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修道女、これはきっと夢だと思う
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そのあとも事実確認されるように、参拝の詳細について話した。
あくまでもメイラから見たことなので、実際にあの時何がどうなっていたのかわからない。
マローが知りたいのは、後宮内のことだろうか? 実際に誘拐されているのだから、後宮内でトラブルが起こったのは間違いないが、それについて参考になるような記憶はない。
そもそも、覚えている最後の記憶はかの一等神官が祝詞を唱える背中であり、殴られた覚えも、薬などを嗅がされた覚えもないのだ。
それを言うと、マローは少し難しい顔をして、ちらりと陛下の方を見た。
あまり記憶がないのだが、連れ去られて以降のことも話す。
どうやって後宮からサッハートに移されたのかは不明だ。まさか馬車で運ばれた? それとも翼竜で? まったく記憶がないので、メイラの話は役に立たないだろう。
小神殿で祝詞を聞いていた記憶と、あの暗闇の中で目覚めるまでの記憶が、ほぼ繋がった一連の出来事のように感じている。つまり、それほどの時間経過があったようには思えないのだ。帝都との距離を考えてもあり得ないことだった。
「……とても寒い部屋でした」
凍り付いた石の部屋に拘束されていた、数時間かもしれないし数日かもしれない期間の出来事を思い出し、ぶるり、と身震いする。
メイラは斜めに垂れているブランケットの端をぎゅっと握った。
「真っ暗で、何も見えず、ぽちゃんぽちゃんと水滴の音だけが聞こえていました」
陛下が励ますようにメイラの手を取る。
暗闇で足かせに気付いた時の話をすると、ぎゅっと手を握る力が増した。……痛いです。
「水滴の音ですか」
何かを考えこむマローの表情に、メイラは言葉を止めて小首を傾げた。
港町なのだから海にも川にも近いはず。水の音など不思議ではないのでは?
「水瓶から水が漏れていたという事もあり得ますが……調べてみましょう」
「あの」
「続けてください」
にっこりと微笑むマローに促され、ふわっとユリウスの事は避けて、女が来たこと、男たちが居た事を話す。
「ユリウスの報告書にもありましたが、その女の正体が気になります。何か気づかれたことはありますか?」
何かあるだろうか? 身分が高そうな人だとは思った。どなたかに仕えているのだろうとも。
あと、微妙に言葉に違和感があった。
語尾が少しきついあの癖は、東方出身のものかもしれない。
しかしそんな分かりやすいことは、ユリウスも報告書とやらに上げているだろう。
メイラは少し考え、思い出した。
「ロザリオが」
そう、逆光になってその容貌すらよく分からなかったが、彼女の鳩尾のあたりに大きな十字架が下げられていたのは覚えている。
眩い光を弾いて、奇妙に輝いていた。
真っ白に。
「白いロザリオでした」
見た事もないロザリオだった。メイラも修道女として随分長くやってきたので、いろいろな十字架を見てきたが、統一神殿で使われているものとは違うような気がする。
「わかりました」
かなり重要な情報ではないかと思うのに、マローはあっさりと話を打ち切った。
まるで、それ以上この事にかかわらせないようにしているようだった。
「そのことはユリウスからも聞いておりますので、大丈夫ですよ」
それならいいのだが。
メイラはひとつ頷いて、それ以外に何か思い出せないかと記憶を探ってみたが、もとより身体的にも精神的にも不安定だったという事もあり、役立つ情報を引っ張り出すことはできなかった。
そのあとについてはさして話すことはない。
マローと合流し、陛下に助け出されるまでの一連の出来事は割愛でいいだろう。
ふと、巨大な翼竜から降り立った異母兄のことを思い出した。青の宮まで押しかけてきたハインツ卿に比べると随分と好意的に見えた。
そうだ、父もここにきているのだ。今更思い出し、どうしているのか知りたくなる。
聞けば答えてもらえるだろうか。
「話は終わったな?」
ぼーっとそんなことを考えていると、陛下がブランケットで頭からすっぽりとメイラを包み込んだ。
まるで、それ以上考えるな……いや、それ以上見るな、とでも言いたげに。
メイラは改めて、化粧もしていないスッピンで、薄い夜着を着ただけの、とても人様に見せるような姿ではないことを思い出した。髪も軽く梳かしただけ、むしろ陛下にくしゃくしゃにされて見る影もないだろう。
話しきって達成感すら覚えていたのに、そんな気持ちがみるみるしぼんでしまう。
こんなみっともない妃で、本当に申し訳ない。
「……疲れたか?」
ブランケット越しに、背中を撫でられる。
「少し眠るがいい。……夜に備えてな」
鬱々としていたので、陛下のその台詞は聞き逃してしまった。
マローが咳払いをして、それを不快そうに陛下が見下ろし何か言っているが、やはりまだ体調が良くないのだろう、体温の高い陛下の温もりに包まれてうとうとしてくる。
これ以上ないほどの安心感と、心地よい熱。
今のメイラにとって、そここそが神のおわす楽園だった。
うとうとしながら、最後に一つ、朧げな記憶が蘇ってくる。
そうだ、白いロザリオと似たような何かを、見た事がある。
どこだったか、懸命に思い返そうとするが、記憶はするりと逃れていく。
そっとベッドに横たえられ、ふわりとした掛布で包まれて。
メイラはぼんやりと至近距離にある青緑色の双眸に見入った。
「……へいか」
「なんだ、妃よ」
「しろい、しんぞう」
もはや自分が何を喋っているのか、はたしてそういう夢を見ているのか定かではなくなっていた。
