必然ラヴァーズ

須藤慎弥

文字の大きさ
上 下
164 / 541
30❥

30❥7

しおりを挟む



 ゆっくりとスタンドマイクの前に立った恭也が、一礼した。


「ただいまご紹介に預かりました、宮下恭也と申します。  五年前より、大塚芸能事務所のレッスンスタジオで、日々汗を流してまいりました。  今回このような大役を仰せつかりまして、非常に光栄な事だと感謝すると同時に、誠心誠意、驕らずに、芸に磨きをかけていきたいと考えております。  まだまだ未熟な僕等なので、ご迷惑をお掛けする事を承知の上で、多方面の先輩方のアドバイスを賜りたく思います。  どうかその際は熱いご指導の方、よろしくお願い致します。  ありがとうございました」


 一礼して後方に戻っていく凛とした背中に、たくさんの拍手が送られた。

 いつものゆっくりな喋り方ではあったが、たどたどしく言葉が切れるような事がなく、意外と堂々としていて驚いた。

 恭也のような立派な挨拶は、聖南ですら出来る気がしない。


「宮下恭也さん、ありがとうございました。 
続いて、倉田葉璃さん、よろしくお願い致します」


 間髪入れずに葉璃が呼ばれ、一度ビクッと肩を揺らしてマイクへと歩き出した様を聖南は食い入るように見詰めた。

 葉璃の緊張が伝わってくる。

 視力の良くない聖南でも、引き結ばれた唇が微かに震えているのが見えて思わずポケットの中で拳を握った。

 仕事を覚えたての新米マネージャーは、この事を葉璃と恭也に伝え忘れていたらしく二人はぶっつけ本番であの場に居る。

 それを知った成田から、二人は簡潔にレクチャーを受けただけにも関わらず自分達の置かれた立場をよく分かっていた。

 もしも聖南が同じ境遇に立たされたならば、恐らく「聞いてない」と突っぱねて成田をはじめとするスタッフ等を大層困らせていたに違いない。

 マイクの前で小さく深呼吸を繰り返す葉璃の元へ、今すぐにでも行ってやりたい。

 聖南自らが見立てたスーツに身を包み、今にも泣きだしてしまいそうな表情を浮かべた葉璃には苦行以外の何ものでもないのだろうが、かつての聖南達もこの場でCROWNとしての意気込みを語らされた。

 大塚芸能事務所の一員であるからには、ましてや来年度にデビューが決まっている二人にとって避けては通れない道なのである。

 心配で仕方のない聖南の視線の先で、葉璃が意を決したように前を見据えた。


「た、ただいまご紹介に預かりました、倉田葉璃と申します。  ……このような素晴らしいお話を頂いた時、僕は、こんなにキラキラした場に居させてもらえるような器ではないと、思っていました。  ま、まだ正直、その気持ちはあります。  心がついてこなくて、こうして皆様の前に立っている今も足が震えています。  ですが、現時点で関わって下さっている関係者の皆さんに力強く、そして温かく背中を押してもらって、僕は、決心しました。  期待に応えられるように、精一杯がんばります。  僕は世間知らずで、何も知らない子どもと変わりません。  色々とご迷惑をお掛けするかもしれませんが、これから、ど、どうぞよろしくお願い致します」


 ペコッと頭を下げた葉璃は、胸に手をあててフーッと息を吐きながら一度だけ聖南を見てから、恭也の隣に戻っていく。

 静かだった会場が途端に拍手に包まれた。

 「可愛いー♡」「頑張れー♡」という応援の声があちこちから飛び、張り詰めた緊張感たっぷりのムードが一気に明るいそれへと変わる。

 しかし、恭也に腕を支えられて放心状態の葉璃にそれは届いていない。

 司会者の女性にも、直ちに倒れてしまいそうな葉璃が若干イジられていて、会場の笑いを誘った。

 健気で正直な挨拶と両手にぎゅっと拳を作ってマイクに向かう必死な様は、この会場の芸能界に居る者達や社会人として長くトップに立つ者達にとってはさぞ初々しく、可愛らしく映ったに違いない。


