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 敵の接近と緊急事態を告げるサイレンが不安と緊張を誘う。一般市民たちは慣れたもので、すぐさま安全な場所に移動していくのがわかった。

「ノウキを取り返しにきたのかもしれないわね。さあ、タイムさん。こいつのことは私たちにまかせて、あなたのやるべきことをしてきて頂戴」
「はい!」
「あ、腹いせに何かして欲しいことがあったらしておくけど」
「まあ、ふふふ。十分マディさんがコテンパンにされているようですし、今の彼はわたくしたちだけの獲物というわけでもありませんもの。人類皆様の安全と安心を脅かした彼らは、今の世界が処するべきですわ」
「はは、あなたならそう言うと思ったわ。いってらっしゃい」

 わたくしは、足早に集合場所に向かった。ノウキと戦闘した子たちは、今戦える状況ではない。残る6人のうち、誰が出動するのか。

 今度こそ、選ばれたら……、しっかりカエリズミたちのようにしなきゃいけないわね。

 やけに心臓がうるさい。どことなくふわふわしている。頬をパンっと両手で叩き、浮かれたような気持ちを引き締めなおした。

 わたくしが部屋に入ると、すでに皆集まっていた。遅いと叱責されたが、わたくしがさっきまでいた場所を司令官が知らないはずはない。

「タイム、すでに報告は受けている。得られたデータは皆に共有しているが、お前はもう知っているな?」 
「はい、偶然にもあの場にいましたから」

 いくらグラスさんでも、前世云々のような夢空言は言っていないだろう。直立不動のまま敬礼をし、きっぱり応えた。仲間も、データ共有からそれほど時間は経っていないというのに、理解しているようだ。今ここにいる人々の中で、この程度の状況把握が数分でできないものはいない。

「うむ。今回襲撃してきたのは2体。姿は確認しており、データと照合したところ、やつらも女王の側近に違いないとのことだ。捕らえたUMA、ノウキを取り返しにきたのだろう。つまり、敵の目的は、ここだ」

 司令官がわかりきったことを言ったのは、ここにいる全員をすぐさま退避させねばならないというのに、彼は動かないつもりのようだ。もしも、この襲撃が彼らの勝利に終われば全員の命がない。

 他の上官も同じようで、彼らは、最前線で戦う人々、そして直接UMAと対峙するわたくしたちがいるかぎり、勝利を信じて未来を託してくれている。

 しっぽを巻いて逃げるような人物でなくてよかった。といっても、UMAの侵略が成功することは、どこにも逃げ場がなくなるということ。シェルターにいる一般市民に至るまで、全員の命と尊厳がわたくしたちにかかっている。

 ますます負けるわけにはいかないと、皆が出動命令を待つ。

 司令官は、またもやわたくしを外した。今度こそ、と思っていた気持ちがしぼむ。

 仲間が乗るキュービクルを、大スクリーンで祈りを込めて見つめるだけの自分が情けないようで、でも、彼女たちと一緒にここにいられる自分を誇った。でも、ずっと考えていた心のトゲがどうしても刺さったままチクチク痛んだ。

「タイム、どうした?」

 普段と違う様子のわたくしの隣に、コーチが来た。わたくしは、ちらっと彼を見上げて、スクリーンに視線を戻す。

「ヒューズコーチ。ずっと聞きたいことがあったんです。わたくしは、……キュービクルに乗ることができないのではないでしょうか」

 コーチは、少し眉を動かしたあと、スクリーンに映る素晴らしい動きでUMAを圧倒している二機のキュービクルを見ていた。
 
「なぜ、そう思う」

 コーチの言葉は、きっと、わたくしの答えを知っているのだと思う。問いかけたのは、おそらくわたくしが言葉に出すことで、しっかり自分の立ち位置をわからせるためだろう。

「わたくしは、成人間近です。それに、どうにもUMAを憎み切れない。キュービクルを動かす動力の源は、わたくしひとりでは出せません。他の子たちは、わたくしの倍以上のエナジーを生み出せるというのに……。いくら座学がよくても、リーダーシップがあっても、キュービクルを動かせなければ足手まとい。早い段階で落第すると確信していました」
「そうか」

 わたくしの言葉は、側にいた仲間たちにも聞こえていたようだ。そんなことはないって口々に言って、わたくしを励ましてくれる。だけど、どう考えても、今ここにわたくしがいることはおかしいのだ。

「タイム、古来より、戦において必要不可欠なものがある。なんだ」
「天の時は地の利に如かず。つまり、天の時、地の利、そして人の和です」
「そうだ。遥か古代から、変わらない原則だ。しかし、それは国家間、人間同士のことだった。今、我々が戦っているのは人の顔を被ったUMA。自分とは違う異形の姿に、皆恐れおののき嫌悪している。いくら人類のためとはいえ、訓練は厳しいし、若い少女たちにとってUMAは見たくもないおぞましいものだろう。そんな彼女たちにとって、お前は潤滑剤であり着火剤だった。彼女たちにとって、強い信仰のようなあこがれや希望そのものでもある」
「……わたくしは、皆のサポート役で残されたのですね」

 やはりというか、戦力外通知を改めてコーチから聞くと、心の中に大きな槍が突き刺さったみたいに苦しくて痛い。これまで頑張ってきた時間、皆と一緒に過ごした時間、共有してきた苦しさや喜びを思い出して涙がでそうになった。

「タイム、お前は訓練生ではなく教官補佐にしようという意見が多数上がっていた。そのほうが、少女たちをもっと導くことができるのではないかと」
「……はい」
「だが、一緒に苦難を乗り越えることのできる仲間という意識のほうがいいだろうというのが俺達コーチ陣の意見だった。あとな、勘違いするなよ? お前は、サポート役だけじゃない。十分以上にキュービクルを操縦できる才能があるんだ。だからこそ、訓練生として最終試験を受けることができたし、こうして正式にパイロットになった。ああ、ほら、泣くな。らしくない。胸を張れ」
「はぃ……ずびぃっ!」

「さっきから聞いていましたけど、ヒューズコーチひどいです」
「そうです。ものには言い方ってものが!」
「そうよそうよ。おねえさまは誰よりも早くキュービクルを動かせるんですよ!」
「それに、ここにいる子たちの中には、相性が悪くてペアになれない子もいるのに、おねえさまだけは全員とペアになることができるんですから!」

 皆がわたくしを守るようにかばい、コーチに詰め寄った。これには普段鉄仮面のような動じないコーチもたじたじになってしまい、あーとかうーとか言葉にならない声をだすばかり。その姿がとてもおかしくて、胸にあたたかなしずくがぽたぽたと落ちて染み込んでいくみたい。

「みんな……ありがとう……わたくし、皆と出会えてよかった……」

 コーチの厳しくて不器用な言葉も、彼女たちの温かくて思いやりに満ちた気持ちも、わたくしをどこまでも高くとばせてくれる。四方八方から抱きしめられてくちゃくちゃにされながら見ていたスクリーンでは、キュービクルが見事に二体のUMAを撃墜したのだった。
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