電光のエルフライド 

暗室経路

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電光のエルフライド 後編

第二十五話 脱走兵 

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 「確かか?」

 「その可能性が高いかと」

 聞けば、ハブ・キョウコがトイレに起きた時、ユタ・ミアが居なくなっているのに気がついた。
 皆んなを起こして辺りを捜索すると、体育館横にある旧正規道路に走り行くユタ・ミアと思しき影が見えたのだとか。 

 慌てて追いかけようとしたが、まずは上に相談した方がいいという結論になり、仲間を起こしてシノザキに報告した——か。
 しかし、よりによって旧正規道路か。
 今は土砂崩れを起こしていて道路が塞がり、急勾配になっていて足場が悪い。

 滑り落ちれば崖へと真っ逆様だ。
 俺はシノザキに命じて、主要道路を警戒する人員を二名、呼び寄せた。
 一名は待機要員だ。
 仮に候補生達の証言が嘘で、共謀犯であるならば、全員呼び寄せた拍子に隠れていたユタがしめしめと主要道路を通り抜ける——なんて事があるかもしれない。

 考えすぎだとは思いたいが。
 
 そうこう思考を巡らせていると、背後の窓を叩きだした雨粒の気配があった。
 土砂崩れ跡地に、雨。 
 ユタが通過している最中だとすれば最悪のダブルパンチだ。

 事態は一刻も争うだろう。
 シミズとトドロキが慌ててやってきたので、旧正規道路に候補生が通過している可能性があるとして、無線機を持って追跡するよう命じた。
 居なくなったと思しき時間は一時七分頃、追跡班二人組のハンターを放ったのは一時十五分。
 本当に旧正規道路を通過しているのならば、小学六年生の女の子が山のプロの追跡は交わせない筈だ。

 とりあえず俺は全員を集合させ、状況把握の為にライトアップした体育館でユタ・ミア捜索本部を設置し、エンジニアを叩き起こしたり、ホワイトボードや地図を用意して忙しなく動いていた時。

 「ミシマ准尉」

 シノザキが無線機片手に、

 「ユタ・ミアを発見し、捕縛したと捜索隊から報告がありました」

 そう告げた。
 捜索本部を設置してから五分。
 脱走騒ぎは意外と呆気ない幕引きとなった。
 外を見やれば雨は強さを増し、ザーザーと降りしきっていた。
 

 



ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ

 数十分後、ずぶ濡れであちこちに傷を負ったユタが涙を浮かべ、シミズとトドロキに手を引かれながら登場した。
 深夜に叩き起こされた全員の視線を受けながら、彼女は俺の前に立たされる。

 その心境は想像を絶する——わけでも無いか。
 その顔には深い絶望、悲しみ、怒り——様々な感情が渦巻いていた。
 全員はユタの前に立つ俺の動向を注視している。
 ——さて、何から言ったものかね。
 俺が口を開きかけた瞬間——。

 「このッ!! 裏切り者!!」
 
 キノトイが半狂乱となってユタに掴みかかった。
 シミズが咄嗟に動き、それをすんでの所で止める。
 候補生達もそれに加わり、キノトイをおさえつけるが——。
 押さえつけた候補生達も、子供とは思えない眼差しをユタに送っていた。
 例外と言えばセノと別蓋、茵だけだ。
 セノはぼんやりとそれを眺め、別蓋は何とも言えない、緊張した様に額に汗を浮かべ、茵に至っては冷めた様な表情を送っていた。
 
 「アンタなんか仲間じゃ無い!! 裏切り者!! 裏切り者!! 裏切り者!! うわあぁぁ!!」
 
 そう言って狂った様に叫び出すキノトイ。
 優等生だった彼女の感情剥き出しの絶叫に、周囲の大人組は愕然とした面持ちを浮かべていた。
 ユタはというと——。

 「ぅ、ぅぅ——」

 頭を抱え、うずくまり、小さく呻き出す。
 まるで全ての糸が切れた人形の様に、その場でピクリとも動かなくなった。
 泣くでもなく、喚くでもなく、壊れた様に呻くだけだ。
 
 この状況は——まずいな。

 「全員、聞け!!」

 俺が初めて声を張り上げると、静寂がその場を支配した。
 続けて穏やかに、

 「今日はもう遅い、話は明日だ。もう寝ろ、今すぐ寝ろ。一分以内に体育館から去れ、さあ早く」

 そう告げて、無理やり全員を寝床に差し向けた。
 キノトイが尚も騒いでいたが、無表情のシノザキに小脇に抱えられて連れ去られて行った。
 残されたのは俺とユタ、状況を把握していない困惑した様子のエンジニア達だけだ。

