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第五章 決戦! ヘビーな兵器じゃ~!

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 オロチの口は、シルファーマを丸呑みできる大きさがある。が、オロチはシルファーマを丸呑みせず、横からガブリと噛みついた。
 そう、確かに丸呑みはしていない。だが、丸かじりはしている。シルファーマの華奢な胴体全部と両腕がオロチの口の中にすっぽり入り、口の左側から両脚が、右側から頭部が出ている。その状態でしっかりと噛んだまま、オロチはシルファーマを高々と持ち上げた。
「ぁぐ、がふぁっ!」
 シルファーマの口から血の霧が高く吹き上がり、落ちてきて自身の顔にかかった。シルファーマの腕にも肩にも胸にも腹にも、オロチの長い牙が何本も食い込んでいる。常人なら確実に即死だ。
 魔王女シルファーマだから何とか耐えているが、穴だらけになったその体から流れ出る血が、オロチの牙の隙間から大量に、だらだらと溢れている。 
 ミミナの悲鳴とソモロンの呻きを聞きながら、オロチはシルファーマを噛んでいない口で言った。
「どれほど、どんなフォローを受けようとも。そして、魔界のプリンセスであろうとも。こいつもただのチキュウ星人、ただの人間だ。お前たちと同じくな」
 ぺっ、とオロチはシルファーマを吐き出した。空中にいくつもの血の軌跡を描きながら、シルファーマが落下していく。ぐったりとしているが気を失ってはいないらしく、苦しそうにしながらもシルファーマは体勢を整えて、四つん這いの姿勢で何とか着地した。全身を血で真っ赤に染め、それとは対照的に、大量出血のせいで顔は青白い。
「シルファーマ!」
 ソモロンが叫んで、駆け寄った。ミミナも駆け寄りかけたが、留まって術に集中した。シルファーマは先程の、右拳・右腕・右肩の負傷もまだ癒えておらず、骨が折れたり外れたり砕けたりしている。だがもう、それどころではない。今度はいわば何本もの剣をザクザク突き刺されたような重傷なのだ。一刻も早く治さないと命に関わる、というより、確実に死ぬ。
 オロチも言っていた通り、魔王女とて生物、魔界人、すなわち人間なのだ。多少殴り合いに強くても、ソモロンやミミナと同じように、ダメージが重なれば死ぬのである。
 駆けて来たソモロンの手が、シルファーマを抱き上げようと伸びる。抱きかかえて、ここから逃げようと伸ばされる。
 その時。血まみれで瀕死と見えたシルファーマが、信じられないほど素早く立ち上がり、そして振り向いた。その表情も意外なほど力強く、ソモロンは驚いて動きが止まる。
 そんなソモロンの伸ばされていた手を、シルファーマは強く握って、唸りを上げて振り回した。ソモロンの全身ごと。そして、
「逃げなさい、早くっっ!」
 投げ飛ばした。まるで石ころ、いや、ダーツのような勢いで飛ばされたソモロンは、後方で回復の術に集中していたミミナに命中し、二人絡まり合って地面を転がっていく。
 やがて勢いが治まって停止した時、二人はシルファーマからかなり離れた位置にいた。そしてシルファーマを見下ろしているオロチの、八つの口全ての中で、白い光が強烈に猛烈に渦を巻いていた。
 シルファーマにトドメを刺す為に本気を出す、ということなのだろうか。それは火炎を越えた、すなわち「燃焼」の枠より上にある、火よりも熱く炎よりも強い破壊のエネルギーとしか言いようのないモノだった。それが八つ、ズラリと並んでいる。
 その全てがシルファーマを狙っていて、シルファーマはそれを受け止める構えで、そのずっと後方にソモロンとミミナがいる。
 それから、ソモロンとミミナが何を言うよりも何をするよりもオロチの方が早かった。オロチの口から吐き出された八筋の渦巻く光がシルファーマに殺到し、命中し、炸裂する。
「!!!!!!!!」
 一瞬のことだったのか、それとも二、三瞬ぐらいあったのか、それ以上か。
 轟音で一時的に聴覚を潰されたのか、もともと音なんかなかったのか、判らない。
 とにかく、辺りを真っ白に染めるような閃光が治まった時。ソモロンは自分のすぐ目の前に立っている、シルファーマの背中を見た。
