必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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… … …


 俺も聖南も疲れきってて、その日は清らかに抱き合って眠った。

 翌日、生放送に備えて俺をダンススクールに送ってくれた聖南は、自分もリハーサルがあるからと一足先に局へと向かって行った。

 聖南はあれからも、何事もなく接してくれていた。

 絶対に問い詰めたいはずなのに「葉璃を信じてる」の言葉は本当だったみたいで、俺が打ち明けるまでそっとしておいてくれるんだ。

 何をどう言われたのか、何が起きてたのか、常々「不安にさせるな」と言う聖南の心の余裕が、今の俺にはありがたかった。

 どうしたらいいかなんて、思い付きもしてない。

 昨日は朝から大忙しな一日だったから、聖南に抱き締められて背中をトントンされたらすぐに寝落ちしてしまって、優しく聖南に起こされるまで俺は夢も見ないで爆睡していた。

 寝る間際まであんなに悩んでたのに。

 想われても返してあげられない切なさなんて知らなかった。

 どういう顔して会えばいいのって不安だった俺に対して、当の佐々木さんは普段通りで拍子抜けだった。

 いざ本人を前にすると狼狽えてしまいそうでビクビクしていたけど、普通に「葉璃おはよう」と優しげに微笑まれたら、俺も普通に返すしかないじゃん。

 ……大人ってすごい。

 聖南も、佐々木さんも、無かったフリがうまいんだもん。


「じゃあ出発しようか。  葉璃、よろしくな」
「……はい」


 時間いっぱいまでスタジオで練習してた俺達は、佐々木さんと事務所のスタッフさんが運転する車二台に分かれて乗り込み、テレビ局へと向かった。

 メンバーみんなは、年末年始の特番に呼んでもらえた事ですでにテンションが上がりきっていて、あの日以来のメイクさん達がまたもや見事に変貌させてくれた俺を全員が "ハルカ" として扱ってくる。

 今日は久々のテレビ出演だからか事務所も気合いが入ってるようで、以前より衣装もメイクも派手めだ。

 腕を出そうが足を出そうが平気だけど、やっぱりこの偽物おっぱいは全然慣れない。


「すみません、佐々木さん……トイレ、行きたいんですけど」
「あ、一人で大丈夫?  俺も行こうか?」
「いえ、大丈夫です」
「女性用入らないとだよ」
「わ、分かりました。  目閉じて入ります」


 楽屋を出たり入ったりしている忙しそうな佐々木さんを捕まえて、楽屋から抜ける事をとりあえず話しておく。

 緊張で手汗がすごいから洗いたいと小声で言うと、薄っすら笑ってくれた事にホッとした。

 何だかごめんなさいと思いつつ、恐る恐る女子トイレへと入る。  よくよく考えると、今の俺は完全に女の子なんだからコソコソした方が逆に目立つかもしれない。

 とは言っても気まずいのは確かで、ひとまず俺は個室に閉じこもると胸に手を当ててたくさん深呼吸した。

 緊張は当然してる。

 相変わらず気が付いたら人という文字を飲み込んでる俺だけど、今日と明日、そして年が明けた三日はハルカとして責務を全うしなきゃいけない。

 春香のためにも、memoryみんなのためにも、佐々木さんや事務所の人達のためにも、memoryを応援してくれてるファンのためにも、絶対に失敗しないように "ハルカ" を頑張らないと。

 デビューを控えた俺が、お客さんやたくさんのスタッフさんに囲まれてのパフォーマンスが出来るっていうのは、恵まれてるんだと思う事にした。

 あがり症の俺が少しでも緊張しないでいられるように、特訓ができるから。


「ふぅ…………」


 興奮気味なみんなの甲高い声が聞こえないから、本番前で集中したい時はトイレに閉じこもるっていうの、結構アリかもしれない。

 ただ難点はハルカのままだと女子トイレに入らなきゃいけないし、個室から出たら一応目を瞑って歩くという自分だけの気使い……ルールが必須になるけど。


「……よし、そろそろ出なきゃ」


 いつまでもここに居たら、みんながハルカを探し始めてしまう。

 もうすぐ本番だってスタッフさんも言ってた。

 リハーサル通りにやれば大丈夫。 とにかく曲さえかかればあとは体が勝手に動いてくれるんだ。

 個室を出た俺は、誰も入って来ない事を祈りながら薄目だけ開けて手を洗った。

 そして手探りで入り口の扉まで来て、ゆっくりと押し扉を開けた。





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