必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 会場入り口で待ち構えていた成田と恭也と共に、壇上下の隅っこで待機してその時を待っている。

 成田から挨拶の基本的な作法を簡単にだがレクチャーされ、見本文を熱心に読み込んでいる二人を聖南は黙って見ていた。

 葉璃はその時もまだ手のひらの人という文字を絶え間なく飲み込んでいて、その姿は可愛くもあったが笑えてしまい、無表情の恭也がその様子をジッと見ている様も、何とも可笑しかった。

 人との接触にはいくらか慣れ、ネガティブで卑屈な性格は大幅に改善されているから大丈夫だろうと思ったけれど、大勢の人の前に立つ事は相当に緊張するらしい。

 聖南のように元々平気な者もいるが、人前に立つというのはたくさんの場馴れで慣れていく者の方が圧倒的に多い。

 この事に関してはあまり気持ちが分かってやれない聖南は、葉璃が切羽詰まった様子で何度となく手のひらをイジイジしている様を見て唐突に思い出した。

 少し屈んで、忙しなく動く葉璃の耳元で尋ねてみる。


「葉璃、一番最初にハルカとして生放送出てた時も、それやってた?」
「これですか?  やってましたよ。  効果ゼロですけどね……でもやらないと落ち着かなくて」
「そっか。  大丈夫だ、葉璃。  俺がついてる。  大丈夫」


 力いっぱい葉璃を後押しするも、引き攣った笑顔が返ってきた。

 一目惚れした運命的なあの日も、確かに葉璃はこうしてずっと手のひらをイジイジしていた。

 収録中何度も、葉璃と目が合わないかとソワソワしていたのに一向に聖南を見てくれなかった事を思い出す。


『あの時もこれやってたのか……目が合わなかったわけだ。  緊張を解そうって躍起になってたんだなー……』


 随分前の事のように感じるあの生放送の歌番組で、聖南の突然の恋は始まった。

 追い掛け続けた日々を経て葉璃を手に入れたが、後にも先にもあんなに必死になった事は無かったかもしれない。

 必死だったあの頃を懐かしく、そしてあのやきもきした毎日も実に楽しかったなぁと振り返る。

 会話どころではない葉璃を前に聖南も黙ると、瞳を閉じてしばし回想にふけった。

 自然と周囲の音が遮断され、葉璃との出会い、すれ違い、誤解、想い会えた日の事まで思う存分蘇らせて懐かしんだ。


「あれ、いねぇ」


 瞳を開けると葉璃はもちろん、恭也も成田も居なくなっていて、壇上に視線を移す。

 緊張した面持ちの葉璃と恭也が中央に立っていて、その脇で成田が説明と紹介に従事していた。

 もう始まったのかと聖南も少しばかり妙な緊張感を持ちながら、その様子を凝視する。

 成田に代わりその後社長が出て来て、二人がデビューに至った経緯と、期待を寄せている旨の挨拶をし、司会者へとマイクが渡った。


「それでは、デビューを目前に控えたお二人に、一言ずつご挨拶を頂きたいと思います。  まずは宮下恭也さん、お願いいたします」


 ついにきた、と聖南はいても立っても居られず二、三歩前へ寄った。

 ポケットに手を突っ込んで何食わぬ顔を装ってはいるが、葉璃と恭也のドキドキがこちらにも伝わってくるようで眉間に皺が寄る。


『がんばれ。  ───恭也、葉璃』





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