電光のエルフライド 

暗室経路

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電光のエルフライド 後編

第二十六話 ユタミアの慟哭 

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 午前九時。 
 講義で使用する第二教室に、警戒人員を除く全員が集合していた。
 昨晩から続く雨は明朝に少しおさまったが、今では激しさを増し、部屋内に立ち込める陰鬱な雰囲気を後押しするように窓を叩いている。

 部屋はカーテンを開けているのにも関わらず、薄暗く、簡易照明二つでも心許ない。
 それに、曇ったガラスがムワッとした室内の湿度の高さを表していた。

 そんな中、俺は俯くユタ・ミアの前——教壇に上がっていた。
 他の人間は壁際で、ユタと俺を囲む様にして様子を見ている。

 「周知の通り、昨晩はユタが許可なく訓練所を離れた」

 そう告げると、より一層ユタが俯き、歯を食いしばっていた。
 現在——俺は軍の規則通り、軍事裁判を行なっていた。
 
 平時にて、正規ルートを通せば軍事法廷で行われるものだが、電光は機密の詰まった秘匿部隊の為、部下の処分は俺の双肩に一任されている。
 戦場でも臨時の軍法会議はあるが、訓練中は平時とみてしかるべきだろう。

 ケースとしては非常に稀——いや、想定していないといっても過言ではない。
 ユタは現在、非常に難しい立場に置かれていた。

 「通常軍法では、脱走した者は懲役六ヶ月以上、禁固七年以下の刑罰が下る。脱走はかなり重い罪が適用される事案だ」
 
 ユタを睨む候補生達も、一瞬動揺が走ったのを俺は見逃さなかった。
 そんなにも重罪だという事を認識していなかったのだろう。

 裏切り者とはいえ、同じ屋根の下で釜の飯を共有してきた家族だ。
 あまりにも重い罪を下せば彼女らにも支障をきたす事は間違いがない。
 
 「知らなかったにせよ、リスクは感じていたはずだ。そこまでして——お前は何故営内を離れた?」

 俺の問いに、ユタは拳を握りしめた。
 暫く——窓に雨が叩きつけられる音が響き渡る。
 数秒が過ぎ去り、不意に、ユタが顔を上げた。
 瞳は涙で揺れていたが——昨日と同じ人物とは思えられない程の、力強い視線を浮かべていた。

 「——ッぉねがいします!!」

 彼女は椅子を蹴りあげる様に地面に伏し、土下座をしながら、

 「皆んなを——ッエルフライドに乗ぜないでくだざい!!」
 
 その言葉に——大人たちだけでなく、候補生達にも動揺した表情が浮かんでいた。
 当然だ、他の連中はユタが臆病風に吹かれて、ただ逃げ出したと勘違いしている。

 「そうか、当ててやろう。お前は街まで行って警察を引っ張ってこようとしたな?」
 
 俺が問うと、ユタは泣き出すのを堪える様に言葉を絞り出した。

 「はい——警察に、ごの訓練所の事を伝えで指揮官達を捕まえて貰おうとしてました」

 全員、稲妻に当てられたかの様な表情を浮かべていた。
 それが事実ならば、もはやユタのそれは脱走なんてチンケなものではなく、部隊——引いては軍に対する反逆行為に等しい。

 「候補生をエルフライドに乗らせなくする為か?」

 「——はい」 

 「良いアイディアだ。俺たちも対立する警察が介入してくればただじゃ済まない。電光の解体は免れないだろうな。成功すれば晴れてお前の望み通り全員がエルフライドに搭乗する事は無かっただろう」
 
 教壇を降り、ユタの前でしゃがみながら言った俺の言葉に、全員が絶句していた。
 脱走兵の計画に良いアイディアだと賞賛したからだ。
 俺はそんな視線を無視して話を続ける。
 
 「しかし、それだと全員が一緒に暮らすという本来の目的は遠のいていた筈だぞ?」
 
 キノトイや他の候補生、ベツガイやセノを除いてのメンバーは、しきりに皆んなと離れるという事に拒否感を示していた。
 生い立ちと境遇を共にし、家族よりも強い絆で結ばれてきた彼女らは離れ離れになるという選択肢は無かったはずだ。

 施設を除き、一般に引き取られれば決して、再び共に暮らす事は叶わなかっただろう。

 「——欲しかったから」

 「何?」

 「皆んながただ、生きてで欲しかっだんでず」
 
 悲痛な叫びが教室内に響き渡る。
 俺は思わずその言葉に俯いてしまいそうになった。
 彼女は本気だ。
 命懸けで仲間を救おうとしたのだ。
 そんな彼女から、俺が逃げ出すわけにはいかない。
 俺は彼女よりも深い——罪を犯す事を腹に決めているのだ。

 「エルフライドは未知数で、危険だ。しかし、合衆国の軍にも採用されつつある兵器で、そう簡単に害が加わる可能性は——」

 俺のそんな言葉に、異を唱える者がいた。

 「ハッばかばかしい」
  
 俺の言葉を遮ったのは、ベツガイだった。
 俺が顔を上げると。
 彼女は不遜に笑みを浮かべ、腕組みをしながら攻撃的な視線を送ってきていた。
 この脱走計画——臆病なユタが実行に移したのは誰か他の人物が介入した可能性が高い。
 
 「ユタに入れ知恵したのはお前か? ベツガイ」

 「入れ知恵?私は独り言に近い妄言を吐いただけですよ」

 ただ、ベツガイはそう吐き捨てるように言った。
 ユタは口をつぐんで俯いている。
 このユタの反応はおそらく——ベツガイから首謀者の名前は出さない様に口止めされていたのだろう。

 わざわざユタに口止めしておいて、このタイミングでネタバラシをする理由は分からなかった。
 ここが反逆の狼煙を上げる起点だと考えたのか、はたまたユタがあまりにも不憫で自身が首謀者だと名乗り出たのか。

 後者であって欲しいと願うのは俺の傲慢だろうか?

 俺たちの交わした会話に、大抵の候補生が首を捻る中、察しのいいヒノがハッとした表情を浮かべていた。

 「お前か、お前のせいか、ベツガイ?」

 「どういうこと?」

 キノトイは状況を把握できていないようで、ヒノに質問する。

 「コイツがミアをそそのかしたんや!」
 
 言うなり、ベツガイに掴みかかろうとしたヒノをシノザキが腕を掴んで止めた。

 「軍議中にはしゃぐな!」

 物凄い迫力で、不穏な空気を出し始めた候補生達を一喝した。
 不遜な態度を取るベツガイですら少しビクリとする程だ。
 シノザキはヒノを掴んだまま、俺を見る。
 察した俺は頷いて、話を続けた。

 「ベツガイ、一歩前へ」

 腕を組んだまま前に出たベツガイ。
 その額には汗が滲んでいた。
 緊張している。
 それが彼女も所詮は十二歳の少女だという証明にも思えた。
 
 「単刀直入に聞こう、何が目的だ?」

 俺が聞くと、彼女は平然とした様に、

 「この施設の再起不能な迄の破壊です」

 そう答えた。

 「何故だ?」

 「犠牲者を出さない為です、セノ・タネコと同様のね」

 セノタネコと同様?
 名前が出てきて思わず彼女に視線を向けたが、相変わらず惚けたまま天井を見つめていた。
 ボーっとした奴だとは思っていたが、ベツガイの言い草では——まさか、それはエルフライドに乗った後遺症?

 彼女らは先にエルフライドに搭乗していた?
 軍は俺たちにベツガイとセノの情報を伏せていた?
 パズルのパーツがハマっていく様な感覚と同時に、様々な疑問が噴出する。

 「説明しろ、ベツガイ」

 「あら、しらばっくれるつもりですか?偽善者ヅラした間抜けな指揮官殿」

 あまりの言い草に、シノザキが眉根を寄せてベツガイに歩み寄るが、俺はそれを手で制する。

 「セノはエルフライドに乗った事があるのか?」

 「……」
  
 挑発を意に介さず、ストレートな俺の質問に、ベツガイは若干戸惑っているようだった。

 「お前はここに来る前、何処に居た?」

 「……月光部隊、聞き覚えがないとは言わせませんよ? まさか電光の指揮官が情報共有されていないなんて事はないですよね?」
  
 そのまさかなんだよ。
 俺は一応副官であるシノザキに聞いてみた。

 「シノザキ、知ってるか?」

 「いえ……初めて聞いた部隊名です」

 そのやり取りに目を剥いたのはベツガイだ。
 だが、直ぐに冷静さを取り戻したかの様な冷ややかな視線を送る。
 信じてないな——なら、
 
 「シノザキ。ベツガイとヒノを伴って、執務室から人事書類を取ってきてくれ」

 俺はそう命じた。




 
ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ


 数分後、茶封筒に入った人事書類を携えたシノザキが、ベツガイとヒノを伴ってやってきた。

 「持ってきました」

 俺は頷き、それをシノザキから受け取って中身を確認する。
 中身はベツガイやセノの出自や記録が記載されてある軍の人事書類だ。 

 もちろん、ベツガイの言う月光とやら部隊に所属していたという記載はされていない。
 そのまま俺は封筒にしまい、ベツガイに手渡した。
 
 「この中には軍から提出されたお前らの情報が入っている。見ての通り、お前らが居る目の前で取ってきた本物の書類だ」

 ベツガイは茶封筒から書類を取り出し、ペラペラと資料を確認する。
 
 「ベツガイ、お前の資料には何と書いてある?」

 「……デタラメです」

 「俺が軍部からもらったお前らの情報だ。間違いがあるのだとすれば、段取りした軍は俺たちに嘘をついていた事になる」

 ベツガイが驚愕の表情を浮かべていた。
 しかし、直ぐにキッとした反抗的な顔へと移行する。

 「それを本気で信用しろというのですか?」

 「俺がそんな芝居じみたバカな三文芝居をすると思うか? お前の情報を得ていたなら、外出先で自由を与える様な真似はしない。そもそも、お前は計画が露呈した時点で全てが頓挫する事は理解しているはずだ」

 ベツガイは思案する様に黙り込む。
 俺はダメ押しする様に、

 「月光部隊、と言ったな。何だそれは?全員に分かるように話せ」

 ベツガイは何とも言えない表情を浮かべながらも、暫く間を空けてから、ポツリ、ポツリと語りだした。
 その内容はおおよそ、十二歳の少女の口から出たにしては、想像だに出来ないような壮絶なモノであった。

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