必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 葉璃がまた、春香の影武者になる。

 どうにも心配でスタジオまで葉璃に付き添った聖南だったが、パーティー会場を抜けるのは実は結構大変であった。

 しかし葉璃の一大事にグズグズしている暇など無く、佐々木という名前も出た事によって当然の如くmemoryのレッスンスタジオへと赴き、練習に付き合った。

 約一時間半ほどの練習が終わり、緊張の糸が切れた聖南がトイレに向かって数分、勝手の違うスタジオなので一階は探し切れず、二階に上がるも無かった。

 歩けど歩けど目的地に辿り着けずに、「やっぱ一階か」と呟いてもう一度よく探してみると裏口付近に目的の場所はあった。

 聖南はそこに小走りで駆け込んだ。

 それが何十分、何時間も経っていただろうか。

 スタジオからちょっと離れたたった数分の間に、葉璃が見事にしょんぼりしてしまっていて聖南はすぐに佐々木を疑った。

 だが葉璃は、それ以上聞かないでと瞳をうるうるさせて佐々木を庇い、聖南に踏み込ませる事を許さなかった。

 「俺の傍にいる以上、葉璃を100%信じてる」などと聞き分けよく大人の余裕を見せたが、正直、内心はやはりお決まりで腸が煮えくり返っていた。


『あの眼鏡野郎……俺の葉璃に何を言いやがった』


 暗闇の中、小さくデビュー曲を歌う葉璃の小さな背中が揺れていて、悲しんでいた。

 思わず声を掛けるのを躊躇うほど、しくしく泣いていた。

 いたいけな少年を悩ませ、苦しませ、涙を流させるなど大人のやるべき事ではない。

 何より、聖南の恋人に思い詰めさせた事が許せなかった。

 告白はされていない、と強調していた所を見ると、それは本当だろう。

 だがそれに近い、それよりももっと重たいものを佐々木が葉璃に背負わせた気がした。

 葉璃が小さく口ずさんでいたあのデビュー曲は、片思いに悩む詞だ。

 聖南が葉璃に想いを寄せていたあのツラくて切ない日々を思い出して、数時間で書き上げた。

 アキラのアドバイス通り、世の中の片思いに悩む人皆に共感してもらえるように脚色はしたが、叶わない事前提の詞にメロディーをのせると悲壮感が深まる。

 切なそうに、時折鼻を啜らせて歌っていたそれは、佐々木の葉璃への恋に重ね合わせたようにも聞こえた。


『俺に言わないって事は、なんか思うとこがあんだろうな……』


 誰にも頼らず、自分の中で解決しないといけないと思っている葉璃に横槍を入れる事など出来ない。

 何かとすぐに目くじらを立てていた自らを恥ずかしいと思うほど、最近の葉璃は凛と聖南を見ている。

 変わり始めた内面を認めてやりたい。

 認めてやって、傍観して、葉璃がヘルプを出したその時に、初めて手を貸す。

 葉璃が決めた事なら、それがたとえ失敗に終わると分かっていたとしても、好きにさせてやる。

 あとからいくらでも、聖南が軌道修正してやれるという強い自負があるからだ。

 聖南が関わる以上失敗などさせたくはないが、それが無ければ人間は大きくなれない。

 籠の中で飼い殺していては、葉璃は弱いまま、何にも打ち勝てなくなってしまう。

 デビューを控え、一般の職に就くよりもはるかに世間に晒される仕事なだけに、脆弱なままではいけないと思った。

 聖南は、断腸の思いで大人の真似事をした。

 すぐにでも佐々木の元へ行ってぶん殴り、葉璃を悲しませるなと吐き捨ててやりたかったが、悩んではしょんぼりを繰り返す葉璃を尊重した。

 聖南はこれでも、ものすごく我慢を頑張っていたのだ。




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