「まっしろな」
白薔薇宮。
意識が沈む寸前、何かを問われた気がするが、メイラの記憶はそこで途絶えた。
あくまでもメイラから見たことなので、実際にあの時何がどうなっていたのかわからない。
マローが知りたいのは、後宮内のことだろうか? 実際に誘拐されているのだから、後宮内でトラブルが起こったのは間違いないが、それについて参考になるような記憶はない。
そもそも、覚えている最後の記憶はかの一等神官が祝詞を唱える背中であり、殴られた覚えも、薬などを嗅がされた覚えもないのだ。
それを言うと、マローは少し難しい顔をして、ちらりと陛下の方を見た。
あまり記憶がないのだが、連れ去られて以降のことも話す。
どうやって後宮からサッハートに移されたのかは不明だ。まさか馬車で運ばれた? それとも翼竜で? まったく記憶がないので、メイラの話は役に立たないだろう。
小神殿で祝詞を聞いていた記憶と、あの暗闇の中で目覚めるまでの記憶が、ほぼ繋がった一連の出来事のように感じている。つまり、それほどの時間経過があったようには思えないのだ。帝都との距離を考えてもあり得ないことだった。
「……とても寒い部屋でした」
凍り付いた石の部屋に拘束されていた、数時間かもしれないし数日かもしれない期間の出来事を思い出し、ぶるり、と身震いする。
メイラは斜めに垂れているブランケットの端をぎゅっと握った。
「真っ暗で、何も見えず、ぽちゃんぽちゃんと水滴の音だけが聞こえていました」
陛下が励ますようにメイラの手を取る。
暗闇で足かせに気付いた時の話をすると、ぎゅっと手を握る力が増した。……痛いです。
「水滴の音ですか」
何かを考えこむマローの表情に、メイラは言葉を止めて小首を傾げた。
港町なのだから海にも川にも近いはず。水の音など不思議ではないのでは?
「水瓶から水が漏れていたという事もあり得ますが……調べてみましょう」
「あの」
「続けてください」
にっこりと微笑むマローに促され、ふわっとユリウスの事は避けて、女が来たこと、男たちが居た事を話す。
「ユリウスの報告書にもありましたが、その女の正体が気になります。何か気づかれたことはありますか?」
何かあるだろうか? 身分が高そうな人だとは思った。どなたかに仕えているのだろうとも。
あと、微妙に言葉に違和感があった。
語尾が少しきついあの癖は、東方出身のものかもしれない。
しかしそんな分かりやすいことは、ユリウスも報告書とやらに上げているだろう。
メイラは少し考え、思い出した。
「ロザリオが」
そう、逆光になってその容貌すらよく分からなかったが、彼女の鳩尾のあたりに大きな十字架が下げられていたのは覚えている。
眩い光を弾いて、奇妙に輝いていた。
真っ白に。
「白いロザリオでした」
見た事もないロザリオだった。メイラも修道女として随分長くやってきたので、いろいろな十字架を見てきたが、統一神殿で使われているものとは違うような気がする。
「わかりました」
かなり重要な情報ではないかと思うのに、マローはあっさりと話を打ち切った。
まるで、それ以上この事にかかわらせないようにしているようだった。
「そのことはユリウスからも聞いておりますので、大丈夫ですよ」
それならいいのだが。
メイラはひとつ頷いて、それ以外に何か思い出せないかと記憶を探ってみたが、もとより身体的にも精神的にも不安定だったという事もあり、役立つ情報を引っ張り出すことはできなかった。
そのあとについてはさして話すことはない。
マローと合流し、陛下に助け出されるまでの一連の出来事は割愛でいいだろう。
ふと、巨大な翼竜から降り立った異母兄のことを思い出した。青の宮まで押しかけてきたハインツ卿に比べると随分と好意的に見えた。
そうだ、父もここにきているのだ。今更思い出し、どうしているのか知りたくなる。
聞けば答えてもらえるだろうか。
「話は終わったな?」
ぼーっとそんなことを考えていると、陛下がブランケットで頭からすっぽりとメイラを包み込んだ。
まるで、それ以上考えるな……いや、それ以上見るな、とでも言いたげに。
メイラは改めて、化粧もしていないスッピンで、薄い夜着を着ただけの、とても人様に見せるような姿ではないことを思い出した。髪も軽く梳かしただけ、むしろ陛下にくしゃくしゃにされて見る影もないだろう。
話しきって達成感すら覚えていたのに、そんな気持ちがみるみるしぼんでしまう。
こんなみっともない妃で、本当に申し訳ない。
「……疲れたか?」
ブランケット越しに、背中を撫でられる。
「少し眠るがいい。……夜に備えてな」
鬱々としていたので、陛下のその台詞は聞き逃してしまった。
マローが咳払いをして、それを不快そうに陛下が見下ろし何か言っているが、やはりまだ体調が良くないのだろう、体温の高い陛下の温もりに包まれてうとうとしてくる。
これ以上ないほどの安心感と、心地よい熱。
今のメイラにとって、そここそが神のおわす楽園だった。
うとうとしながら、最後に一つ、朧げな記憶が蘇ってくる。
そうだ、白いロザリオと似たような何かを、見た事がある。
どこだったか、懸命に思い返そうとするが、記憶はするりと逃れていく。
そっとベッドに横たえられ、ふわりとした掛布で包まれて。
メイラはぼんやりと至近距離にある青緑色の双眸に見入った。
「……へいか」
「なんだ、妃よ」
「しろい、しんぞう」
もはや自分が何を喋っているのか、はたしてそういう夢を見ているのか定かではなくなっていた。
「まっしろな」
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