永遠のクロッカス

須藤慎弥

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 大人しく整形外科の待合室で順番を待っている乃蒼は、天井から吊るされたテレビを何の気無しに見ていた。
 予約通りであればすぐ呼ばれるだろうからと、月光にはコーヒーショップの店内で飲んでていいよと言っておいたので、しばらく戻ってこないだろう。
 病院というものに縁がなさそうな月光は珍しそうに院内をキョロキョロしていたから、少し探検しているかもしれない。
 こういう場所を嫌がりそうな月光が、まさか付いてきてくれるとは思わなかったので乃蒼は密かに喜んでいた。


「───乃蒼?」


 気になるニュースに注目していたところに、優しげな声が降ってきて視線だけをやると、あの  “お兄さん” が白衣姿で立っていた。


「あっ、おはようございます。 お兄さん今日も夜勤明けだ?」
「そう、今週末までね。 総合案内で乃蒼と月光を見付けちゃったから、声掛けないわけにいかないじゃない? 月光はどこ行ったの?」


 美形医師は今日も完璧なまでのイケメンだ。
 漫画か何かのように周りにキラキラが散っていそうなほど、男から後光が射して見えた。
 とても夜勤明けとは思えない。


「月光は今あっちのコーヒーショップでコーヒー飲んでる。 九時の予約なのにまだ呼ばれないー」
「もう二十分は経ってるね。 言ってきてあげようか?」
「いえ、今日は時間あるから大丈夫です」


 休日の今日は急ぎではないので、さすがに順番抜かしは気が引ける。
 イケメン医師として周囲の注目の的となっているお兄さんは、ふっと笑って乃蒼の頭を撫でた。


「待てるの? 乃蒼お利口さんじゃない。 月光との契約はどんな感じ?」


 ───お、お利口さん……。


 不意打ちでふわふわっと頭を撫でられた乃蒼の体に、途端に緊張が走った。
 おまけに、例の一件が気になるのか耳元でそう問うてきてドキドキする。
 タイプの男に優しくされるとついポッとなってしまうが、気持ちの変化が如実な乃蒼は少し照れながら頬を掻く。


「あー……ちょっといい感じ」
「いい感じ? ……それは、付き合うって事なのかな?」
「……かも……」
「…………そう。 もし付き合うってなっても、俺との約束は果たしてね? 楽しみにしてるんだから」


 ね、と念押しに極上の笑顔を向けられ、その自然な微笑みに乃蒼も思わず笑い返していた。
 この男は、とても不思議な力を持っている。


「それは俺も楽しみにしてるんで、もちろんです」
「……それじゃ俺は帰って寝るよ。 おやすみ」
「はーい、お疲れ様でした! おやすみなさい」


 腕時計を確認したお兄さんは、乃蒼に手を振って爽やかに立ち去ろうとしていたが、白衣のポケットに手を突っ込んで回れ右した。
 どこに行くのだろうと目で追っていると、整形外科の受付の方に歩いて行き、何やら話をして乃蒼を振り返り気障にウインクをして今度は本当に華麗に去って行った。


「かーっこいー……」


 呆けているとすぐに名前を呼ばれたので、彼が今日も裏から手を回してくれたのだと知る。
 ついつい、パーフェクトイケメンか、と心の中で突っ込まずにはいられなかった。

 根回しはあったが、今日はきちんと予約を取っていた大義名分で診察を終わらせ、本当に院内を探検していた月光をやっと捕まえて病院を後にした。


「看護師さんっていいよな~。 なんかそそられる~」


 徒歩で駅まで歩いていると、月光がしきりにそんな事を言うので、乃蒼は少々ムッとして返す。


「そんなに言うならナンパしてくれば?」
「乃蒼と来てるのにしないよ~。 逆ナンはされたけど」
「え、看護師さんから?」
「そうそう~。 お見舞いで来られたんですかぁ?って聞かれたけど違うって言っといたー」
「凄いな、仕事中の看護師さんすらナンパさせてしまう月光……」


 誘いを即答で断ってくれた事は嬉しいが、そもそも居るだけで女を引き寄せる何かを放つのはどうかと思う。
 しかも病院という神聖な場所において看護師をもメロメロにするとは、さすがホストと言うべきか。


「あ~~乃蒼ちゃん、もしかして妬いてるのかなー?」
「や、妬いてないし! ご飯行こ、腹減った!」


 図星を突かれて気まずい中で顔を覗き込まれ、自分がいかに浮かない顔をしてたか自覚があるためにすぐに逸らす。
 ……見られたくない。 色々な意味で、こんなにも恥ずかしい顔は。

 今まで散々っぱら嫉妬というものを味わってきたはずだが、月光本人にそれがバレるとこんなにも照れくさいとは知らなかった。


「そんな乃蒼も好き~」
「うるさいなぁ。 いいからご飯奢って!」


 のんびりとニコニコで乃蒼の隣に並ぶ月光に、照れ隠しに奢れと冗談交じりに言うとあっさり頷かれた。


「もちろん俺出すよ~彼氏だもんね~。 何食いたい?」
「まだ彼氏じゃないだろっ」
「ん? ……まだ? もしかして期待しちゃっていい感じなんかな~」


 つい口から出てしまい、乃蒼が「ヤバっ」と顔を引き攣らせた時にはもう遅かった。
 何も考えていないように見えても、月光は乃蒼の気持ちの変化に気が付いていそうである。
 それに加え、乃蒼のポロッと口を付いて出た言葉でついに確信を得たらしい。


「……揚げ足取るなよ」
「あはは~。 車取りに帰って中華食いに行こ~?」
「あっ、話変えたな」
「変えなくていいのか~? 乃蒼に不利かな~と思ったから話逸らしてあげたのにー」
「……っ……」


 それもそうだ。
 このまま乃蒼の気持ちを確認されでもしたら、揺らぎ始めた心を曝け出してしまいそうで、そうすると後戻りは出来なくなる。
 まだあと一週間も契約期間は残っているのだから、事を急ぐ必要はない。
 どうにか平静を装う乃蒼は、自分が無理をしている自覚があまり無かった。


「月光、バカじゃないじゃん」
「それ褒めてんの~?」
「褒めてる。 中華だな、美味そう」


 「バカだな」としか言われ慣れない月光がケラケラと笑う姿を横目に、乃蒼も知らず微笑んでいた。
 何となく乃蒼の変化に気付いているはずの月光が、ここでは慌てず猶予をくれたその誠実さと天性のタラシ具合に、さらに彼の株が上がった。




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