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第五章 決戦! ヘビーな兵器じゃ~!

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「そうよ。サイコロイドも、あんた自身も、それが力の源なんでしょ?」
「イエス。だから我は集めた。今、このチキュウ星にいるチキュウ星人やエルフ星人、すなわち全ての人間のマインドを。しかし、それが敗れた。人間以外からもパワーを集めたお前たちに、物量で負けた。だから、」
 オロチの、八つの顔が全て、狂猛な笑みを浮かべた。
「こちらも、集めるマインドの数を増やすことにしたのだ」
「増やす? あんたさっき、星を越えることはできないって」
 オロチが、視線をソモロンに向けた。
「お前は魔術師だな? ならば、少しはサイエンスにも通じていよう。チキュウ星でいうところの、地学や薬学、生物学などのことだ」
「え? そりゃ心得はあるけど、それと力の数を増やすって話に何の関係が……あっっ!」
 ソモロンは気づき、叫び、青ざめた。
「ま、まさか! いや待て、そんなことができるのなら、どうして最初からやらなかった?」
「そういう発想、アイデアがなかったからな。全人類のマインドを集める、それで充分だと思っていた。だが、その混血から……お前のアドバイスらしいが、とにかく今この場で、コーチしてもらった。それで初めてテストしてみたら、できたというわけだ」
「今ここで、僕らに、コーチされた、だと」
「イエス。いわば、お前たちのおかげで我は、大幅にパワーアップできたのだ!」
 高笑うオロチ。よろめくソモロン。
「ちょっと、ソモロン! 何がどうなってるのよ!」
 シルファーマが駆けてきて、ソモロンの襟首を掴んで揺さぶる。
 ミミナがその傍で、考えて言った。
「もしかして、人間以外? 犬とか猫とか虫とか魚とか、全ての生物ってこと?」
「違う。そんなもんじゃない」
 それだったらまだ、全世界のナイフやフォークや塩や胡椒や宝石や紙くずまで味方につけた、ミミナの術で勝てただろう。勝てなかったということは、オロチがやっているのは、もう一段階上のことなのだ。もっとも、一段階なんて言葉で片付くレベルの差ではないのだが。
 全ての生物という言葉自体は正しい。だがその指す範囲が違う。面積以外の意味で違う。
 ソモロンは、自分の顔を指さした。
「例えばここ。ここだけでも、何千何万何億って規模で、いるんだ」
「何が?」
「目に見えないぐらいの小さな生物が。微、という字のつく生物が」
 微生物というものを、シルファーマやミミナは知らない。
 だがソモロンは知っている。オロチも、知っていながらついさっきまで意識していなかったが、今はそれをフル活用している。
「その数は、僕一人の、頭のてっぺんから腹の中、足の裏まで見れば、世界の人口を超える。人体とは、そういう小さな生物をぎっしり飼ってる巣なんだ。それが世界中の人数分存在してる。いや、人体に限らず、動物も虫も、土の中も海の中も、風の中にさえ……」
 自分で言ってて、ソモロンはくらくらしてきた。
 微生物は、どれほど小さくとも、ただ微の字がついているだけで、生物は生物だ。生存本能がある。死を恐れる意志がある。精神があるのだ。そこに、知能の低さなどは関係ない。知能が低いから生物ではないといったら、獣も虫も魚も生物ではなくなってしまう。
 世界の人口かける世界の人口、を遥かに上回る、表現する言葉の存在しない数の生物が、このチキュウ星にはいるのだ。その全ての生物の、精神をかき集めているとしたら?
