75 / 207
修道女、これはきっと夢だと思う
5
しおりを挟む
体調が悪いとはいえ、最近寝すぎているので数時間で目が覚めた。
室内が睡眠に適さないほど明るくて、いささか強引に起こされた気もしなくないが。
瞼を開けた瞬間に声を掛けられ、丁寧だが容赦なく上半身を起こされて。
さすがに??と疑問符たっぷりにメイドたちを見ていたが、ユリの「さあ、久々に湯あみを致しましょう」という声にテンションが上がった。
もともとメイラのような市井の人間にとって、湯につかるということは贅沢の象徴のようなものだ。盥で沐浴、あるいは濡れた布巾で身体を拭く程度が一般的で、裕福な家であっても週に数度、いや月に数度といったところだろう。
貴族の湯水のごとき贅沢にはあんなにも腹を立てていたのに、風呂場での文字通り湯水のごとく贅沢に使うお湯は、一度経験したらやめられない。
慣れとは恐ろしいと思う。
広すぎる浴室にたっぷりの水量でたたえられた湯を見ると、水不足に喘ぐ市井の者たちのことを思い出すより先に、うきうきとテンションが上がってしまうのだ。
―――神よ、罪深いわたくしをお許しください。
浴室の前で下着まですべての服を脱がされながら、メイラはこっそり祈った。
―――贅沢はしません。過度な美食も、酒も、宝石もドレスも欲しがりません。ですが湯あみは、これだけは……ああああ!
真摯な祈りだったはずなのに、掛け湯をしてから肩まで浸かったその温度に、いつしか頭の中が快楽物質でいっぱいになる。
「湯加減はいかがですか?」
ニコニコと尋ねてくるシェリーメイ。
腕まくりして石鹸の泡を立てているフラン。
ユリは髪を洗う用のたらいに香油を混ぜていて、どうやら三人のメイド総がかりだ。
ひとりでゆっくりと入りたい。
そう口にする前に、笑顔で洗い場に引き上げられて、人型にくぼみのあるベッドにうつぶせにされた。
フラン! お願いだからそんな丁寧に触らないでほしい。
くすぐったい!! くすぐったいんです!!!
「ひゃあ!」と悲鳴を上げたメイラに、メイドたちはくすくすと笑う。
後宮に居た時は、多少だがプライベートも確保されていたお風呂タイムなのに!
たっぷりなお湯の中で、溶けそうになるほど長湯するのが好きだったのに!!
クリームのようなきめ細かい泡で、頭の天辺からつま先まで磨き上げられていく。
メイドたちがやけに真剣な顔をしていたので、服を濡らしてまで懸命に奉仕してくれるのを拒むわけにもいかなかった。
必要以上に何度も丁寧に洗われて、最期の方はもう勘弁してくださいと悲鳴を上げる元気すらなかった。
身体を仰向けにして、うつぶせに戻り、足を上げ、手を上げ。
もはや言われるがまま、されるがまま。
弱点の腰や背中に触れるときに変な声が出てしまい、慌てて口を塞ごうとしたが、指先まで泡で包まれているので顔が凄いことになってしまった。
ねぇ、どうして皆さん笑っているの? なんだか怖いんですが。
ずいぶん念入りに泡まみれにされた末、ようやくオッケーが出て泡が流され、湯に戻れた。
せっかくなのだからゆっくり長湯を楽しみたいのに、すっかり疲れてしまっていた。
これは体調不良によるものではなく、もみくちゃにされて洗われたせいだ。
恨みがましくメイドたちをチラ見すると、彼女たちはテキパキと忙しそうに動き回っている。
文句を言うのは申し訳ないと思うだけの分別は残っていたので、小さなため息をつくにとどめた。
「ちょ、ちょっと待って!」
しかしその余裕も、美しいレリーフが施された大きな岩のテーブルの上に、白い厚めの布が掛けられるまでだった。
「さあ、長湯はまた今度にいたしましょうね」
「ユリ!」
「さあさあ、こちらへどうぞ」
いやいやと首を振るメイラに、ユリが笑みを深くする。
だから怖いです!! 絶対に何か怒ってるでしょう?!
メイラはびくびくと湯から上がり、促されるままに岩に上がった。
にっこりと微笑むシェリーメイの両手が、オイルでてかてか光っている。
これは、あれだ。
メイラが苦手やなつだ!!
