電光のエルフライド 

暗室経路

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電光のエルフライド 後編

第二十ニ話 今後の方針

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 ボロボロとか、ヒュードロドロとか。
 決して肯定的で無い擬音が滲み出てそうな、山中の寂れた木造廃校舎の軍のなんちゃって訓練所に来て、早いものでもう一週間が経過していた。
 思えばこの一週間、本当に色々あった。

 叔父のバイトの誘いから始まり、気づけば天変地異前のネズミの様に高飛びした軍人の代わりに指揮官業務をする事になっていて、しかもその対象が人類を救わんとする小学生パイロット候補生達だとすりゃ人生八十年の最も濃密な百日間をここで過ごす事になるのは火を見るよりも明らかだった。

 着任するなり、軍の化身の様なシノザキ伍長とぶつかったり、何も知らない候補生達を街に連れ出したり、理不尽な試合形式のゲームをさせたり。

 まあつっても、百日間の内の七日が経過しただけで、まだまだやる事は山積みだ。
 なんせ、まだ本命のエルフライドとやら借りパク宇宙兵器に乗ってすらいないのだ。
 これからが本番であり、正念場になってくるだろう。

 とまあ、人類が滅べば紙切れ同然になる手記の内容はこんなもんでいいかな?
 回想を終えた俺は緩んでも無い頬を張って、無駄に立派な執務机から立ち上がる。

 「おっと」

 部屋を後にしようとして、卓上に置き去りにされた黒い物体に気がついた。
 副官のシノザキ伍長とは幾度となくぶつかってきた為、好感度が恋愛シュミレーションゲームの様にパラメータ可視化されたのなら見事なまでのマイナス値を記録しているだろうが、未だに毎朝俺が執務室に入る時間には律儀にコーヒーを湯気立たせて置いておいてくれている。

 まあ、全然コーヒーは好きじゃないのでありがた迷惑ではあるが、上司的立場からしてはいじらしく、瑣末な驕心が刺激される。
 ……なんてね。
 全く、この前までニートやってた男が何を言ってるんだか。
 自虐的な笑みを浮かべる前に、冷めたコーヒーを一気にあおった俺は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた事だろう。

 さて、理不尽サッカーに一区切りのついた今日は候補生を連れ、朝から施設巡回第二弾を行う。
 着任してから色々調べてみれば、警備の運用体制やエルフライド使用時に行う電磁波対策など、多数の問題点を発見した。

 それを今回は世直しの旅の如くスマートに解決し、それを候補生にも見てもらって軍のお粗末さを体感してもらおうと言う訳だ。
 イマジナリーのマントを翻した俺は颯爽と執務室から抜け出た。

 





ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ
 
 「さて、最初はここだ」
 
 シノザキとエンジニア、候補生達を連れ、俺は唯一の車両通行が可能な獣道を下降し、警戒要員が哨所としている場所へと辿り着いていた。
 錆びついたポールとチェーンが目印で、車両が来たとしてもこれを外さねば通れない。

 そんで車から降りてきた所を隠れていた兵士がビックリ箱の様に飛び出し、誰何するという寸法だ。
 俺たちが姿を見せると、森と同化していた兵士達がガサリと林から姿を現す。

 全員顔に迷彩用顔料ドーランを塗りたくっており、中世代のタイムスリッパーが見れば妖怪の類かと勘違いするであろう異様な出立ちだ。
 中隊でも歴戦だという掘りの深い南方風なイケメンのフルハタ伍長を筆頭に、塩顔のシミズ伍長、可愛い後輩顔のトドロキ上等兵の三名で構成されるメンバー。

 フルハタ伍長は代表する様に一歩歩み出て、俺の前に立つ。

 「どうされました?」

 「今日は候補生達とエンジニアを連れてちょっとした社会化見学だ。ついでに警戒にあたっての運用を多少変えようと思っている」

 「は、はあ。そうでありますか」
 
 戸惑いながら顔を見合わせる三人。
 俺は構わず声を発した。

 「ずばり聞く。今哨所での警戒にあたって、直面している困難な事はなんだ?」

 「は? 困難でありますか?」

 「言い方を変えよう、そこで生活するにあたって大変な事を教えてくれ」

 フルハタはライフル銃のグリップから手を離さないまま、顎に手を当て思案のポーズを作りながら、

 「時期的にマダニによく刺される事ですかね」

 何となしと言った風に答えた。
 は? マダニだと?
 確か哺乳類系の動物に噛みついて血を吸う、ダニの一種だった気がする。

 一度噛み付いたら中々離さない。
 無理して引きちぎる様に取れば、ダニの頭だけ残って他の動物の細菌ごと血が逆流し、下手したら宿主は死ぬとかいう——曰く付きの虫じゃないか。

 おいおい、労働環境としては劣悪すぎだろう。
 何故コイツらはこんな所で平気な顔をしている?

