永遠のクロッカス

須藤慎弥

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 自分一人だけに愛を注いでほしい。
 よそ見してほしくない。

 ……あの時の初だった乃蒼は、ただただ、月光に愛されたかったのだとようやく気付いた。
 乃蒼、乃蒼、と大型犬のように尻尾を振って乃蒼の周りをウロウロする月光が、自分だけのものになればいいのに、と。

 気付いてしまうとツラくなるだけだと分かっていた。
 行為そのものが痛みだけしか伴わなくなる事が、分かっていた。


 ───どうしていつも行為の後はほったらかすんだ。 男だから、後始末くらい自分で出来るでしょって、そう思ってる?


 学校のトイレの個室に入って、月光が散らした欲望を独りで掻き出す侘しさを思い出すと、今でも胸が痛い。
 そんな事をいちいち問い詰めて改善を求めたところで、月光の意識が変わるとは思えなかった。 だから、言わなかった。

 重い。 めんどくさい。 そう思われてしまったら、もう月光とはセックス出来なくなるかもしれない。
 欲望に忠実だったあの時は、乃蒼自身もセックスの対象が居なくなる事が嫌で、月光と触れ合えなくなる事も堪え難かった。

 そんな思いを抱いていた時点で、月光への想いは明白である。
 ただ乃蒼は、気付かないフリをしていた。
 学校だけでなく、月光と色んなところで愛し合ってみたかった。
 若いうちにしか出来ない、恋人としての無茶をしてみたかった。

 とにかく、月光との行為に切なくなり始めた頃からずっと心が痛かったのだ。


「……好きだった……? 俺が、月光のことを……?」


 隣にいる女が次々と変わる度、セフレが出来たと報告される度、乃蒼は黒く重たい感情を押し殺して「バカじゃん」と言って鼻で笑っていた、青春の後悔。
 気付かないフリをやめるチャンスはいくらでもあったのに、月光を見る女達への嫉妬が先行してしまっていた。

 今思えば、あれは愛し合っての行為ではなかった。


『互いの欲望の捌け口』


 乃蒼は恋人ぶらずに、月光に付き合ってやっている素振りで毎日彼を受け入れていたように思う。


「…………でもあの時はなぁ……」


 節操無しがピークだったあの頃の月光に、乃蒼が何をどう言っても分かってはもらえなかっただろうから、告白しないままで正解だったのかもしれない。
 七年もかかってしまったが、乃蒼は当時を冷静に振り返る事が出来るようになっていた。

 それは紛れもなく、今の月光の姿で誠実さを垣間見ているからだった。

 リビングのソファに腰掛けた乃蒼は、そろそろ愛着を持ち始めたブルーライトを見詰めて、当時の苦しかった自分への花向けのように微笑んで瞳を閉じた。



…  …  …



 週明けの月曜日は、美容室が定休日なので乃蒼も一日休みだった。
 月光も乃蒼に合わせて休みを取ったらしく、少し寝て酒を飛ばしたらお昼前から遊びに行こうと誘われ、乃蒼は快くOKした。


「月光~、俺午前中だけちょっと出掛けてくるから」


 朝早くから起きていた乃蒼は、腱鞘炎の湿布とテーピングを受け取りに病院へと行かなければならなかった。
 総合病院の朝はごった返すため、少々早いが九時の予約のためにすでに支度を整えている。
 寝室で寝ているであろう月光に一声掛けて出掛けようとしたのだが、むくりと起きてきた月光は少しばかり機嫌が悪そうだ。


「あ~? どこ行くんだよ?」
「病院だよ。 休みの日しか行けないから」
「腱鞘炎の~?」
「そうそう。 予約九時だから多少待ってもお昼前には帰れるよ」
「分かった~。 俺も行く~」
「え? いや、寝てろよ。 病院なんて健康な人が行くもんじゃないって」


 明るい髪は長髪ゆえかあちこちに逆立ち、そのボサボサ頭を掻きながら起きてきた月光はまだ半分しか目が開いていない。
 しかし付いていくと言って聞かないマイペース人間は、寝惚けたままあくびを繰り返し、支度を始めた。


「月光、三時間くらいしか寝てないんだろ? 酒も抜けてないだろうし、俺が帰るまで寝てなって」
「やだね~一緒に行くもんね~。 病院ってデカイ? コーヒー飲むとこあるかな~?」
「病院をカフェ代わりにするなよ」


 言い出したら聞かない彼の性格は、乃蒼が一番よく知っている。
 仕方なく、コーヒーを所望する月光を連れて乃蒼は病院へと向かった。
 まだ月光は確実に体内に酒が残っているので、タクシーでだ。


「乃蒼が俺の車運転すれば良かったじゃ~ん」


 病院の入り口前でタクシーを降りるなり月光にそう言われたが、乃蒼は首を振る。


「無理、あれミッションだろ。 俺AT限定だから」
「マージで? 可愛いな~」
「うるさいな。 今ほとんどAT車なんだからいいんだよ!」


 二人でそんな言い合いをしながら、大きな自動ドアをくぐる。
 九時の予約が一番早いはずなのだが、一階の受付では早くも患者がごった返していた。

 顔面を含めた見てくれが派手過ぎて、朝一番でド派手な奴をお年寄りに見せて申し訳なさを感じるほど注目を集めまくっていた月光は、鼻歌でも歌いながら乃蒼と分かれ、念願のコーヒーを飲みに行った。
 大きな病院はコーヒーショップもコンビニも銀行までもあって、月光が付いてきたとしても退屈しなさそうで安心した。




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