27 / 86
電光のエルフライド 後編
第二十四話 不穏な兆候
しおりを挟む「お前らが生まれるより百年以上前の話だ」
何の因果か——とは、もう言うまい。
木造教室のくたびれた教壇に上がっていた。
目の前にはカラフルなジャージに身を包んだ九名の少女達。
彼女らは思い思いの表情を浮かべ、背もたれがひび割れた学校椅子に腰掛けていた。
今日は世の社会人達が浮かれる華の金曜日。
二回目の休日を迎える前に、候補生達に軽く座学の講義を施している。
俺はチョークを小気味良く鳴らしながら、黒板に二つの円を描く。
「とある国家と国家が対立し、戦争をした。血で血を洗う戦争だ。お互いに死力を尽くし、色々な勝ち筋を探る事になる」
赤と白のチョークを駆使し、東西に分かれた世界を表現した。
途端に、間抜けなアンケート解答を読んだ時の様な、何とも言えない気分になった。
いまや宇宙より来訪した侵略者達が地球上、全ての軍を滅さんと鋭意活躍中だ。
皮肉な事に、人類同士の争いの種は芽が生える前に、根本から摘まれていっている。
まあ、今は関係の無い話だ。
「そうなると、とんでもない人材が現れ、とんでもない兵器が生まれた。一瞬で何百人、何万人をも葬りさる、悪魔の兵器を作ってしまったんだ。互いの国はそれを敵陣に向け、暫く睨み合った後、戦うのを辞めた。お互いにその悪魔の兵器を使えば無傷では済まない。互いに納得出来うる範囲の落としどころを決めて、それで辞めにした。さて、今の話を聞いてお前ら、何か気づくところは無いか?」
キノトイに視線を向けると、彼女は唾を飲み込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「私達の——えっと、していた試合と、似ています」
「その通りだ」
孤児院で軟禁状態にあった彼女らは、世界史全般どころか、一般人が何をしているかすら知らなかった。
そんな状況にも関わらず、彼女らは〝理不尽〟サッカーを通して、世界史を再現するかの様な動きを見せたのだ。
策を巡らし、通用しなくなれば別の手を講じる。
戦時国際法に抵触しないよう慎重に、時には大胆に行動する。
さながら戦争中に国家間が兵器の開発合戦をするかの如く、謀略を巡らし、彼女らの試合は非常に見応えがあった。
「結論、人は愚かだ。どうしようも無いほどに、失敗し、争い、深手を負ってなお、同じことを繰り返す。理由は簡単だ、誰もが同じ経験をする訳では無い。例え人類の歴史に刻まれようと、百年経てば誰にとっても初めての経験になる」
言いながら周囲を伺う。
彼女らは一様に、複雑な面持ちへと表情筋をシフトさせていた。
別に少女達を使って、歴史再現の如く神様ごっこをしたかったわけではない。
味方の技能や能力を全力に引き出し、敵役の兆候や個癖に関してまで策定する状況を演出したかたっただけだ。
今回の擬似戦争はかなり彼女らに好影響を与えたと思う。
「つまり、君らは良い経験をしたという事だ。その経験はエルフライド搭乗時に活かされる事だろう」
なんとなしに言った俺の発言に、空気がピリリッと張り詰める感触があった。
俺は候補生達の表情を伺う。
その顔には緊張感が漂っていた。
未知なる兵器に搭乗する事への不安か、はたまた——。
「あの……」
珍しく手を上げて質問してきたのは候補生達の中でも臆病な印象のあるユタ・ミアだった。
彼女はおずおずといった様に手を振るわせながら高く上げていた。
「なんだユタ?」
「その、エルフライドには——いつ乗るんですか?」
「週明けだ。月曜日からは本格的に搭乗するぞ」
影を落とした様に暗くなる候補生達。
こんな士気でエルフライドなる未知の兵器に搭乗すれば怪我では済まないだろう。
「君らに聞いておきたい事がある」
俺が切り出すと、彼女らは顔を上げた。
「君らは今現在、搭乗する意志はあるか?宇宙人の兵器をそのまま流用する訳だ、人体にどんな影響があるかは正直分からない。最悪、死に至る可能性もなくは無い、エルフライドは分からない事だらけだ。乗りたくないならいつでも申し出ろ」
俺の発言に候補生達は驚きを浮かべていた。
珍しくベツガイが徐に手を上げた。
「乗らないでいい……選択肢があるんですか?」
「ああ、別に乗りたく無いなら乗らなくていい。咎める事もしない。君らが嫌なら無理に乗らせない」
「そうしたら——私たちはどうなるんですか?」
今度はキノトイが質問する。
「一般に養子として出される事になるだろう。心配するな、孤児院長の様な人間に君らを渡す事は絶対にしない。責任をもって、良識ある家庭に君達を保護する様に動く。万が一何かあっても、手段を講じる手筈は整えるのは約束しよう」
「私たちは——ッ」
キノトイが勢いよく立ち上がる。
「一緒に、いられますか?」
暫く、静寂が支配した。
このまま黙っていれば何時間でも時は止まったままだっただろう。
俺はムカムカとしだした胃をおさながら返答をした。
「それは難しいだろう。仮に——」
「私たちは、一緒に居たいんです」
そうだろうな——。
面談の時からそれは分かり切っていた事だ。
彼女らにとって、家族である孤児院組は離れ離れになるという選択肢をとらない。
例え、命尽きる軍に身を置こうと——。
「もしこんなご時世じゃなきゃ俺が面倒見てやりたいが……俺たち軍は最悪無くなるかもしれん。後のことは後任に任せるが——保証はしかねる」
言うと、一層候補生達に影が差した様に感じた。
「全員、良く考えろ。明日、明後日は休みだ。体を休めつつ、しっかり自分たちの将来を決めろ。どんな結果になろうが、それはそれで良いんだ。それが人生ってものだからな」
候補生達には本日は解散だと告げて、俺は教室を後にした。
ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ
気づけば陽は傾き、夕暮れ時の淡い光が窓から差し込んでいた。
三時間、いや、四時間以上か?
その間、俺は執務室に篭ってミシマの手記を広げ、新たな訓練計画を練っていた。
各人の個癖を考慮したエルフライドの隊形の立案。
こんなもの、彼女らが軍を拒否すれば無用の長物だ。
だが、俺はひたすらにペンを走らせていた。
彼女らが軍を辞めると言えば全て丸く治る?
俺は晴れて任務を終了し、子供達を戦場に送る事はなくなる。
いや、そんな甘くは無い。
分かっている。
分かっているんだ。
『乗りたくないなら、乗らなくていい』
ああは言ってみたものの、それを軍が許すとは思えない。
後任が送られてくる、もしくは任務を強制されると考えるのがベターだ。
そうなれば俺は指揮官として不適格のレッテルを貼られて更迭されるか秘密保持の為に拘束される運命になるだろう。
被害者がすり変わるだけだ。
場合によっては現在の候補生達も割を食う羽目になる。
軍による制裁——それが実行されれば、現状戦力では対抗できない。
味方も少ない。
軍と対立してまで、電光中隊の大人組が俺に付き従うとも思えない。
拘束側に回ると考えて、妥当だろう。
頼りになるのは——現状では叔父だけだ。
『おお、そう言うと思ってな、実はもうキャンセルの打診は独断で行なった。公安を通じてな』
俺はあのショッピングモールでの叔父との通話を思い出していた。
確かに叔父は、公安を通じてと言っていた。
公安は国家犯罪に携わる人間の捜査を行う、警察の秘蔵っ子機関だ。
現在の情勢化において、軍と警察は対立構造がある筈。
そんな中、叔父の発言は公安とのパイプラインを持っている事を示唆していた。
ならば——。
最悪の場合、エルフライドごと警察機関に亡命出来ないだろうか?
軍のエルフライドは人地を超えた、世界のパワーバランスさえ変えうる圧倒的な兵器だ。
叔父と公安が通じているのならば、警察機関はエルフライド部隊の存在を認知している筈。
軍が宇宙人との戦争に勝利を納めれば、目の敵にしていた警察機関や国民達に矛先を向け、軍政を敷く事を恐怖するのは当然だろう。
そうなればエルフライド部隊ごと警察機関に亡命を考えていると打診すれば——警察は飛びつく筈。
しかし、それをするにしても、候補生達のエルフライド操縦技術がある程度の練度は必要になってくる。
結局彼女達にエルフライドに乗ってもらわなければ困るのは、俺だ。
俺はあんな事を言っておいて、彼女達にエルフライドに乗る選択をする事を期待している。
だから今になってあんな事を言い出したのだ。
懐柔するために休日を設け、指揮官らしく振る舞い、彼女達にとって、俺がプラスに働く様に演出して、誘導してきた。
全ては身体にどんな影響を及ぼすかもしれないエルフライドに乗らせるために——。
気づけば、握りしめていたボールペンは半分に折れてプラスチック部分が紙面に砕け散っていた。
コンコンッと。
不意に扉をノックする音が鳴った。
元はペンだったプラスチックの残骸をゴミ箱に放り捨て、どうぞ、と促すと。
シノザキがコーヒーを片手に部屋へと入ってきた。
コトリと置かれたカップをすかさず口元に運ぶ。
恥ずかしくなるほどに馬鹿らしいが、この苦い液体を飲むことすら俺にとっては罰に感じていた。
「いつもすまんな。ありがとう」
「……いえ、失礼します」
俺はそのまま退室しようとするシノザキを呼び止めた。
「まて、何か言いたい事は無いのか?」
あの時、一番に異を唱えるのはシノザキだと思っていたが……。
彼女は何も言わなかった。
俺はてっきり、胸ぐらを掴まれて糾弾されるのとばかり思っていた。
しかし、彼女の返答は——。
「……特にはありません」
「候補生達への発言は不適切だったとは考えないのか?」
「乗りたくない者を無理やり乗せても作戦に影響しますからそれに——」
シノザキが最後まで言いかけた時。
またもやノックの音が響いた。
「入れ」
言うと、キノトイがゾロゾロと候補生達を引き連れ、部屋へと入ってきた。
シノザキは一歩下がり、俺の背後に控える。
キノトイは、俺の目をまっすぐ見ながら口を開いた。
「指揮官……私たちの話を聞いてくれますか?」
「なんだ?」
「私たちはエルフライドに搭乗し、宇宙人と戦いたいです」
俺は内心安堵した自分を恥じていた。
同時に、自身が演じる指揮官としての仮面の影響か、喜ばしくも思っていた。
死地に赴く特攻隊員の勇猛さを讃える様な、歪んだ高揚感を覚えた事に吐き気すらする。
「生きてさえいればお前らはいずれ再開出来る。だとしても、か?」
「はい。私たちはずっと一緒に居ると誓ったんです」
彼女達は知らない。
一般家庭に孤児院長の様な人間が少数派である事を。
彼女達は知らない。
普通の子供達がどんな生活をして、どんな夢を見ているかを。
彼女達は知らない。
俺という人間が何者で、何を成そうとしているかを。
「分かった、きみらの覚悟をしかと受け取った。喜ばしく思う。とにかく戦いはまだ先だ、今は明日の休日の事を考えておけ」
だが、それを俺は教えない。
都合が悪いからだ。
外出時に一般人をよく見ておけとは伝えている。
しかし、それでは分からない、分かるわけがない。
彼女達にとって、外の世界なんざ虚構に等しい。
頷いた候補生達がゾロゾロ部屋から出ていくと、それを静かに見送っていたシノザキがポツリと口を開いた。
「候補生達ならば、その選択をとると思っていました。私が着任した時と比べ、彼女らは着実に成長しています。軍人としても、人間としても。眩しいですよ、アイツらの事が」
シノザキは背を見せたまま、ドアノブに手をかけた。
「私は……何も変われていません」
扉がパタリと閉まる。
部屋で一人、机に顔を伏せる。
変われてない、か。
俺は変わったよ。
少なくとも良い方向で無いことは確かだ。
そんなつもりは無いにしろ、子供達を死地に送る決意をさせる様に誘導した。
彼女達は俺が軍を裏切り、彼女らに唯一の生き残る道を示した時——。
果たしてそれを承諾するのだろうか?
分からない。
まだ、彼女らとは関係が浅すぎる。
彼女らは——。
俺は胃から込み上げるものを机にぶちまけた。
訓練計画を咄嗟に避けた事すら、もどかしく思いながらぶちまけた。
食道からは絶え間なく熱いものが込み上げた。
これが罰ならば、安すぎる。
俺は頬を二度強く叩き、叫び声を上げたくなるのを必死に堪えた。
吐瀉物を片付け、綺麗に拭いた机上で再び紙面にペンを入れ始める。
構うものか。
そうだ、俺は悪魔にでも何でもなってやる。
目の前の偽善をやり遂げる。
ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ
それから何時間が経過しただろうか。
暗くなった室内で、ランタンの灯りを頼りに運用計画の大綱に取り掛かった時だ。
「ミシマ准尉、起きておられますか」
ノックは無く、珍しく慌てた様なシノザキの声が扉奥からした。
「入れ」
勢いよく扉を開けたシノザキの背後で、キノトイが真っ青な顔色を浮かべているのが目に入った。
「どうした?」
そう問うと、シノザキは無表情のまま、
「ユタ・ミアが、訓練所を脱走しました」
そう、答えた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
14
1 / 4
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる