必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 寝汗をかいたからと慌ててシャワーを浴びた葉璃は、再びスーツに袖を通していた。

 短時間だがぐっすり眠れたおかげか元気いっぱいで、ドライヤーで葉璃の髪型をセットしてやっている聖南に、何だかよく笑い掛けてくれる。

 淀みなく真っ直ぐ聖南を見詰めての笑顔は貴重で、思わずまた欲望が目を覚ましそうになるが、これからお披露目と、さらにはその後memoryのダンスレッスンに向かわなければならない葉璃に、身勝手な欲はぶつけられない。


「よし、いいんじゃね?」
「よく分かんないけど、いいと思います」


 中身は大きく変化した葉璃だが、この見てくれを自覚するには未だ至っていない所は頭が痛い。

 聖南にだけ見せてくれていると思っていた顔がいくつもあり、それを無自覚のまま他人に撒き散らすのは我慢ならなかった。


「……葉璃さぁ、いい加減自分の容姿をちゃんと把握しとけよ?  あ、そうそう、荻蔵にほっぺた膨らませたとこ見せたろ」
「ほっぺた?  あ~どうだろ。  荻蔵さん一言多いからイラッとする事多いですけど……」
「俺以外の奴に見せるな。  狙ってやってない分、余計に質悪りぃから」
「あ! そういえば、それ狙ってやってるのかって荻蔵さんに言われました。  これの事?」


 言いながらぷぅっと頬を膨らませた葉璃が振り返ってきて、それだよそれ…と不意打ちの上目遣い攻撃に肩を竦ませた聖南は、窄まった唇にチュッとキスをした。

 そして葉璃の首筋にかかる髪を除けると、


「もう降りないといけねぇから、これで許してやる」


そう言って項に強く吸いついた。


「痛っ」


 昨日つけた4つのキスマークの隣に、もう一つ追加してやった。

 痛がる葉璃の体を掴まえて、五秒ほどしっかり吸い上げたせいで痛々しさが倍増である。


「それどうやってやってるんですか?  お腹とか太ももにもいっぱいありますけど……チクッてするんですよねー」


 だからやめてほしいな~という言葉が続きそうだったが、不満そうに唇を尖らせて黙っていたのでそこは無視を決め込む。

 葉璃へのキスマークをやめるなど、聖南には出来ない。

 もっと言えば、ちょっと控えて下さいよとお願いされたとしても無理だと突っぱねる。


「その痛みで愛を感じるだろ?  だから良し」


 聖南も鏡の前で自身の髪型と身なりを整えて、忘れ物はないかと室内を見回す。


「え、自己完結! 何にも説明してくれてないですよ!」
「あははは…!  いや、でもマジで、それは愛の証みたいなもんだからな。  葉璃は俺のもんだぞーっていう」


 今しがた鏡の前で顔の表情筋を引き締めたところに、またも笑かされてしまい聖南は目尻の涙を拭った。

 スーツが皺になっていないか、ネクタイが曲がっていないか等のチェックと、葉璃の髪型のセットを甲斐甲斐しく担った聖南にとって、彼を構う事が心を保つ術なのだと思い知る。

 カードキーを持った聖南は、唇をツンと尖らせたままの葉璃の背中を押し、滞在時間約一時間ほどだったシングルルームを出た。


「あ~緊張するー……。  あんなにいっぱい人が居たから、やっぱドキドキします……」


 小声でそう言う葉璃は、手のひらに人の文字を何度も書いて飲み込んでいる。

 そんな古典的な事しても…と笑いながらエレベーターに乗り込むと、まだそれを続けている葉璃の腰を抱いた。


「何にも気にしないで、素直に話せばいいって。  緊張すんなら、会場にいる人等みんなじゃがいもだと思えばいいんだよ」
「無理ですよー!  じゃがいもじゃないですもん!」


 腕の中で、あんなに大きいじゃがいも無いし…としみじみ呟かれ、またもや聖南の笑いを誘った。

 今後二度とシングルルームなど借りないと、やはり部屋に不満しか感じていなかった聖南だったが、実父の事で沈んだ気持ちをも忘れ去り愛しい葉璃を抱く手に力を込めた。

 エレベーターが一階に到着するまでのほんの数十秒、葉璃の細腰を堪能した聖南はいつの間にか鬱屈とした気持ちが晴れている事に気付く。

 父親との確執はそう容易い問題ではないはずなのだが、葉璃と居ると悩んでいる時間さえ勿体無いと思えた。



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