めた。
 
「ビビアン、ごめん……お腹が痛くて……」
「だ、大丈夫ですか?」
「うん……、お腹が痛いだけだから、すぐ直ると思う……」
「そうですか、では暖かい飲み物をお持ちしましょう」

 彼女は直ぐに調理場へと向かう。

 ――ビビアンごめんね…。

 去っていく彼女の後姿に謝罪を込めると、アダムは一旦部屋に戻り、長椅子に腰を降ろした。
 変なことを考えたせいで、神様がお怒りなのだ。明日は、もっと長くお祈りをして、罪を洗い流さなくてはいけない、とアダムは早く腹の熱が冷めるのを待った――――。

 
 翌日、祭壇へと向かうが、ビビアンが憂い顔を見せると、昨日教えた事を忘れないようにと警告を受けた。
 アダムはそれに頷き、祭壇のある建物へ足を向ける。扉前に到着すると、ビビアンは、「ここでお待ちしております」と深々と頭を下げたあと、隅の方へと移動した。
 アダムはそれを見届けると建物へ近付き、そっと扉を開け中に入った。
 建物内を見渡したがシドは居ない、いつも何処から来るのかと不思議に思いながら、祭壇の前にアダムは跪いた。
 両手を組みながら、祈り始めると、何処からかカタンと音がしたが、祈りの最中だったこともあり、その音を無視すると祈りを続けた。
 祈りを終えて振り返ると、シドがいて鮮やかな笑みを浮かべながらアダムを見つめる。
 
「もう終わったか?」
「はい」
「こちらに…」

 吸い寄せられるようにシドへと歩みを進める。
 だが、長椅子の淵に座ったままのシドに、どうすれば良いのか困惑する。
 アダムが隣に座るには彼の前を通って、奥の席に付かなくてはいけないけど、シドの長い足が手前の長椅子に当る場所にあって、とてもじゃないが、アダムが通れる隙間は無い、仕方なく一歩手前の長椅子へと腰掛けようとした。

「どこへ行く?」
「あっ」

 腕を掴まれシドの膝へとポスっと腰かける形になる、アダムは慌てて立ち上がろうとしたが、逞しい腕に阻止された。

「食事、ちゃんと摂ってるんだろうな?」
「はい……、とても美味しく頂いてます。そんなことより……」
「これで、ちゃんと食べてる、と?」

 少しだけシドの声色が厳しい気がした。
 回された腕に力が入るのが伝わって来る、なのでアダムは、いつも数えきれないほど沢山の食事が並べられ、食べきれないと伝えた。

「人間の食事量の基準は俺には分からないが、お前は小食なのだろうな、細すぎる。だから風で飛ばされるんだ」

 あんな暴風なら誰だって飛ばされると思ったが、アダムは口を閉じた。
 そんな事よりも首筋にシドの熱い息がかかり、産毛がざわざわと立ち上がる。我慢していても背筋と肩がピクピクと勝手に動いてしまうし、そろそろ限界だと思い、彼にそれを伝える。

「あの……、シドさん。離して欲しいです」 
「なぜ?」
「なぜって……」
「このままでも問題は無さそうだが?」
「は、話し難いです!」

 ふむ、とシドが小さく声を漏らすと、アダムの訴えを理解したのか「ならば、こうするか」と、ふわりと持ち上げ、くるりと対面にさせられる。
 目の前にシドの顔が近付き、更に話し難い体制になった。

「そうじゃなくて、降ろして欲しいです」
「驚いたな、聖天様は我儘ばかり言うのか?」
「うー……」

 わがままを言っているつもりは無いのに、とシドを見れば肩を揺らし、くすくす笑っている。
 その様子を見て、彼はこちらの反応を楽しんでいるだけで、何を言っても無駄だと気が付いたアダムは、プイっと横を向いた。

「それで?」
「え……?」

 彼の大きな手がアダムの頬を掠め、髪を摘まみながら「何か話したい事があったのだろう?」と言う。

「あ、脱走!」
「ハァ……、何だそんなことか、つまらん」
「だってシドさんが昨日、脱走しようって」

 何故か分からないが、彼は願いを叶えてくれる気がしていた。
 シドがアダムの長くも短くもない髪を、つまらなさそうに指でクルクルと弄びながら、こちらの顔を覗き込んで来る。
 その仕草に思わず昨日の口づけを思い出してしまい、頬がカっと熱くなり顔を背けた。
 少し不自然な態度に見えたのかシドは「どうした?」と聞いて来る。
 変なことを思い出していたせいで、彼を見るのが恥ずかしいけど、昨日の脱走の話をしないといけないし、とアダムは仕方なく彼に目線を戻した。

「レミオンのこと知ってますか?」
「お前と一緒に飛んで来た人の子か」
「その子も一緒に連れて行きたいです」

 アダムの話を聞いてるのか、聞いてないのか、じっと見るだけだけで、何も答えてくれない彼を見つめた。
 何かを諦めたようにシドが短く息を吐くと。

「すぐには無理だが、見張りの塔から出れるようにしてやろう」
「本当?」
「ああ、本当だ……。嬉しそうだな?」
「凄く嬉しいです」

 アダムの言葉を聞き、「そうか」と言ったシドの表情は少し曇った気がした。

「この国から出るなら、月に一度、仕入れに出る行商のキャラバンに紛れて行くのが一番良いだろうな」

 ただ行商の荷物に紛れて砂漠を出ると、行き先は決まっており、アダムの家がある町より、更に遠い中規模の街へと行くようだった。
 
「ただし問題がある。キャラバンが出るのが満月日だと言う事だ」
「満月、じゃあ……」
「俺が一緒に行くのは難しい」

 王族なのだから当然だと思った。

「だが、信頼できる部下を付けてやるから、安心していい」
「はい」

 嬉しい、と微笑むとアダムの体に回されたシドの腕に力が入った。彼が見上げてくるが、その表情が何を求めているか読み取れず、アダムは居心地の悪さを感じた。
 しかもずっと膝の上に乗ったままで、それを意識すると、また恥ずかしさが込み上げて来るので、そろそろ帰りたいとシドへ訴えた。
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