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電光のエルフライド 後編
第二十三話 【シノザキ・ユリア】1
しおりを挟む私にはつまらない秘密がある。
それは私がこの国で一番の愚か者であると言う事だ。
シノザキ・ユリア。
愚か者の名前だ。
会社経営をする父と、教師をしている母、二個年上の姉が一人の四人家族だ。
都会が一望できるマンションを借りて暮らすほど、裕福な家庭だった。
そんな中、選民意識の高い両親は私達姉妹を厳しい躾をして育てた。
習い事はいくつも掛け持ちさせ、成績が良くないと食事を抜かれたり、本を取り上げられたり、睡眠時間を削られたり、と。
暴力は振るわれないだけで、一般的に見てもかなり厳し目の罰をくらっていた。
布団について寝るまでスケジュールが決められた毎日。
さながらロボットの様に生き、物心つくころから感情が希薄な私はもちろん友達なんて一人も出来なかった。
姉はお調子者というか、そんな家庭でも明るく振る舞っていた。
しかし成績は私より低く、両親はよく、明るく振る舞っていた姉を叱りつけていた。
「なんでそんな成績で笑えるんだ?」
「塾が悪いのかしらねぇ? 先生に抗議の電話を入れなくちゃ」
塾の講師と仲の良かった姉は泣いて土下座しながら謝っていた。
両親は良い薬だと思ったのか、無慈悲にも抗議の電話を入れ、社会的地位の高かった両親の圧力におそれを成したのか、塾側は講師を解任した。
そんな生活が続き、遂に姉が爆発した。
姉が高校一年生になった時の事だ、彼女は一人、手紙を置いてこの家を去った。
両親は当然狼狽し、警察に駆け込んで捜索願いを出す。
それでも一年以上、何の手がかりも掴めれず、姉は蒸発したままだった。
両親はその事件を経て、ようやく厳しすぎた教育を悔いたようだった。
私に対して腫れ物を扱う様に接し、唐突に自由を与えたのだ。
私はそれを受け——今まで燻っていた感情が燃え上がっていくのを感じた。
言うまでもない、それは怒りの感情だ。
何のことは無い、両親は私を縛り付ける為に自由を与えただけだ。
結局は何一つ、現状は変わらない。
憎い。
ただ、ただ、憎かった。
彼らは——私の人生を奪うことしか考えていないのだ。
その時、私は本気でそう思った。
そうなれば、やる事は一つしかない。
復讐だ。
私は両親の全てを否定する為、とある計画を練った。
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「ど——ッどう、して」
泣き崩れる母親、呆然と立ち尽くす父。
床で這いつくばる母親の目の前には、クシャクシャになった軍の合格通知が落ちていた。
「もう決めたの」
私は全国模試では上位に位置する成績を維持していた。
習い事も継続し、交友関係もゼロ。
姉と違い、従順すぎる私に両親は警戒していたが、目を見張る様な成績に次第に油断していったのだろう。
このままいけば有名大学に進学——両親もそんな私に期待して、自慢の娘であると周囲に吹聴していた。
そんな両親に私が軍に進むつもりだと伝えると——。
ああ——。
私の気持ちは昂っていた。
復讐が為されたのだ。
泣き崩れる母親を見下ろす私の顔は、一体どんな表情を浮かべていただろうか。
父は絶望した表情を浮かべたまま、母の肩を抱いた。
残念だったね、理想の娘じゃなくて。
私は踵を返し、一度も両親の顔を見ることもなくバッグを担いで軍基地を経由するバス停へと向かった。
ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ
軍隊というものは、いきなり新兵が部隊配属されることはない。
三ヶ月の新兵基礎教育期間を経て、希望通り、又は素養に合わせて割り当てられた専門兵科の教育三ヶ月をこなし、ようやく部隊配属となる。
女性は女性のみの訓練所の為、当然教官たちも女性だ。
軍基地に到着するなり、パリパリにアイロンがけした迷彩服に軍帽を目深に被り、後頭部に団子ヘアを除かせた助教達が受付をしていた。
様々な検査を受けた後、組み分けされて面談が行われる。
その時、担当になった班長からこんな質問を受けた。
「この経歴は本当か? 絵に書いたような優等生だな。何故軍を選んだ?」
「私は純然たる愛国者であります。この国に献身しようと考えた時、それは皇国の剣である軍に入隊する事が最適だと判断しました」
私がツラツラとそう告げると、班長は神妙な面持ちで足を組んだ。
「たまに要るよ、お前みたいな子が。真面目を煮詰めてジャムみたいに赤々とさせちゃってる子がね。アンタみたいな存在は私ら助教からしても眩しいよ」
最適な回答をしたつもりだが、助教は不機嫌そうになった。
「でもね、ジャムは腐るんだよ。理想と現実の違いに直面してね」
部隊内に存在する腐敗の事を言っているのだろうか?