 何故寧ろ健康そうなんだ?
 何故勇足で労動組合に駆け込まない?
 今ならもれなく軍人を除いた全国民が味方してくれるだろうに。
 いや、もしかしたら生活の場は割と快適なのかもしれない。

 気になった俺は彼らの領域へと踏み込む事を決めた。

 「生活スペースを見せてくれ」

 「はい、ちょっと入り組んでますがどうぞ」

 入り組む?
 深く追求する事なく哨所、もといただの林へと足を進める。
 ガサガサと草を掻き分けながら進んで行くと、

 「ああ、穴がありますので足元にお気をつけ下さい」

 そう、兵士が言った。
 は? 穴だと?
 目を見やると。

 地面から四十センチ程掘られた溝のような物が、奥の見えない程木々が密集した密林へと伸びていた。
 ほう、塹壕ってやつか。
 どうやらこの溝が通用路となっており、密林の先に宿泊地があるようだ。

 トドロキ上等兵はその溝に飛び降り、屈んだ姿勢で飛べないカエルが歩く様にずりずりと先行して進んで行った。
 俺たちも追いかけるように飛び降り、追随する。

 「この先で寝泊まりしているのか?」

 「はい」
 
 密林の下を潜る様に、宿泊地とされている地域に侵入する。
 そこで、俺は目を疑う事になる。

 「ここが野営地です」

 トドロキが中に入り、案内したのはただの密林をくり抜いた四平米くらいの狭い空間だったのだ。
 隅に申し訳程度のタープシートが張っており、そこに鍵付きの箱やら何やらが置いてあった。

 「寝る場所は?」

 「ここです」
  
 トドロキ伍長が指したのは、屋根も無い、枯れ木が敷かれただけのただの地面だった。

 「屋根も無いじゃないか」

 「ポンチョを敷いて寝ておりますので、中々快適ですよ」

 「シノザキ、俺は海外勤務専門だったからイマイチ分からんのだが、哨所の警戒ってのはこれが普通なのか?」

 「……作戦が長期の場合はもう少しちゃんとした野営地にはします」

 おいおい、シノザキですら顔を顰めているじゃないか。
 ていうかお前は認知しておけよ、先に着任した副官だろうが。

 「えっと……」

 何と言ったら、という風に言い淀むトドロキ。
 そこで、後方からフルハタがお言葉ですが——と、端を発した。

 「最早軍の権威は失墜し、国民は我々を目の敵にしている状況です。万が一の場合は速やかに展開、撤収できる様に万全の状況にしております」

 まあ、そこまでの意気込みは賞賛に値するが、いかんせんやり過ぎ感は否めない。
 我慢大会の如く、劣悪な環境で警戒にあたっているのは頂けないな。

 「もし民間人が上がってきた場合はどうするつもりだ?」

 「拘束します」

 拘束だと!?
 もし拘束した対象が誰かに行き先を告げていて、捜索隊が出されたらこの施設が発見されてしまうじゃないか!

 紆余曲折の末、警察機関と銃撃戦なんかになったら目も当てられない。
 最終的には特殊部隊なんかも出るだろうし、如何にこちらが火力で勝っていても物量には叶わない。

 「これは上の発案か?」

 「運用に関する項目は中隊に一任されております」
 
 と、シノザキが答えた。
 俺は脳裏に無気力感を放出するたぬき親父がタバコを蒸す所まで想像した。

 「タガキ中佐か?」

 「我々が提案しましたところ、〝好きにすれば〟と仰っていたので」

 やはりたぬき親父だったか。
 これは早急に方針転換が必要だろうな。
 こんな完全武装で哨所に歩哨を立てるのも間違っている。
 民間人を装ってやり過ごせばこと足りるだろうに。