飛び上って逃げようとしたが、時すでに遅し。両腕を残りのメイドたちが白い布に押し付けている。ひどい、あんまりだ! 仮にもメイラは主人のはずなのに、無理やり拘束して……
「メルシェイラさま用にブレンドされた、特注のマッサージオイルだとのことですよ。エルネスト侍従長のチョイスはさすがです」
とろり、としたオイルが背中に垂らされた。
「……ひっ」
「洗い流さなくてもいいタイプですから、しっかり塗り込みますね」
「あっ、だめ! ……ねえ、お願いよ。ねぇ」
「リラックスしてくださいね」
「んあっ、あ、あ……やっ」
「月下香と、なんでしょう。爽やかな果実のような香りも混じっていますね」
「柑橘系ね。レモンではないわ、オレンジ?」
「だめ、だめぇ……シェリーメイ!」
「はい、次は脇腹ですよ」
「やああああっ」
「まあ、メルシェイラさま。この程度でお泣きになってはいけません。ご辛抱ください」
「そうですよ。くすぐったいということは、感覚が鋭いということですから。慣れてくれば天に昇るような心地にしていただけます」
天にも昇るって何? すでにもう息も絶え絶え、気絶したいほどなんですけど!!
いくらメイラが泣き叫び懇願しようとも、メイドたちの手は離れなかった。
腕に痣でもできてしまっているのではないか、そう思う程に強く腕を掴まれ、岩のベッドに押さえつけられている。
「あっ、あ、あ……だめ、ねぇ、もうだめ」
やがてびくびくと全身が痙攣し、逃げようにも身体に力が入らなくなる。
「なんてお可愛らしい」
右側で上腕を押さえていたフランが、もはや抵抗はないと思ったのか、そっとその手を腕の付け根の方に動かしながら言った。
「いやよ……あっ……んぁ、あ」
「もっと美しく可愛らしく仕上げましょうね」
ユリも、反対側の腕を絞るようにして付け根のほうへマッサージしていく。
「ひっ!」
シェリーメイの両手が、腰の上に乗せられた。
じゅぶじゅぶとオイルが擦れる音とともに、下から上へと背骨沿いに押し上げられ。
「ああああっ、らめぇぇぇぇっ」
メイラは締まりのない口で精一杯の意思表示をしながら、そのまま意識を飛ばしてしまった。
室内が睡眠に適さないほど明るくて、いささか強引に起こされた気もしなくないが。
瞼を開けた瞬間に声を掛けられ、丁寧だが容赦なく上半身を起こされて。
さすがに??と疑問符たっぷりにメイドたちを見ていたが、ユリの「さあ、久々に湯あみを致しましょう」という声にテンションが上がった。
もともとメイラのような市井の人間にとって、湯につかるということは贅沢の象徴のようなものだ。盥で沐浴、あるいは濡れた布巾で身体を拭く程度が一般的で、裕福な家であっても週に数度、いや月に数度といったところだろう。
貴族の湯水のごとき贅沢にはあんなにも腹を立てていたのに、風呂場での文字通り湯水のごとく贅沢に使うお湯は、一度経験したらやめられない。
慣れとは恐ろしいと思う。
広すぎる浴室にたっぷりの水量でたたえられた湯を見ると、水不足に喘ぐ市井の者たちのことを思い出すより先に、うきうきとテンションが上がってしまうのだ。
―――神よ、罪深いわたくしをお許しください。
浴室の前で下着まですべての服を脱がされながら、メイラはこっそり祈った。
―――贅沢はしません。過度な美食も、酒も、宝石もドレスも欲しがりません。ですが湯あみは、これだけは……ああああ!
真摯な祈りだったはずなのに、掛け湯をしてから肩まで浸かったその温度に、いつしか頭の中が快楽物質でいっぱいになる。
「湯加減はいかがですか?」
ニコニコと尋ねてくるシェリーメイ。
腕まくりして石鹸の泡を立てているフラン。
ユリは髪を洗う用のたらいに香油を混ぜていて、どうやら三人のメイド総がかりだ。
ひとりでゆっくりと入りたい。
そう口にする前に、笑顔で洗い場に引き上げられて、人型にくぼみのあるベッドにうつぶせにされた。
フラン! お願いだからそんな丁寧に触らないでほしい。
くすぐったい!! くすぐったいんです!!!
「ひゃあ!」と悲鳴を上げたメイラに、メイドたちはくすくすと笑う。
後宮に居た時は、多少だがプライベートも確保されていたお風呂タイムなのに!
たっぷりなお湯の中で、溶けそうになるほど長湯するのが好きだったのに!!