芸の無い、陳腐な比喩的表現に辟易しつつ、わたしは返答する。
「腐らない努力をするつもりです」
「具体的には?」
「〝隠密〟、〝潜水〟、〝空挺〟、〝剛拳〟の徽章を取得し、最精鋭部隊を目指します」
助教の顔色が変わった。
当然だろう、それは軍最高峰の難関な課程を意味する。
わかりやすく言えば偵察任務、スキューバダイビング、パラシュート降下、格闘を軍で公的に行使する為の資格を取得したいという事だ。
しかし、いずれも国家資格よりも難関であり、訓練を積んだ健常者でも脱落する事は多分にある。
「よく調べているな。結構、結構。だが、軍の教育課程は学校の部活とは違うぞ?私も含め、何人もの女性兵士がその課程をクリアしようと挑んだが——」
知っている。
女性兵士で課程をクリアした者はいない。
「屈強な男性隊員ですら合格率10%の関門を女で、お前ならクリアできると言っているのか?」
「可能です」
「是非聞かせてほしいね、どうやってクリアするつもりかを」
「課程中、殉職すれば課程をクリア出来た事になると聞きました」
私の言葉に、眉根をピクリと動かした班長。
言葉通り、訓練中に死ねばクリア扱いになるのが特徴だ。
何とヌルいことだろう、結局は負け犬の称号ではないか。
しかし、死ねば死んだらで両親への復讐につながる。
私の復讐はまだ続いているのだ、もし最前線で私が戦死すれば一体両親はどんな反応をするだろうか?
そんな事を本気で考えていた私は構わず続けた。
「訓練ごときで死ぬつもりはありませんが、怪我等で継続断念と判断された場合、その手段を講じます」
「……ふふ、言うじゃないか、シノザキ二等兵。じゃあ、そうだな……なら、この基礎課程はビシバシ行ってやろう。どうだ、嬉しいか?」
「はい、お願いします」
宣言通り、新兵教育隊では助教から親の仇の如くかわいがりを受け、狙い打ちにされた。
時には暴力を振るわれ、厳しい言葉で攻めたてられた。
一人だけ、明らかに処遇が異なる。
同期達がこの異常な光景に怯え、基地内でもその様子は有名になり、私の話題で一色になっていた。
しかし、私はそれらを全て受け止めた上で、当たり前の様に最高成績で新兵訓練を終えた。
「お前なら必ずいけるだろう、体力的にはまだまだ詰めなければいけないだろうが——まあそれもお前ならこなすのだろうな。お前だけモノが違う。度胸も、裁量も、容姿もな」
助教達は私を褒め称えていた。
まるで自分たちの夢を私に託すかの様に、私を送り出した。
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部隊に配属される頃には、私の事はある程度話題になっていた。
最前線への配置と、最難関課程を希望する稀代の潜在能力を持った女性兵士。
軍は私を女性兵士のモデルに据えたてようとするほど、猛烈にプッシュアップしていた。
まるで軍から最大限の支援を受ける様に、通常ではあり得ない速度で課程を受けるチャンスが到来する。
課程でも一番過酷だとされる、〝隠密〟だった。
下心を丸出しにした、中隊でも課程修了者である伍長達に半年前からセクハラまがいのボディタッチを受けながら訓練を積んでもらい、あらゆる対策をした上で送り出された。
結果は言うまでもなく、女性初、極め付けは所属する中隊の中では課程で初の表彰を受け、今期課程最優秀偵察兵の称号も受けた。
その事はテレビでも報道され、希望で顔は出さなかったが、名前だけは全国に知れ渡った。
数えきれない取材を受けたりもした。
続いて、私は〝剛拳〟の格闘教育課程をクリアする。
同じ様に最優秀格闘兵の称号を受け、軍で初の格闘教官となった。
またも褒め称えられる毎日。
名声に羨望野眼差しをうける日々。
災害派遣された際にはサインを求められた。
「私、大きくなったらシノザキ上等兵みたくなりたいです!」
倒壊した家屋から助け出した少女から、そんな言葉を受けた。
私は何と返していいか分からず、頭を撫でてやるにとどめた。
私みたいになりたい、だと?