 確か、そのシルファーマに投げ飛ばされて大きく距離が開いたはずなのに。とソモロンは思ったが、その疑問はすぐに氷解した。ソモロンに背を向けて立つシルファーマの足元、爪先方向に、長い長い溝が真っ直ぐに掘られている。両足共にだ。
 シルファーマは地面を踏みしめて踏ん張った体勢のまま、正面から強い力を受け、抵抗しきれず後方に大きく押されて、だが倒れることなく受け切ったのだ。その痕跡が、両足で刻まれた溝なのだろう。溝の長さ、押された距離の長さが、シルファーマが耐えた長さなのである。
 今、オロチは息継ぎをしているのか攻撃は止まっている。そして、
「……」
 シルファーマは力なく両腕を落とすと、何も言わず棒切れのように、ただ倒れた。
 顔面から地面に激突したはずだが、全く声も上げず、ぴくりとも動かない。
「シルファーマっっ!」
 ソモロンが慌てて抱き起こそうとすると、
「! だめっ! 見ちゃだめ!」
 ミミナが強い力でソモロンの肩を掴んで引き戻し、後ろへ突き飛ばした。
 そして自分の全身でシルファーマに覆い被さり、
「私の、命の神様! どうか、どうかシルファーマちゃんをお助けくださいっっっっ!」
 微動だにしないシルファーマの背に、ミミナは自分の胸を強く押し付けて、自分の全身からシルファーマの全身へと生命力を分け与え始めた。もちろん、チキュウ星全ての物体からの援護も集め続けている。が、その作業が間に合わないと焦っているのか、自身の生命力そのものをどんどん削って、シルファーマに注いでいるのだ。
 上から見下ろして、少しだけ落ち着いて観察したことでソモロンにも判った。今、もう既に事実上、シルファーマは死んでいる。シルファーマの肉体そのものの、生命活動は停止している。ミミナが外から無理やり強引に、鼓動や呼吸をやらせているだけだ。それと同時進行で、破損部分の修復や血液の増加を行っているらしい。
 疲労の回復などとはわけが違う。これはもう殆ど死者の蘇生だ。一国に数人というレベルの大賢者や聖人でなくては不可能な難行とほぼ同じことに、ミミナは挑んでいる。
 もう一つ。今、ミミナがソモロンを、シルファーマから引き離したこと。その理由は、真正面からうつ伏せになっているシルファーマの顔の、微かに見える頬から察しがついた。
 白く滑らかで、ソモロンは触ったことはないが柔らかそうで、蒸したお菓子のようにほんのりと赤みが差していた、シルファーマの頬。それが今は全く別種、別質になってしまっている。赤黒くて固そうで、ヒビだらけで、触ったらボロボロと崩れ落ちそうで、その隙間から血がじくじく流れている。この様子では、今のシルファーマの顔は、目も鼻も唇も何もかも……
 そんなシルファーマと、ミミナから視線を離して前方を見れば、
「……くっ」
 ソモロンの口からは、毒づく言葉すら出てこない。
 オロチが、ゆっくりじっくりと来る。核である紅い珠を宙に浮かべて、空気の上を這うようにしてこちらに向かって来ている。
 そんなことをせずとも、遠く離れている今のままでも、また一発(=八発)撃てば三人をまとめて焼き殺せる、いや、跡形なく消滅させられるだろうに。
 シルファーマは倒れ、ミミナはそのシルファーマの命を繋ぎ止めるので精いっぱい、そして何の役にも立たないソモロン、という今の三人など全く敵ではなかろうに。
 なのにわざわざ、ソモロンたちを怯えさせる為なのか、じわじわと向かって来る。もしかして兵器のクセに無駄に底意地の悪いこの性格もまた、エルフ星人がこいつを使わなかった理由なのか。とソモロンは思った。
 実際、次のオロチの攻撃は絶対に三人を殺せる。逆に三人の攻撃は、絶対にオロチには通じない。ぶつかり合わない矛盾。最強の矛と最弱の盾だ。
 などとくだらないことを考えている間に、オロチがソモロンたちの目の前に到着した。 
「さて」 
 オロチは首を高く上げて、三人を睥睨する。シルファーマは倒れたまま、ミミナはそのシルファーマに覆い被さっているままなので、オロチと対峙しているのはソモロンだけだ。
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