 「あの、准尉?」

 エマが心配そうに背後から声を浴びせてきた。

 「その子、びしょ濡れじゃないですか。タオル持ってきましょうか?」

 「ああ、悪いが替えの服も頼む。あと、なんかスープ系は無いか?」

 「それならスティックのヤツが何本か」

 ライアンが言うなり奥に消えていった。
 
 「ああ、すっかり目が冴えたぜ」

 トビーは何やらギターを持ちだし、キャンプ椅子を近くに寄せてチューニングをしだす。
 何か気晴らしに弾いてくれるつもりなのだろうか?
 無作法に見えて、エンジニア達は皆んな気が効く良い奴らだ。

 「何事です?」

 チューニングを終えたトビーがポロンポロンと音色を奏でながら聞いてきた。

 「脱走だよ。候補生のリーダーが叫んでのたうち回っていたのは裏切り者、って言ってたんだ」

 言うと、トビーは顔を顰めながら指を止めた。

 「軍人として、それは許されないことです」

 「そうだな」

 「けど、彼女はまだ子供だ」

 音色を再び奏でながら、トビーは続けた。
 
 「誰が彼女を咎められる?」

 その言葉に反応したのは、タオルを持って現れたエマだった。

 「それは軍よ」

 俺とトビーが顔を上げると、エマはわしゃわしゃとユタの頭を拭きながら続けた。

 「彼女達は自分達で決断してここにいるのよ?逃げる者は仲間に殺されても文句は言えない」

 殺されても——か。
 いつも明るい彼女らしからぬ、強い表現だった。

 「現場を知らない子供が戦場に憧れを抱く事はよくあることだ」  

 対照的に、トビーは軽薄な態度を変えない。
 そんな彼に、エマは苛立ちを隠せない様子だった。

 「だとしても、よ。大いなる選択は大いなる責任が付き纏う。免罪される者はいない、あってはならない。軍に所属するのならば大人も子供も老人も、関係ないわ」

 「おいおい、手厳しいな」

 「私の姪はエルフライド候補生として軍に志願した」

 エマの衝撃的な発言には驚いた。
 トビーも知らなかったのか、驚愕に顔を歪める。
 合衆国では、エルフライドのパイロット要員は軍関係の家庭からも選抜されていたとは聞いていたが——まさかエマの姪が参加していたとは。

 「姪が戦場から逃げ出すようなことがあれば、私は迷わず背後から銃弾を浴びせる。じゃないと国を守った過去の英雄達に顔向けできないもの」

 強い口調での言葉だ。
 それだけで、彼女の覚悟が見てとれた。
 おちゃらけた様な態度を見せる時があった彼女だが、最後は軍人としてきちんと責務は果たすつもりなのだ。
 それにしても——裏切り者、か。

 「俺のケツは撃ち抜かないでくれよ、一等軍曹殿。トイレに駆け込もうとしてるだけかもしれないからな」

 絶妙なタイミングで、ライアンがマグカップ片手に現れた。
 うずくまるミアの前でしゃがみ、コトリと側にマグカップを置く。
 
 「ほら、スープだ」

 ライアンが言うが、ミアはピクリとも動かない。
 彼が発したのが合衆国語だから、と言うわけではない。
 スープの匂いがして、声をかけられたら誰でも察しがつく。
 ライアンは暫くミアを見下ろした後、立ち上がって奥に消えていった。
 奥の部屋からは微かにコーヒーの匂いがする。
 俺たちにも何か淹れてくれているのだろう。

 「ミア、ライアンがスープを持ってきてくれた。飲め、落ち着くぞ」

 肩を揺さぶっても、何の反応も示さなかった。
 亀の様に疼くまり、ひたすらに呻き声をあげている。
 疾患を抱えた精神患者を見ている様だった。
 ——これ以上、ここでエンジニア達と彼女を見守るのは得策じゃないな。

 「傘あるか?」

 外はザーザー降りの雨だ。
 グラウンドを挟んでの隊舎に行くまでにびしょ濡れになる事は必須である。

 「ポンチョならありますけど」 

 「それでいい、後で返そう」
 
 俺はエマから受けとった合衆国兵のポンチョをユタにだけ被せ、おもちゃの様に肩に担ぐ。

 「邪魔したな、夜中に叩き起こして悪かった」

 俺は出口へと歩きながらそう告げた。

 
 



ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ


 執務室に戻ってきた。
 ユタからポンチョを外し、タオルで濡れている部分を優しく拭き取ってやる。
 彼女は抵抗する事もなく、されるがままだった。

 しかし——服も着替えさせないといけないな。
 彼女は土砂降りの雨の中、足場の悪い道をひたすら進んでいた。
 泥水に浸かった後もあるし、何度も足を滑らして転んだのだろう。

 体力的にも疲れているだろうし、着替えさせて早く休ませないといけない。
 そう思った絶妙なタイミングで、替えの服を持ったシノザキが部屋に現れた。

 「ミシマ准尉、ユタの着替えをお持ちしました」

 「よし、着替えさせてやってくれ」
 
 彼女は幼いながらも立派なレディだ。
 ここは貴重な女性部下に任せるとしよう。
 部屋を出て、廊下で暫く待つことにした。
 廊下の窓から、グラウンドを挟んだ先にある体育館の方向へと目を向ける。

 常夜灯ではなく、工場内で使用する強い白い光が小窓から漏れていた。 
 まだ起きているのか。
 目が冴えたと言っていたトビーがギターでも弾いているのだろうか?

 『誰が彼女を咎められる?』
 
 トビーの言葉が脳裏に浮かんだ。
 確かに、誰が彼女を咎められるというのだ。
 俺は十二歳の頃に何をしていた?
 精々お袋の作るメシにケチをつけるくらいだろう。
 ユタの絶望した表情も思い出す。
 
 思わず自分の理性を保つ為に自嘲げな笑みがでた。

 彼女の姿は——俺の未来の姿だ。
 俺は子供じゃない。
 一体どうやって軍部の連中——元部下達に咎められることになるやら。
 
 『それは軍部よ』

 エマの言葉が浮かび、自身の死をイメージした最中。
 執務室の扉を少しだけ開け、シノザキが顔を覗かせた。

 「終わりました」

 「そうか」

 部屋に入ると、俯いたユタがソファへと腰かけていた。
 表情は暗く沈み、子供とは思えない絶望感にうちひしがれていた。
 その様相を見れば、どんな間抜けでも彼女が手頃な高所を見つければ直ぐにでも飛び降りる事は察しがつくであろう。

 「私が朝まで監視します」
  
 シノザキが言ってくれたが、俺は首を横に振った。
 今は他の候補生達にも監視の目は置いておきたい。
  
 「俺が見る。シノザキは他の候補生を見ていてくれ」

 「ユタの処遇はどうなさいます?」

 「暫くは執務室だ」

 「宜しいのですか?」

 彼女と候補生達を引き合わせる事は精神衛生上よろしく無いだろう。
 今は隔離して落ちつくまで様子を見るべきだ。
 それに——。

 「なぜ脱走したのかを聞かないといけないからな。明日は九時に全員を集めてくれ」

 「分かりました」
 
 シノザキが執務室を後にした。
 
 「さてと、とりあえず今日は寝るか」

 俺はユタの隣に毛布を放り、向かい側のソファに寝そべる。
 目を瞑りながら、
 
 「ユタ、電気を切ってくれ」
 
 そう言うと、ユタはハッとした様に顔を上げた。
 横目で様子を確認する。
 何故、脱走した様な自分を使うのか?
 そんな顔をしていた。
 だが、彼女は暫く迷った後に動いた。
 彼女は徐に、震える手で天井からぶら下がっている簡易電灯の紐を手に取り、引いた。

 カチッとした音と共に暗闇が訪れ、互いに執務室内での姿はシルエットだけ浮かび上がる。
 一際小さいユタのシルエットはゆっくりとソファに戻ると、再び腰を下ろした。

 「とりあえず横になれ、ぐっすり眠れば良い」
 
 彼女は暫く黙っていたが。
 やがて毛布を手繰り寄せ、横になりながら体に被せる。
 その姿を薄目に確認し、自分と照らし合わせて静かに瞼を閉じた。
 
 人生には、これ以上無いというくらいに最悪な夜を迎える時が、必ず来る。
 明日を迎えるのが怖くて怖くてたまらない夜が。
 今日は彼女にとっての、1番に長い夜なのだ。
 人生の先輩として、言える事があるとすればそれは一つだけだ。

 「ユタ、覚悟を決めろ」

 「——ッぇ?」

 「雨の中走った時と同じ気持ちだ。それを明日にぶつけろ。じゃなきゃお前は終わってしまう」
 
 比喩では無い。
 一度折れた人間が立ち直るのは並大抵の事では不可能だ。
 大事なのは覚悟——そう、覚悟だ。
 ユタの姿は未来の俺だ。

 彼女達に裏切り者と罵られ、場合によっては部下に殺されるかもしれない。
 その時に首謀者が震えて絶望するのか?
 俺は悪く無いと開き直ってやれば良い。
 その為の覚悟だ。

 ユタは暗闇の中——静かに嗚咽を始めた。
 彼女が覚悟を決めたのかどうかは、誰にもわからない。
 ただ俺は——。
 俺自身は。

 微睡の中、そんな決意が脳内を反芻していた。

 
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