両親に復讐を誓い、その為だけに軍に貢献してきた私に?
私になりたい?
私は——。
私は——。
私、は。
その時からだった。
途中、自分が何の為に今までやってきたのか分からなくなった。
復讐、復讐なのか?
軍に入り、最前線に行く事が復讐?
優秀な兵士になる事が復讐?
尊敬され、称賛され、対照的に幼稚な復讐心を保持する自分が一体何者なのかが分からなくなっていた。
私は一体何がしたかったのだ?
そんな想いが心中を駆け抜けた。
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『本日未明、太平洋上に不時着した未確認飛行物体から、人型を模した戦略兵器が数千機飛びたち——』
とある日のことだ、基地内の放送で流れたのは突拍子もないSF映画の様な内容で、皇国軍は即座に第二種警戒体制に移行した。
宇宙から飛来したという侵略者があらゆる国家の軍に攻撃を開始したらしい、基地は騒然となり、偉そうにしていた上官達は勇ましい言葉を吐きながらも目の奥には怯えが潜んでいた。
世論も変わった。
当初は軍に期待も集まっていたが、軍以外は攻撃されないと知るや否や、〝勝算無き戦争に軍は必要なし〟といった様な主張が流行し、メディアでも取り沙汰される様になっていった。
近いうちに受験予定だった〝空挺〟と〝潜水〟の教育課程は中止となり、ダース単位で除隊していった兵士達の影響で部隊は再編成を繰り返していく。
そんな黙示録さながらの軍内部で生活していると、除隊間近の若手尉官から呼び出され、とある提言があった。
「お前は稀有な才能の持ち主だ、軍でなくとも、お前なら何処でもやっていけるだろう」
「……」
私が黙っていると、ダメ押しの様に男は続けた。
「お前は両親とは疎遠だったな、行くところはあるのか?」
「私には行くところはありません」
「私は地元で就職が決まっている。一緒に暮らさないか?」
最低のプロポーズだった。
この非常時に優秀兵士である私を引き抜き、一緒に暮らさないか、だと?
この間抜けはただ単に臆病風に吹かれて逃げ出すだけでは無いか。
思わず吹き出してしまった私は、ある事に気がついた。
以前の私なら——この男に臆病者め、とそんな軍人さながらの不快感をもつ事は無かっただろう。
もしかしたら私は——軍が理想とする軍人の、偽物のシノザキユリアに近づいているのでは無いか?
「失礼しました、先程の発言は訂正します。私の行く場所は決まっておりました」
「ほかに、アテがあるのか?」
フラれてショックを受けたかの様な男の表情に益々不快感が募る。
私は気をつけの姿勢をとり、
「戦場であります」
お手本の様な敬礼をして、その場を去る。
若手尉官が驚嘆に包まれた表情を浮かべたそのとき、私には確かな高揚感があった。
幼稚な復讐に身を委ねるシノザキ・ユリアよりも、私が生み出した軍人のシノザキ・ユリアの方が——百倍マシだ。
考えてみれば両親を悲しませる為に死ぬなど、しょうもないでは無いか。
兵士として、国家を守る為に戦場で死ぬ。
その方が人として美しいし、崇高ではないか?
私は自身の幼稚なアイディンティティを捨て去る為に、軍人のシノザキユリアとして死ぬ事を決めた。
応援ありがとうございます!
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