【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。

やまぐちこはる

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 エイリズ・ベンベローはこどもの頃から優秀で、しかし侯爵家の三男のため、継ぐ家はなく、婿入り先にと言われたのは小さな領地を持つ子爵家だった。
 長男はともかく、すぐ上の兄オートリアスときたら勉強嫌いな怠け者のくせに、広大な領地を持ち、派閥の筆頭貴族の侯爵家嫡子が婚約者で、自分との差がどうしても納得いかなかった。
 たった一年遅く生まれただけなのに、誰の目からも自分の方が優秀だと言われるのに。

 オートリアスの婚約者は、パルティア・エンダライン侯爵令嬢。
 とても美しい令嬢で、自分の婚約者と並ぶと輝きが違う。その容姿も所作もすべてが格段に上品で、オートリアスになどもったいないと、パルティアに会うたびに自分が婚約者となるべきだったと強く思うようになった。
 パルティアが好きだと言うわけではない。
自分に相応しいのは子爵如きの令嬢ではなく、侯爵令嬢だと考えていただけ。
優れた自分には、豊かなエンダライン侯爵家こそが婿入り先に相応しいはずだと。

 だが、オートリアスを罠に嵌めてまでその座を奪おうと思っていたわけではなかった。
 ある日、移り気なところのあるオートリアスが、アレクシオス・セリアズ公爵令息と婚約者ライラ・シリドイラ侯爵令嬢と出会ったとき、行きあう際にライラにボーッと見惚れた姿を見て思いついたのだ。

 オートリアスが他の女性に入れあげて婚約を解消すれば、家同士の政略結婚なのだから自分が繰り上がるのではないかと。

 偶然を装い、何度か二人が出逢うように仕組んでやると、あっという間に運命だの真実の愛だのと二人で燃え上がり、エイリズはさも相談に乗るように二人の愛を貫くべきだと、逃げるなら匿い資金を援助しようと唆した。

 愚かにも世間知らず過ぎたふたりは、エイリズに感謝し、手に手を取って言われるままに市井に逃げた。
 エイリズがどれほど笑ったことか。

 しかし計算通りにいかないこともあった。

 パルティアを慰め、自分がオートリアスの後釜に座ろうと思っていたが、静養するといって姿を消してしまったのだ。探そうにもカーライル・エンダライン侯爵のベンベロー家に対する怒りが激しく、手がかりを得ることすらできずに。
 そのうちに、あろうことかライラの婚約者だったアレクシオス・セリアズと出逢ってしまい、入り込む隙もなくなってしまった。
 さしものエイリズも、公爵家を相手にこれ以上の画策は難しいと諦めるしかなくなり、それまで見向きもしなかった婚約者とうまくやるしかないと。そう思い込もうとした時、エンダライン侯爵家の使用人ソダルにいきなり捕縛された。

「な、なんだ?何をする!私はベンベロー侯爵家のエイリズだぞ」
「ああ、もちろん知っている。だから捕まえるのだよ。エンダライン侯爵家に向かうからおとなしくしていろ」

 縄を打たれ、乱暴に馬車に放り込まれた。

「いっっ」
「ふん、パルティア様の心の傷に比べたら、そんなものたいしたこともなかろうて」

 イヤな予感がしたが、もう逃げることは叶わない。




「ほう、エイリズ。無様な姿だな」

 カーライル・エンダライン侯爵がにやにやしながら覗き込むと、楽しそうに告げた。

「なあ、おまえがパルティアの婚約者の座を狙ってオートリアスを焚き付けたというのは真実に間違いないか」

 ハッとして顔を上げると、カーライルの目は射殺すように冷たくエイリズを睨んでおり、背筋が冷たく凍りついていく。

「い、い、いえ」
「嘘はおまえの為にならん、証拠はあるがベンベローの顔を重んじてわざわざ聞いてやったのだ」
「・・・も・・しわけあり・・せ」

 ガン!と凄まじい衝撃が降り注ぐ。
カーライルが怒りに任せてエイリズを蹴り上げたのだ。

「ぐっふっぅ」
「まったく、愚かで嘘つきで、おまえが私のパルティアを狙うなど烏滸がましいにもほどがあるわ」

 もう一度蹴り上げてやろうかと思ったが、扉の外から声がかかった。

「ベンベロー侯爵様がいらっしゃいました」

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