必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 あれだけの騒動を起こしたのだが、デビュー以来毎年呼んでくれている年末の歌番組。

 リハーサル後、アキラ、ケイタ、成田と共に、番組スタッフ一人一人に頭を下げて回って楽屋に戻り一息吐いたところだ。

 年末年始の番組ともなると事務所も気合いが入るのか、衣装がいつも以上に綺羅びやかである。

 どこぞの派手好きな王子様かというほどだが、コンサート衣装も大して変わらないので三人とも慣れた様子で着替えていた。


「今日デビュー曲もやるんだなー」
「二曲フルってすごいよねー」
「マジで……んな時間取らなくていいのにな。  何か悪りぃわ」


 目玉アーティストや重鎮歌手は専ら二~三曲歌う事はザラではあったが、テレビサイズではなくフルバージョンで二曲歌わせてもらえるなど、ありがたい事この上ない。

 タブレットに視線が落ちたまま、謙遜する聖南を成田は励ます。


「セナ復帰してから仕事量すごいからな。  だからさ、悪いな~って思うんじゃなくて、仕事で魅せます!って意識変えていこう」
「おぅ、そうする」


 それから衣装への着替えもメイクも終わった三人は、前室に呼ばれるまで楽屋で水分補給をしていた。

 聖南の事件とスキャンダル以降減っていると思われた仕事は単に、聖南が怪我により動けず仕事が出来ない状況であっただけだった。

 仕事依頼をしようにも、傷口が癒着した後は体力と筋力回復が最優先でなければならなかった。

 スキャンダルについても、普段の聖南のキャラからしてみれば何のマイナスにもならないのは誰の目にも明らかで、むしろ事件の余波に乗って突然聖南に悪のイメージを付けようとした雑誌、出版社が逆境に立たされている。

 アキラは、苦笑する聖南の横顔を見てふいに立ち上がった。


「……セナ、何かあった?」
「…………あ?  ないよ。  なんで」
「顔に書いてある」
「え、どこどこ?  見せて」


 本当に書いてあるはずもないのが分かっていて、ケイタまで側にやって来て聖南の顔を覗き込んだ。


「どうせセナの事だからハル絡みなんだろ?  最近は仲良くやってそうだったじゃん。  昨日も超見せ付けられたし。  で、今度は何だよ」
「何もねぇって。  順調も順調」
「じゃあ何でそんなに凹んでんだよ」
「昨日はヤってねーから……」


 長年の付き合いであるアキラにはお見通しで心配して聞いたのにも関わらず、聖南のこのふざけた言葉で心底葉璃に同情した。


「アホか!  お前はそれしかねぇのかよ!」
「や、ウソウソ。  葉璃が目下成長中なもんで、俺ってば保護者的立場なわけよ。  ……あ、そだ。  もう葉璃来てるはず」


 掛け時計を見ると、すでにリハーサルも済んでもうじき本番かという頃だった。

 CROWNの出番は今からさらに一時間以上後なので前室に行くのも早過ぎだったが、この目で見届けなければ気が済まないと椅子から立ち上がる。


「えっ、ハル君来てるんだ?  どこに?  客席?」
「いや、memoryのハルカで」


 アキラとケイタには以前の影武者もバラしているので、隠していてもしょうがないと早々に打ち明けた。 彼らは、たとえ真実を知ったところで協力に徹してくれるという信頼からだ。


「………………」
「………………」
「………………」


 数秒、楽屋内がシン…と静まり返る。

 その後ケイタの絶叫がこだました。


「……えぇぇぇぇ!?」


 舞台役者は声がよく通る。

 右耳を押さえた聖南は、そんな驚く?と問うたがケイタは興奮してしまい聞いていなかった。


「うっそ!? ほんとに!?」
「マジで?  あん時のやつ?」
「そう。  お前らだから言うんだぞ?  秘密厳守!」
「やったー!  生で見てみたかったんだよねー!」
「見た事あるだろ」
「まさかあれがハル君だったなんて思わないから、全然覚えてないんだよー」


 やけに楽しそうなケイタは、鏡の前に行き身なりを整えている。

 肩を竦めたアキラはというと、すでに意識がスタジオへと向かっていて、楽屋から出ようとしている聖南を急いで掴まえた。


「セナ、お前行くと騒ぎになるからやめとけよ」
「……やめとけって……。  ……無理。  そんなの無理」


 聖南は床を見詰めて、数秒かけてゆっくりアキラを見た。


「俺を止めてくれるな!!」


 そう声を張ると楽屋を飛び出した。

 騒ぎが起きても構わない、とにかく葉璃の姿が見たい。

 だから止めないでくれ!と、まるでドラマのワンシーンのように去って行く聖南は誰にも止められなかった。

 アキラとケイタは、振り向きざまに視線を合わせる。

 聖南が葉璃を追い掛け続けていた日々がふと蘇ってきたアキラは、懐かしさで思わず吹き出してしまった。


「ちょっと、どういう事?   "また" 葉璃くんが春香ちゃんの代役するって?  事務所通してあるの……」


 しかし、成田がタブレットを落としかけた事で楽屋に緊張が走る。

 すかさずアキラとケイタが成田の前に立ち、ニヤニヤと気味が悪いほど笑顔を振りまいた。


「成田さん、セナが言ってたぞ。  秘密厳守って」
「そうそう~別にいいじゃない。  違う事務所の子らが集まってるユニットも結構あんだし」
「でも知ってしまったからには……!」
「成田さんは何も聞いてない」
「成田さんは何も聞いてない」


 狼狽える成田の前で、二人は揺れながら暗示をかけるように何度も繰り返し言い続けた。


「成田さんは何も聞いてない」
「成田さんは何も聞いてない」
「……分かった分かった!  もうやめてくれ!  お前らが夢にまで出てきそう!」
「勝ったー!」


 両手でガッツポーズを作り嬉しそうなケイタをよそに、アキラはズイッと成田へ一歩近付いた。


「事務所内でハルの影武者の話が広まったら成田さんを疑うからな?  そんで怒り狂ったセナが今度こそ事務所辞めるって言いかねないから、マジで秘密厳守頼むよ、成田さん」


 最後にキッチリ釘を差しておいたので、これで成田が血迷う事もないだろう。

 そもそもあの謎の人物、佐々木がmemoryのマネージャーなのだから、大塚事務所にも何らかの根回しはしていそうだとアキラは勘繰っている。


「お前らの仲の良さはいい事だし俺も助かるけど、結束力ハンパじゃないからたまに怖くなるよ!」


 成田は後退った拍子に尻もちを付いてしまいながら、微笑むアキラとケイタを順に見やり、そして「怒り狂ったセナ」を想像してぶるっと震えた。




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