クリームのようなきめ細かい泡で、頭の天辺からつま先まで磨き上げられていく。
メイドたちがやけに真剣な顔をしていたので、服を濡らしてまで懸命に奉仕してくれるのを拒むわけにもいかなかった。
必要以上に何度も丁寧に洗われて、最期の方はもう勘弁してくださいと悲鳴を上げる元気すらなかった。
身体を仰向けにして、うつぶせに戻り、足を上げ、手を上げ。
もはや言われるがまま、されるがまま。
弱点の腰や背中に触れるときに変な声が出てしまい、慌てて口を塞ごうとしたが、指先まで泡で包まれているので顔が凄いことになってしまった。
ねぇ、どうして皆さん笑っているの? なんだか怖いんですが。
ずいぶん念入りに泡まみれにされた末、ようやくオッケーが出て泡が流され、湯に戻れた。
せっかくなのだからゆっくり長湯を楽しみたいのに、すっかり疲れてしまっていた。
これは体調不良によるものではなく、もみくちゃにされて洗われたせいだ。
恨みがましくメイドたちをチラ見すると、彼女たちはテキパキと忙しそうに動き回っている。
文句を言うのは申し訳ないと思うだけの分別は残っていたので、小さなため息をつくにとどめた。
「ちょ、ちょっと待って!」
しかしその余裕も、美しいレリーフが施された大きな岩のテーブルの上に、白い厚めの布が掛けられるまでだった。
「さあ、長湯はまた今度にいたしましょうね」
「ユリ!」
「さあさあ、こちらへどうぞ」
いやいやと首を振るメイラに、ユリが笑みを深くする。
だから怖いです!! 絶対に何か怒ってるでしょう?!
メイラはびくびくと湯から上がり、促されるままに岩に上がった。
にっこりと微笑むシェリーメイの両手が、オイルでてかてか光っている。
これは、あれだ。
メイラが苦手やなつだ!!
飛び上って逃げようとしたが、時すでに遅し。両腕を残りのメイドたちが白い布に押し付けている。ひどい、あんまりだ! 仮にもメイラは主人のはずなのに、無理やり拘束して……
「メルシェイラさま用にブレンドされた、特注のマッサージオイルだとのことですよ。エルネスト侍従長のチョイスはさすがです」
とろり、としたオイルが背中に垂らされた。
「……ひっ」
「洗い流さなくてもいいタイプですから、しっかり塗り込みますね」
「あっ、だめ! ……ねえ、お願いよ。ねぇ」
「リラックスしてくださいね」
「んあっ、あ、あ……やっ」
「月下香と、なんでしょう。爽やかな果実のような香りも混じっていますね」
「柑橘系ね。レモンではないわ、オレンジ?」
「だめ、だめぇ……シェリーメイ!」
「はい、次は脇腹ですよ」
「やああああっ」
「まあ、メルシェイラさま。この程度でお泣きになってはいけません。ご辛抱ください」
「そうですよ。くすぐったいということは、感覚が鋭いということですから。慣れてくれば天に昇るような心地にしていただけます」
天にも昇るって何? すでにもう息も絶え絶え、気絶したいほどなんですけど!!
いくらメイラが泣き叫び懇願しようとも、メイドたちの手は離れなかった。
腕に痣でもできてしまっているのではないか、そう思う程に強く腕を掴まれ、岩のベッドに押さえつけられている。
「あっ、あ、あ……だめ、ねぇ、もうだめ」
やがてびくびくと全身が痙攣し、逃げようにも身体に力が入らなくなる。
「なんてお可愛らしい」
右側で上腕を押さえていたフランが、もはや抵抗はないと思ったのか、そっとその手を腕の付け根の方に動かしながら言った。
「いやよ……あっ……んぁ、あ」
「もっと美しく可愛らしく仕上げましょうね」
ユリも、反対側の腕を絞るようにして付け根のほうへマッサージしていく。
「ひっ!」
シェリーメイの両手が、腰の上に乗せられた。
じゅぶじゅぶとオイルが擦れる音とともに、下から上へと背骨沿いに押し上げられ。
「ああああっ、らめぇぇぇぇっ」
メイラは締まりのない口で精一杯の意思表示をしながら、そのまま意識を飛ばしてしまった。
0
お気に入りに追加
656
あなたにおすすめの小説
【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。
伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。
しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。
当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。
……本当に好きな人を、諦めてまで。
幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。
そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。
このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。
夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。
愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした
葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。
でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。
本編完結済みです。時々番外編を追加します。
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。
airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。
どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。
2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。
ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。
あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて…
あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる