【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。

やまぐちこはる

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 ─助かった─

 ほっと息を吐いたのも束の間。

「こんの、ばっかもーん!」

 先ほどより激しい衝撃に襲われた。
父が助けてくれると思ったのに。

「申し訳、ございませんっ!」
「ああ、まったく出来の悪い子を持つと苦労するな」
「んっ!は、はい・・誠に」

 腰を直角に曲げて謝罪を繰り返す父は、まったくエイリズを見ようとしない。

「ち、ちちうぇ」

「それで?この虫けらをどうするつもりだ?」
「はい・・・領地の鉱山に沈める所存です」

 エイリズがパッと反応した。
貴族の子息が鉱山などに送られたら、耐えきれずにあっという間に儚くなってしまうだろう。
 しかし、カーライルに睨まれて異を唱えることはできない。

「おまえはゲナ鉱山の最深部に送る」

 エイリズは蹴られた痛みと父の言葉の衝撃に、体が冷たくなるような、音がすべて遠くから聞こえるような気がして、いつしか意識を手放していた。

 目覚めた時は既に鉱山に捨て置かれていた。
 鉱夫たちはエイリズの出自を知って馬鹿にし、監督官から見えないところで暴力をふるい、僅かな食事まで奪われた。
 ツルハシを持ち、よろよろと歩いていたある日、罠に嵌めたオートリアスが同じ鉱山にやって来た。

 以前なら軽やかに交わせただろう、しかしろくに食べることもできずに肉体労働を続けるエイリズには、オートリアスの怒りのツルハシを避けることができなかった。

 凄まじい、体が切り裂かれた痛みが走る。
オートリアスは狂ったように笑いながらツルハシをエイリズに振るった。
右頬は裂け、胸の傷から血が噴き出し、腕の骨が折れた頃、現場監督がオートリアスを跳ね飛ばして助けてくれねば間違いなく儚くなっていただろう。

 それから二月は寝たきりだった。
誰一人見舞いには来ない。母から良い医者にかかるようにと金と紹介状が届いただけ。
 しかしそれがエイリズの身に沁みた。

 自分勝手な思いで兄を罠に嵌めたことを、今更ながら恥ずかしく思うようになる。
 兄が自分を襲ったのも、逆の立場となれば当然のことだったと思い至るようになり、顔を切り裂くように残った深い傷は、兄の心の傷でもあると、長い時間をかけて受け入れた。

 ─本当に愚かだったのは私だ─

 家名や家族を傷つけ、高額な慰謝料を親に払わせてしまった。
 鉱山から出ることは許されない身、金も無く、手紙の一つも出せないが、せめてバラバラになった家族の心の平穏を祈ろうと胸に誓った。



 怪我をした時にエイリズがかかった医者から、鉱夫たちのエイリズへの扱いや栄養状態が酷いと報告を受けたベンベロー家は、エンダライン家やセリアズ家に知られないよう密かに今いる鉱夫たちを排除した。
柄の良い鉱夫などいるわけはないのだが、エイリズを虐待するような者はやはり許せなかったのだ。
 いつしか人が入れ替わって、エイリズの食事を奪うような者はいなくなり、場所や人にも馴染んでいった。

 心を入れ替えたエイリズは今日も黙々と、鉱山の誰よりも深い深いところでツルハシを振るっている。
明日も明後日も、これから先もずぅっと。
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