 「お前らはどう思う?」

 エンジニアにうながすと、
 彼らは狭いスペースでヤンキー座りしながら、

 「いや~皇国の軍人は気合い入ってますねぇ。まるでゲリラ戦している特殊部隊スペシャルフォースの潜伏地みたいです」

 「すぐ上に施設があるのに、何故彼らはここに全員張り付いているのですか? 交代で休みに行けばいいのに」

 「軍服で民間人に遭遇した場合はどうするんです?」

 世界最強の軍隊所属であるエンジニア達ですらこう言う始末だ。
 分かりやすくため息を吐いた俺は彼らへと向き直った。

 「逆転の発想をしよう」

 一本指を立て、注目を集める。
 人間という者はふとした動作に視線を寄せられるものだ。

 「お前らはとある社会奉仕活動をする団体のボランティアだ」

 「は? 違いますが?」

 「まあ、聞け。その団体は心の傷ついた少年少女達を山に囲まれた施設で療養する事を目的としている。そしてお前らはそのボランティアの若き用務員だ」

 「は、はあ」

 「俺たちの格好を見ろ」

 ジャージ姿の俺たちは単なる一般人にしか見えない。

 「どこから見ても一般人だ、お前らもそうしろ」

 「では、見張りはどうするのですか?」

 「見張りはやってもらう。しかし、お前らはあくまで用務員だ。一般人が訪れたらこの施設の事を伝え、お引き取り願ってくれ。それでも食い下がってきたら案内しろ。俺たちもボランティア団体の活動をしている様に振る舞う」

 「し、しかし。それは余りにもリスキーでは?仮にも合衆国から受領した兵器がありますので」

 拘束の方がリスキーだよ、おバカちゃん共め。
 俺はそれから数十分の間に渡る説得をし、その間にシノザキに取りに行かせた余分なジャージとパイプ椅子を持ってきた。

 いそいそと迷彩用顔料を落としてジャージに着替えてきた三名は、俺が設置したパイプ椅子を見て訝しげな顔をする。

 「これは?」

 「用務員らしくパイプ椅子に座って見張っていろ。誰か来たらこちらに知らせる手段も講じないとな」

 「無線ではいけませんか?」

 「無線はエルフライドを使用したらぶっ壊れちまうんだよ。その場で待たせておいて、俺に伝えに来い」

 「分かりました」

 分かりました、か。
 返事は良いんだが、ちょっと心配だな。

 「俺が実演する、トドロキは一般人役だ。想定としては廃墟マニアが一名、単独で撮影の為に登ってきた所、パイプ椅子に座った男と邂逅する。はい、スタート」

 パンっと手を鳴らして寸劇を開始する合図とした。
 童顔のため、ジャージ姿では高校生にしか見えないトドロキが戸惑いながらも通行人を演じてぎこちない足取りで歩いてくる。

 「あれぇお兄さん、どうしました?」

 俺が近所のフレンドリーなおっさんの様に振る舞うと、トドロキは暫く面食らっていた。
 しかし自分の役割を思い出したのか、ハッと我に返り口を開く。

 「あ、あの……廃墟の撮影に」

 「撮影? 困るなぁ、今ここは私有地なんですよぉ~。民間のボランティアがねぇ、購入して拠点としているもんですから」

 「あ、そうですか。わかりました……」

 「はい、とまあこんな感じだな。だが実際はもっと食い下がってくるだろう。こんなけったいな山奥にわざわざ撮影にくるんだ。労力を惜しんで何かを得ようとするに違いない。その活動を見せて欲しいとかな。あまりにもしつこい様なら『責任者に聞いてくる』と伝えろ」

 「しかし、それではこの施設の事が、記録として残ってしまいますよ。そうなれば必ず弊害が生まれます」

 「残せない様にすれば良い」

 「どうやって?」

 「エルフライドを起動し、浮遊させれば侵入者の電子機器は全部ぶっ壊れるからな」

 俺の言葉に周囲にいた大人達が絶句する。
 なんだ?
 エルフライドの特性、電磁波放出を使って電子媒体を破壊する。
 良いアイディアだと思ったのだが?

 「それでは余計に侵入者がこの地域の事を印象に残す事になると思いますが? 場合によっては後続が来る可能性もあります」

 「来訪者の記録は残らないからな、この道に入る道路も土と草を被せて偽装しておこう。それでも入ってきたならこの措置を取る。私有地の看板も立てておけ」

 「まあ、それならそもそも入ってくることは無さそうですね」

 「ああ、お前らも見張りは交代制で訓練所の方でしっかり休む様にしろ。ほどほどにな」

 「は、はあ。ミシマ准尉がそうおっしゃるなら」

 こうして俺の訓練中隊全員私服化計画は終わった。
 軍服に袖を通すのは出来れば今後ないことを祈りたいものだ。
 
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