『……かわいーな、もう……』


 疑いようのない面持ちで "緊張で足が震えている" などと言われれば、つい応援したくなるだろう。

 最後にもう一度、社長から二人へ労いの言葉が掛けられていた。

 ユニット名は来年夏頃に社内報で発表し、その後マスコミにも随時流していくとの報告もあって、二人のデビューお披露目会は簡素に終了した。

 恭也に連れられて戻ってきた葉璃は、壇上の時と変わらずまだ緊張が解けていないようだった。

 聖南が傍へと歩み寄り、労いの言葉を掛けようとすると、「聖南さん……」と眉を顰めた葉璃から真剣に見詰められる。


「ん?」
「……全然、じゃがいもに見えませんでした……」


『……じゃがいも……?』


 緊張しました~と泣き顔で訴えてくるかと思いきや、聖南の思考が一瞬止まるほどのまさかの台詞に、労いの言葉を掛けるのも忘れて腹を抱えて爆笑してしまった。


『大丈夫だ、この子は! 何があっても乗り越えられる!』


 あの場で、半ば冗談に近い聖南の言葉を実行に移そうとしていたとは思いもよらなかった。

 余裕が無いながら必死で、会場中のきらびやかな芸能人達を「じゃがいも」だと錯覚させようとしたとは……。

 なかなかに肝が据わっている。

 そう改めて感心しながら、聖南はその後しばらく笑いが止まらなかった。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

潜入した僕、専属メイドとしてラブラブセックスしまくる話

ずー子
BL
敵陣にスパイ潜入した美少年がそのままボスに気に入られて女装でラブラブセックスしまくる話です。冒頭とエピローグだけ載せました。 悪のイケオジ×スパイ美少年。魔王×勇者がお好きな方は多分好きだと思います。女装シーン書くのとっても楽しかったです。可愛い男の娘、最強。 本編気になる方はPixivのページをチェックしてみてくださいませ! https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21381209

新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~

焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。 美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。 スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。 これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語… ※DLsite様でCG集販売の予定あり

【BL】SNSで人気の訳あり超絶イケメン大学生、前立腺を子宮化され、堕ちる?【R18】

NichePorn
BL
スーパーダーリンに犯される超絶イケメン男子大学生 SNSを開設すれば即10万人フォロワー。 町を歩けばスカウトの嵐。 超絶イケメンなルックスながらどこか抜けた可愛らしい性格で多くの人々を魅了してきた恋司(れんじ)。 そんな人生を謳歌していそうな彼にも、児童保護施設で育った暗い過去や両親の離婚、SNS依存などといった訳ありな点があった。 愛情に飢え、性に奔放になっていく彼は、就活先で出会った世界規模の名門製薬会社の御曹司に手を出してしまい・・・。

【R18】孕まぬΩは皆の玩具【完結】

海林檎
BL
子宮はあるのに卵巣が存在しない。 発情期はあるのに妊娠ができない。 番を作ることさえ叶わない。 そんなΩとして生まれた少年の生活は 荒んだものでした。 親には疎まれ味方なんて居ない。 「子供できないとか発散にはちょうどいいじゃん」 少年達はそう言って玩具にしました。 誰も救えない 誰も救ってくれない いっそ消えてしまった方が楽だ。 旧校舎の屋上に行った時に出会ったのは 「噂の玩具君だろ?」 陽キャの三年生でした。

EDEN ―孕ませ―

豆たん
BL
目覚めた所は、地獄(エデン)だった―――。 平凡な大学生だった主人公が、拉致監禁され、不特定多数の男にひたすら孕ませられるお話です。 【ご注意】 ※この物語の世界には、「男子」と呼ばれる妊娠可能な少数の男性が存在しますが、オメガバースのような発情期・フェロモンなどはありません。女性の妊娠・出産とは全く異なるサイクル・仕組みになっており、作者の都合のいいように作られた独自の世界観による、倫理観ゼロのフィクションです。その点ご了承の上お読み下さい。 ※近親・出産シーンあり。女性蔑視のような発言が出る箇所があります。気になる方はお読みにならないことをお勧め致します。 ※前半はほとんどがエロシーンです。

αなのに、αの親友とできてしまった話。

おはぎ
BL
何となく気持ち悪さが続いた大学生の市ヶ谷 春。 嫌な予感を感じながらも、恐る恐る妊娠検査薬の表示を覗き込んだら、できてました。 魔が差して、1度寝ただけ、それだけだったはずの親友のα、葛城 海斗との間にできてしまっていたらしい。 だけれど、春はαだった。 オメガバースです。苦手な人は注意。 α×α 誤字脱字多いかと思われますが、すみません。

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件

神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。 僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。 だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。 子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。   ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。 指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。 あれから10年近く。 ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。 だけど想いを隠すのは苦しくて――。 こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。 なのにどうして――。 『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』 えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)

処理中です...