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 ・・・生きて、いるだろうか?・・・

 何しろツルハシで何度も殴りつけたのだ。最悪命を落としていてもおかしくない。
オートリアスは今頃になって体が震え始め、止まらなくなった。

 オートリアスは金を持たせてもらえない。俸給は慰謝料返済のために、すべてベンベロー家に取り上げられている。ただそれではいくらなんでも辛かろうと、たまの酒や甘味は寮で馳走になることがあった。
 昔の驕った自分なら考えられないような、誰かの小さな心遣いが胸を温めるのだ。

 ある時、ベンベロー家の鉱山監督官が査察にやって来た。
オートリアスも見知った男、ジャン・イリアロだ。

「お久しぶりにございます、オートリアス様」
「うん、久しぶりだな。あ、様はここでは止めてくれ」
「畏まりました。それにしてもお元気そうでなによりです」

 ジャンは何か変な顔をしている。

「なんだ?」
「エイリズ様はずいぶんと痩せていらしたものですから」
「エイリズに会ったのか?元気にしているか?」

 ガバッと抱きつかんばかりにジャンに掴まり、エイリズの様子を訊ねた。

「痩せてはいますが、お元気そうです」
「ああよかった、生きていてくれて」

「・・・・・」

 何か言い淀む風の監督官に気づいたオートリアスが、先を促すと。

「・・・お顔に大きな深い傷が残りました」

 ガン!と頭を殴られた気がしたオートリアスは、こめかみを押さえ、座り込んだ。

 昔の美しいエイリズの笑顔が目に浮かぶ。
そして自分のツルハシが顔に当たり、血飛沫が飛ぶ様が。

「あっ、ああ私はなんてことを・・・怒りに任せてやってはいけないことをした・・・」
「エイリズ様は今は気にされておりません。先日お目にかかったとき、されても仕方のないことをしたとおっしゃられておりました」

 涙目のオートリアスは、ぼんやりとその言葉を聞いていた。

「次にエイリズに会うことがあったら、心からの謝罪を伝えてほしい。とても許されることではないとわかっているが・・・」

 くるりと背を向け、項垂れると嗚咽が響いた。



「よろしければこちらをどうぞ」

 監督官が何かを差し出した。
 土埃と涙で酷い顔のオートリアスの手に紙袋を持たせると、挨拶をして去っていく。
 中を覗くと、レターセットと切手が入っていた。

 時々便りを寄越せと小さく折りたたまれたメモに書かれており、母が持たせてくれたと知ることができた。
懐かしい母の字を指先で辿ると、自然とまた涙が溢れ出てきた。

 夜、寮に戻るとペンを借りて、早速母宛に手紙を書く。
 真摯な謝罪と感謝の気持ち、傷つけたエイリズを思う気持ちを丁寧に綴って封をすると、灯りを消して布団に潜り込む。
失ったものの大切さを今ほど痛感したことはなかった。
苦しくて、悲しくて、寂しくて。
涙を流しながら眠りについた。

 翌日からのオートリアスは別人のように働き始めた。

「どうせなら新しい鉱脈をこの手で探し、父上たちのお役に立ちたい」

 そう言って、仲間の老人たちに頭を下げながら協力を依頼した。

「やる気になったか!そりゃあいいな。オーティーのためじゃなくても、俺たちは報奨金がほしい!」
「ありがとうっ!」

 また涙がこぼれてしまい、皆が笑う。
馬鹿にしたのではない、それはうれしくて感極まったオートリアスを見守るあたたかいもの。

「そうと決まったら戦略を立てよう!」

 今までは思いついたところをそれぞれが勝手に掘っていた。その情報を集め、精査して優先順位を決め、無駄を省こうと話し合った。

 そうして。
 オートリアスと仲間たちが新たな金脈を見つけたのはそれから四年も後のこと。
 鉱夫たちが、特にオートリアスがリーダーとなって頑張り抜いたことに、ベンベロー侯爵夫妻は感涙して老鉱夫たちに多くの報奨金を弾んでやった。

 ちなみに、その金山でオートリアスが掘り当てた金は、支払った慰謝料を補填してもお釣りがくるほどになり。
 ベンベロー侯爵は、密やかにオートリアスをこの鉱山の責任者に任命し、以降の俸給はオートリアスの手に支払われた。
 しかしオートリアスは無駄遣いなどすることもなく貯蓄し、仲間たちを守る設備の導入に金が足りなければ自分の手当から充当するほど。
 地中深くに置かれて、遅まきながら漸く領主の子息として自覚を持ったオートリアスは、父が、そして兄が許したあとも、鉱山で働く皆を守り、皆で豊かになるために命尽きるまでの長きに渡り、その身を投じたのだった。
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