 ソモロンの中で、絶望の思考が巡っていく。だが、今、そんなことをしている場合でないことも理解している。なにしろ相手は、チキュウ星人全てに対して殺意をもつ、異星の兵器生物。戦って勝つ以外に、ソモロンたちが生き延びる道はないのだ。
 では、どうすれば……とソモロンは考えるが、考え込むことが性に合わない魔王女様は、何も考えずに戦いを挑んだ。
「あーもー何がなんだか! とにかく、叩いて壊せばいいのよ! ミミナ、後押しお願い!」
 シルファーマに言われて、ミミナは世界中から集めた全ての物体の力を光の粒子とし、それを可能な限り高め、シルファーマに放った。世界中の、火の熱さ、水の冷たさ、砂糖の甘さ、花の香などが、シルファーマの体に宿って戦う力に換わる。
 魔界で修行を積み、様々な野生の魔獣を相手に実戦も重ねた、そのシルファーマ自身、感じたことのない巨大な力が、シルファーマに宿り、シルファーマを奔らせる。
 黄金のオロチ八匹が吐く、炎熱の乱舞をかわし、殴って、蹴る。殴られ蹴られるオロチは平気な顔で、鱗に小さなヒビも入らないが、それでも一瞬ずつ、押しのけるぐらいはできている。
 ある程度踏み込んだところで、シルファーマはオロチの一匹に抱き着いて締め上げて、
「ぬぉりゃああああああああぁぁぁぁっ!」
 振り回した。一番最初のサイコロイドに対してやったのと同じように、そのサイコロイドより更に巨大なオロチの全身を、完全に宙に浮かせてブンブン回して地面に叩きつけた。
 流石に驚いたのか、オロチの動きが止まる。そこでシルファーマは拳を構えて、突っ込んだ。狙いは八匹が束ねられている根の部分、異空間から出て来たオロチの根、核だ。オロチの体は黄金色になっても、そこは変わらず、巨大な紅い珠のまま、脈打っている。
 あからさまに急所丸出しなそこへ、シルファーマは、
「突進粉砕・ぶっ壊しパ――――ンチ!」
 ミミナが集めた、チキュウ星全土の援護の輝きを受けながら、自分自身の、黒い光の魔力を宿した拳を、これ以上ない渾身の必殺の最強の一撃を、叩き込んだ。
 が、紅い珠は無傷。びくともしない。オロチは相変わらず、全く苦痛の表情を見せない。
「チキュウ星のパワーを借りれば、お前自身のパワーやウェイトを超越した、ストロングファイターになれる。今のような、プッシュやリフトやスローはできる。が、そこまで」
 珠から八匹の大蛇が生えているという姿のオロチは、投げ倒されても、体を起こす動作が必要ない。そのまま、顔の向きだけをシルファーマに向けた。
「察しの通り、そこが我のウイークポイントだ。だがそのウイークポイントを、お前がどれほどジャストミートしても、我にはノーダメージ。チキュウ星の、全ての生物のマインド、全ての生きる意志を味方につけた我を、ブレイクすることなど不可能なのだ」
「……ぅ、ぐう……っ!」
 苦痛に顔を歪めながら、シルファーマが後ずさる。叩いて壊せばいいと叫び、叩いてみたが、壊せなかった。
 むしろ、壊れたのはシルファーマの方だ。今の一撃、オロチには全く効かなかったようだが、シルファーマにはそうはいかなかった。拳だけでなく、渾身突進の衝撃を受け切れなかった腕や肩の骨も筋肉も、深刻なダメージを負っている。破壊できると思っていたオロチの珠が、予想を遥かに超えて強く、硬かったからだ。
 そのダメージもミミナの術が少しずつ治癒してくれているのだが、完治したところで次の手がない。「全ての生物の生きる意志」なんて、英雄伝説の主人公が味方につけて武器にしそうなものである。その武器で、最後の強敵を叩きのめすってのがパターン、王道だ。
 シルファーマはそういう物語を、本で読んだし、吟遊詩人の歌などでも聴いた。そんな戦いに胸躍らせ、自分をその主人公に重ね合わせ、憧れて、修行に励んできた。
 だが今、「それ」は敵のものになっている。
『勝てな……ぃ?』
 シルファーマの心が、絶望へと揺らいだ時。
 オロチが動いた。正しく、獲物に襲い掛かる蛇の動きで、蛇の速さで。
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